割増賃金の基礎となる賃金の除外と手当の判断基準

割増賃金の基礎となる賃金の除外と手当の判断基準

割増賃金の基礎となる賃金から除外できる手当と注意点

「住宅手当」と名付けても、全員一律支給なら残業代の計算に含めなければ違法になります。


この記事でわかること
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除外できる手当は7種類のみ

労働基準法37条5項・施行規則21条に限定列挙された7種類だけが除外可能。それ以外の手当はすべて割増賃金の基礎に含める必要があります。

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名称より「実態」で判断される

「住宅手当」「家族手当」という名前でも、一律支給なら除外不可。裁判所は実質的な内容で判断します。計算ミスは未払い残業代と罰則リスクに直結します。

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在宅勤務手当・固定残業代にも要注意

在宅勤務手当は原則として除外不可。固定残業代は就業規則への明示があれば除外できますが、条件を満たさないと基礎賃金に算入しなければなりません。


割増賃金の基礎となる賃金とは何か・計算の仕組み

割増賃金の基礎となる賃金とは、残業代・休日手当・深夜手当を計算する際に使う「1時間あたりの賃金額」のことです。ざっくり言うと「時給換算の基準単価」です。


計算式は次の通りです。


割増の種類 計算式 割増率
時間外労働(月60時間以内) 基礎賃金 × 時間数 × 割増率 1.25以上
時間外労働(月60時間超) 基礎賃金 × 時間数 × 割増率 1.50以上
休日労働(法定休日) 基礎賃金 × 時間数 × 割増率 1.35以上
深夜労働(22時〜翌5時) 基礎賃金 × 時間数 × 割増率 1.25以上


月給制の場合、基礎賃金は「(基本給+各種手当)÷ 月平均所定労働時間」で求めます。この式に「どの手当を含めるか」が、残業代の金額を大きく左右します。基礎賃金が高いほど残業代も増えるということですね。


たとえば月給35万円・各種手当5万円(除外不可)・所定労働時間160時間の場合、基礎賃金は(35万+5万)÷ 160時間=2,500円です。月10時間残業すると、割増賃金は2,500円×10時間×1.25=31,250円になります。


もし手当5万円を基礎賃金から誤って除外してしまった場合、35万÷160時間=2,187.5円となり、同じ残業では27,344円にしかなりません。差額は約3,906円で、これが毎月積み重なると年間で約4.7万円もの未払いが発生します。


労基法上の正しい計算が重要です。


参考:割増賃金算定に関する厚生労働省のFAQ(時間外・休日・深夜割増賃金の計算の仕方を公式に解説)
割増賃金を計算する際の基礎となる賃金は何か(厚生労働省)


割増賃金の基礎となる賃金から除外できる7つの手当

労働基準法第37条第5項および同法施行規則第21条で、除外できる手当は以下の7種類に限定されています。限定列挙なので、ここに含まれないものはすべて基礎賃金に算入しなければなりません。


  • 家族手当:扶養家族の人数に応じて金額が変わるもの(例:子1人につき月5,000円)
  • 通勤手当:通勤距離や実費に応じて算定されるもの(例:定期券代の実費支給)
  • 別居手当(単身赴任手当):転勤等で家族と別居する場合に支給されるもの
  • 子女教育手当:子供の教育段階に応じて金額が変わるもの(例:高校生1人につき月8,000円)
  • 住宅手当:家賃・住宅ローンの金額に比例して変動するもの(例:家賃の20%を支給)
  • 臨時に支払われた賃金:結婚手当・見舞金など、発生が非常に稀なもの
  • 1か月を超える期間ごとに支払われる賃金:賞与・ボーナス、1か月超の精勤手当など


これらが除外できる理由は、「労働時間の長短とは無関係な個人的事情に基づく手当だから」です。つまり除外が認められる原則は、個人差があることです。


全員同額なら問題ありません、ではなく、全員同額なら除外できないのが基本です。


賞与については補足が必要です。「賞与」という名称でも、定期的に支払われ支給額があらかじめ確定しているものは除外できないとされています。年俸制で月次給与と賞与の合計を年俸として定めているケースも同様に要注意です。


参考:除外できる手当の具体的範囲について行政が解説しているページ
時間外・休日労働と割増賃金|しっかり学ぼう!働くときの基礎知識(厚生労働省)


除外の落とし穴:手当の「名称」ではなく「実態」で判断される

ここが実務で最も多いミスのポイントです。「うちは住宅手当として支払っているから除外OK」と思っていると、実は違反だったというケースが少なくありません。


除外できる手当かどうかは、手当の名称ではなく実質的な内容で判断されます。これは厚生労働省の行政通達にも明記されており、裁判所の判断も同様です。


典型的な「除外できないケース」を整理すると。


  • 家族手当(一律支給):扶養家族の有無・人数に関係なく全員に月10,000円を支給→除外不可
  • 通勤手当(一律支給):通勤距離に関係なく全員に月5,000円を支給→除外不可
  • 住宅手当(形態別一律):「賃貸は月2万円・持ち家は月1万円」と形態だけで定額支給→除外不可
  • 住宅手当(全員一律):賃貸・持ち家・社宅問わず全員に月1万5,000円→除外不可


裁判例(昭和56年 壺阪観光事件、奈良地方裁判所)では、「家族手当」「通勤手当」という名称の手当であっても、労働者各自の個別的事情にかかわらず一律に支払われていたことから、除外賃金に該当しないと判示されています。


つまり、就業規則に「住宅手当=家賃の20%を支給」と定めていれば除外可能ですが、「住宅手当=全員一律15,000円」では除外できません。実態が条件です。


役職手当・資格手当・皆勤手当・無事故手当・営業手当・職務手当なども、7種類のリストにない以上、原則として除外できません。これらは毎月の基礎賃金に算入して残業代を計算するのが原則です。


参考:除外賃金の判断基準と裁判例について弁護士が詳しく解説しているページ
割増賃金の算定から除外される賃金(弁護士法人ALG&Associates)


在宅勤務手当・固定残業代の除外可否:2024年以降の新ルール

テレワークの普及に伴い、「在宅勤務手当」をどう扱うかが新たな実務課題になっています。これが意外と見落とされやすいポイントです。


在宅勤務手当は、原則として割増賃金の算定基礎から除外できません。7種類のリストに含まれないからです。ただし例外があります。厚生労働省の通達(2024年)によると、在宅勤務手当が「実費弁償」にあたる場合は除外が認められるとされています。


実費弁償と認められるための条件は2つです。


  • 就業規則等で実費弁償分の計算方法が明示されていること
  • 在宅勤務の実態(勤務時間等)を踏まえた合理的・客観的な計算方法であること


計算方法の具体例としては、国税庁が示している在宅勤務の経費計算方式(通信費・光熱費等)を準用する方法などが認められています。条件が条件です。


一方、固定残業代(みなし残業代)は少し異なります。これは法定の7種類に含まれていませんが、「時間外労働に対する割増賃金の実質を持つ」として、条件付きで除外できます。除外の条件は次の通りです。


  • 固定残業代として支払うことが就業規則・雇用契約書に明記されていること
  • 何時間分の残業を想定しているか(対象時間数)が明示されていること
  • 役職手当など他の手当と混在せず、固定残業代部分が客観的に区分できること


これらを満たさない場合、固定残業代は基礎賃金に丸ごと算入される可能性があります。


なお、従来の運用で在宅勤務手当を基礎賃金に含めて計算していた会社が、途中からこれを除外に変更すると、「労働条件の不利益変更」に該当する可能性があるため、労使間での協議と合意が必要です。痛いですね。


参考:在宅勤務手当の算定基礎除外に関する社労士による実務解説
「在宅勤務手当」が割増賃金の算定基礎から除外される場合とは(亀井社労士事務所)


除外誤りが招く法的リスク:未払い残業代・罰則・付加金

除外の判断を誤った場合、企業には複数の法的リスクが生じます。意外に思われるかもしれませんが、善意のミスでも法違反に問われます。


まず刑事罰として、労働基準法第119条第1号・第37条の違反には「6か月以下の懲役または30万円以下の罰金」が規定されています。故意でなくても適用される可能性がある点は認識しておく必要があります。


次に民事リスクとして、労働者から未払い残業代を請求される場合があります。請求できる期間は労働基準法改正後(2020年4月〜)、現在は3年間(経過措置期間)に延長されており、以前の2年から拡大されています。つまり最大3年分さかのぼった未払い残業代を一括請求される可能性があります。


さらに遅延損害金も発生します。在職中の遅延損害金は年3%(民法改正後)ですが、退職後の分については「賃金の支払の確保等に関する法律」第6条第1項により年14.6%という高率が適用されます。支払いが遅れるほど企業の負担は拡大します。


加えて、裁判で悪質と判断された場合は「付加金」の支払いを命じられることもあります。付加金は未払い金と同額まで認められるため、実質的に残業代を2倍払わされるケースもあります。


リスクの種類 内容・金額目安
刑事罰 6か月以下の懲役 または 30万円以下の罰金
民事請求(未払い残業代) 3年分まで遡及請求可能
遅延損害金(退職後) 未払い額に対して年14.6%
付加金(悪質な場合) 未払い金と同額(最大2倍相当の支払い)


これらのリスクを総合すると、「除外の誤り」は単純な計算ミスではなく、企業の経営を揺るがすリスクになりえます。結論はリスク管理として捉えることが重要です。


就業規則や賃金規程に各手当の支給基準を明確に記載し、社労士や弁護士に定期的にチェックしてもらうことが有効なリスク回避策です。


参考:未払い残業代のリスクと遅延損害金・付加金について弁護士が解説したページ
割増賃金の算定から除外される賃金(弁護士法人クラフトマン)


【金融・財務担当者の視点】除外誤りが会社の財務諸表に与える影響

金融・財務に関心がある方にとって、未払い残業代問題は決算リスクとしても重要なテーマです。他のサイトではあまり触れられていない視点ですが、これは知っておいて損はありません。


割増賃金の計算誤りが積み重なると、財務上「偶発債務」として会社の貸借対照表(B/S)に影響を及ぼす可能性があります。特に上場企業やM&Aの対象となる企業では、デューデリジェンス(企業監査)の過程で未払い残業代の存在が発覚し、企業価値の評価を大きく下げることがあります。


たとえば従業員50名の会社で、月平均1人あたり3,000円の残業代未払いが3年間続いていたとすると、3,000円×50名×36か月=540万円の未払い残業代が一括請求対象になります。これに遅延損害金や付加金が加わると、実質的な損害額は1,000万円を超える可能性もあります。これは使えそうです。


また、内部統制の観点からも、給与計算の誤りは「財務報告の信頼性」に関わる問題として監査法人に指摘される対象になります。上場準備中の企業(IPO前の企業)では、労務コンプライアンスの整備が上場審査の重要項目の一つとなっており、残業代の計算ミスは審査通過を阻む要因になりえます。


こうした財務リスクを回避するためには、勤怠管理システムと給与計算システムを連携させ、手当の除外設定を自動化しておくことが有効です。給与計算ソフトを活用する際には、「どの手当が除外設定になっているか」を定期的に確認し、就業規則の改定に合わせてシステムの設定も更新することを1つのアクションとして実施することをおすすめします。


場面 除外誤りが与える財務・事業上の影響
M&A(企業買収) デューデリジェンスで未払い残業代が発覚し、買収価格の減額または案件中止につながる
IPO(株式上場) 労務コンプライアンス不備として審査で指摘され、上場スケジュールが遅延する
金融機関からの融資 労務リスクが信用評価に影響し、融資条件が悪化する可能性がある
決算・監査対応 偶発債務として注記が必要になり、財務諸表の信頼性に影響する


参考:労働基準法に基づく賃金計算の実務ルールについて厚生労働省が提供しているPDF資料
「割増賃金の基礎となる賃金」と「最低賃金の対象となる賃金」の違い(厚生労働省 富山労働局)