ISSB基準とSSSBJ基準の違いと投資家への影響

ISSB基準とSSSBJ基準の違いと投資家への影響

ISSB基準とSSBJ基準の違いから義務化・投資家影響まで徹底解説

SSBJ基準に対応できない上場企業は、投資家から資金を引き揚げられるリスクがある。


この記事の3ポイント概要
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ISSB基準は国際基準、SSBJ基準は日本版

ISSBはIFRS財団が2021年に設立した国際サステナビリティ基準審議会。SSBJはその日本版として2022年に設立。SSBJ基準は2025年3月に公表された日本初の統一開示基準です。

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2027年3月期から段階的に義務化が始まる

時価総額3兆円以上の企業から2027年3月期に義務化がスタート。2029年には時価総額5,000億円以上まで拡大。プライム市場上場企業は今すぐ準備が必要です。

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非上場・中小企業にもサプライチェーン経由で影響が波及

スコープ3の開示義務により、大企業の取引先である中小企業にも排出量データの提出が求められる。調査では回答企業の21.3%が既に取引先から何らかの要請を受けています。


ISSB基準とは何か:設立背景とIFRS S1・S2号の内容


かつて企業の非財務情報開示世界には、GRI、SASB、TCFD、CDSBなど無数のフレームワークが並立し、投資家も企業もどれを軸にすべきか判断に迷う状況が続いていた。その混乱を解消するために誕生したのが、ISSB(International Sustainability Standards Board:国際サステナビリティ基準審議会)だ。


ISSBは2021年のCOP26(第26回気候変動枠組条約締結国会議)において、国際財務報告基準を策定するIFRS財団の傘下に設立された。財務情報の世界で国際基準を確立したIFRS財団が、同じアプローチでサステナビリティ情報も統一しようとした流れである。つまりISSBは「財務情報版IFRSの、非財務情報版」と考えると、役割が非常に理解しやすい。


ISSBは2023年6月に、2つの最終基準を公表した。















基準名 テーマ 主な内容
IFRS S1号 全般的要求事項 サステナビリティ関連リスク・機会全般の開示ルール(ガバナンス・戦略・リスク管理・指標及び目標の4つの柱)
IFRS S2号 気候関連開示 気候変動リスク・機会に特化した開示(スコープ1・2・3排出量、シナリオ分析など)


IFRS S1号が示す「4つの柱」は、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が2017年に提言した「ガバナンス・戦略・リスク管理・指標及び目標」をそのまま踏襲している。TCFDは2023年にその役割をIFRS財団に引き継いで解散しており、S1号・S2号はいわばTCFDの発展型ともいえる。


重要なのは、ISSBはあくまで基準を作る組織であり、適用を強制する権限は各国の規制当局が持つ点だ。EUではCSRD(企業サステナビリティ報告指令)がISSB基準との相互運用性を持つ形で設計され、日本では金融庁がSSBJを設立して国内法に組み込む作業を進めてきた。


結論はシンプルです。ISSB基準が「世界の共通語」、各国の基準がその「方言版」という構造である。


参考:ISSBが最終化した基準の概要(IFRS財団 日本語プレスリリース)
https://www.ifrs.org/content/dam/ifrs/news/2023/issb-standards-launch-press-release-japanese.pdf


SSBJ基準とは何か:3つの基準の構成と開示項目を整理する

SSBJ(サステナビリティ基準委員会:Sustainability Standards Board of Japan)は、公益財団法人財務会計基準機構(FASF)の傘下に2022年7月に設立された。財務会計の世界でASBJ(企業会計基準委員会)が日本の会計基準を策定しているのと同様に、SSBJはサステナビリティ開示の日本基準を担う組織だ。


そのSSBJが2025年3月5日に公表したのが、日本初の統一サステナビリティ開示基準「SSBJ基準」である。基本的な考え方はISSB基準に準拠しながら、日本の法制度や商慣行に合わせた設計になっている。


SSBJ基準は以下の3つで構成されている。























SSBJ基準の名称 通称 対応するISSB基準 主な内容
サステナビリティ開示ユニバーサル基準 適用基準 IFRS S1号(コア・コンテンツ以外) 開示の基本ルール、用語定義、機密情報の扱い、開示タイミングなど
サステナビリティ開示テーマ別基準第1号 一般基準 IFRS S1号(コア・コンテンツ) 気候以外のサステナビリティ情報(人的資本・生物多様性・サイバーセキュリティなど)
サステナビリティ開示テーマ別基準第2号 気候基準 IFRS S2号 気候関連リスク・機会、温室効果ガス排出量(スコープ1・2・3)、シナリオ分析など


4つのコア・コンテンツ(ガバナンス・戦略・リスク管理・指標及び目標)は一般基準と気候基準の両方に共通して要求される。これが「SSBJ基準の骨格」だ。


注目すべき点が1つある。SSBJ基準はISSB基準と「機能的に整合する(functionally aligned)」と確認されており、日本企業がSSBJ基準に従って開示すれば、国際基準への対応も同時に満たせる設計になっている。これは2025年3月31日にSSBJとISSBが共同でプレスリリースを発表し、正式に確認されたことだ。グローバル投資家に対する日本企業の情報開示が、初めて国際的な比較対象に乗ることを意味する。


ISSB基準には存在しない日本独自の追加項目もある。たとえば日本の法律で「商業機密」や「法令の規制」で開示できない内容については、SSBJ基準は「その場合には出さなくてよい」という国内事情に合わせた柔軟さを設けている。


参考:SSBJがサステナビリティ開示基準を公表(SSBJ公式ニュースリリース)
https://www.ssb-j.jp/jp/ssbj_standards/2025-0305.html


ISSB基準とSSBJ基準の違い:適用範囲・対象企業・スケジュールを比較

ISSBとSSBJの違いは、「国際基準をつくる組織」と「日本向けにその基準を実装する組織」という役割分担から生じる。基準の内容自体はほぼ整合しているが、適用の仕組みと対象は大きく異なる。


ISSB基準は各国の規制当局が採用を決める形を取るため、直接「どの企業が対象か」を指定しない。これが意外に知られていない点だ。対してSSBJ基準は、日本の金融商品取引法の枠組みに組み込まれることで、具体的な対象企業と義務化スケジュールが定められている。


現時点(2026年2月)で示されている義務化スケジュールは以下のとおりだ。

























適用開始 対象企業(時価総額) 第三者保証の開始
2027年3月期 プライム上場 3兆円以上 2028年3月期から
2028年3月期 プライム上場 1兆円以上3兆円未満 2029年3月期から
2029年3月期 プライム上場 5,000億円以上1兆円未満 2030年3月期から
未定 プライム上場 5,000億円未満 未定


第三者保証が開示義務の「翌年」から始まる設計も重要だ。当初2年間の保証範囲は「スコープ1・2排出量」「ガバナンス」「リスク管理」に限定され、3年目以降は国際動向を踏まえて拡充が検討される。開示→保証という段階的な制度設計は、企業の準備期間を考慮したものだと言える。


ISSBとSSBJの違いをまとめると、下表のとおりだ。


































比較項目 ISSB基準 SSBJ基準
性格 国際基準(グローバル) 日本版(国内基準)
策定機関 IFRS財団傘下のISSB FASF傘下のSSBJ
強制力 各国規制当局が採用を決める 金融商品取引法に組み込む予定
公表時期 2023年6月(IFRS S1・S2) 2025年3月(SSBJ基準3つ)
独自項目 なし(ベース基準) 日本の法令等による開示免除規定など
整合性確認 2025年3月にSSBJ・ISSBが共同で「機能的に整合」と公式確認


整合性が取れているということですね。両基準を別物として勉強しなくても、SSBJ基準を理解すればISSB基準のエッセンスも自然に押さえられる。


参考:ISSBとSSBJの整合性確認(SSBJ公式プレスリリース)
https://www.ssb-j.jp/jp/news_release/402639.html


SSBJ基準が投資家・株式市場に与える影響:ESG評価と企業価値の変化

金融に興味がある立場から、SSBJ基準を最も実感として理解できる切り口は「投資家の意思決定がどう変わるか」だろう。


これまで企業のサステナビリティ情報は、統合報告書やサステナビリティ報告書として任意に開示されてきた。フォーマットも内容もバラバラで、投資家が企業間を横断して比較しようとしても、数字の定義や測定方法が異なるために正確な比較ができなかった。


SSBJ基準の義務化が意味するのは、この状況の終わりだ。基準が統一されることで、投資家は「A社のスコープ3排出量削減計画」と「B社のそれ」を同じ土俵で比較できるようになる。特に海外機関投資家は、ISSB基準と整合したSSBJ基準のデータを使って日本企業を海外競合と比較することが可能になる。


ESG格付けへの影響も見逃せない。MSCI ESG格付けやS&Pグローバル格付けなどを活用する機関投資家にとって、SSBJ基準に基づく開示データは格付けの精度を上げる情報源になる。開示が充実した企業は格付けが向上しやすく、ESGファンドへの組み入れが増える可能性がある。逆に対応が遅れた企業は、機関投資家のポートフォリオから外れるリスクが高まる。これは使えそうです。


実際に投資家が注目する開示項目を整理すると、以下のようなポイントが浮かび上がる。


- 💡 マテリアリティの独自性:「一般的な課題リスト」ではなく、「自社特有のリスクと機会を、なぜ最優先とするのか」のストーリー
- 💡 財務インパクトの定量化:「気候リスクで5億円の損害可能性がある」「対策投資1億円で大幅軽減できる」といった金額ベースの説明
- 💡 スコープ3の把握状況:サプライチェーン全体の排出量管理と、取引先エンゲージメントの実態
- 💡 第三者保証の取得:開示情報の信頼性を担保する外部検証の有無


特に機関投資家が重視しているのが「将来のキャッシュフローへの影響」だ。SSBJ基準は過去から現在の業績を示す財務諸表の補完として位置づけられており、将来の収益・費用・キャッシュフローに与えるリスクと機会を開示するものだ。単なる「良い企業アピール」ではなく、財務的な読み解き方のできる情報が求められている点がTCFDとの大きな違いだ。


参考:金融庁 記述情報の開示の好事例集2025(SSBJ基準を踏まえた開示事例を収録)
https://www.fsa.go.jp/news/r7/singi/20251225/01.pdf


スコープ3義務化の衝撃:プライム上場企業だけでなく中小企業も対象になる理由

SSBJ基準の中で最もインパクトが大きく、かつ最も準備が難しいとされるのがスコープ3(Scope 3)の排出量開示だ。スコープ3とは、自社の直接排出(スコープ1)や購入電力由来の間接排出(スコープ2)を超えた、バリューチェーン全体の間接排出を指す。


スコープ3は15のカテゴリに分かれており、たとえば「購入した製品・サービス(カテゴリ1)」「輸送・配送(カテゴリ4・9)」「販売した製品の使用(カテゴリ11)」などが含まれる。業種によっては、GHG排出量全体の7〜9割がスコープ3に起因するとされている。規模感でいえば、東京都の年間CO₂排出量の何十倍にも相当する数字を扱う企業も出てくる。


これが問題になる理由がある。スコープ3の算定には、自社の排出量だけでなく、仕入先・製造委託先・物流会社・顧客企業などから排出量データを収集する必要がある。つまり、プライム上場企業がスコープ3を開示しようとすれば、必然的に取引先である中小企業にもデータ提出を求めることになる。


日本商工会議所と東京商工会議所が実施した「2025年度 中小企業の省エネ・脱炭素に関する実態調査」では、回答企業の21.3%がすでに脱炭素について取引先から何らかの要請を受けていると報告されている。5社に1社がすでに影響を受けている計算だ。義務化が本格化する2027年以降、この割合は大幅に上昇するとみられる。


中小企業が対応できない場合、取引先のプライム企業がスコープ3データを集計できず、開示義務を果たせなくなる。最悪の場合、データを提供できない取引先は調達リストから外される可能性がある。スコープ3対応は、現代版の「取引継続条件」になりつつある。


こうした状況への備えとして、環境省が無料で公開している「バリューチェーン全体の脱炭素化に向けたエンゲージメント実践ガイド」は実務的に役立つ資料だ。算定方法の基礎から取引先へのアプローチ方法まで網羅されており、中小企業の担当者がまず確認すべき一次資料となっている。


また、開示についての「セーフハーバー規定」も議論されている。取引先から得たデータが事後的に不正確と判明した場合でも、①第三者情報を使った合理性の説明、②社内での適切な検討プロセス、③開示内容が一般的に合理的な範囲――この3条件を満たせば虚偽記載責任を問わないという制度設計が検討中だ。企業の萎縮的開示を防ぐための重要な仕組みだ。


参考:金融審議会「サステナビリティ開示基準の適用及び保証制度の導入に向けたロードマップ」
https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20250717/02.pdf




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