
相続時精算課税制度と暦年贈与は、それぞれ異なる特徴を持つ贈与税の課税制度です。まず暦年贈与は、毎年1月1日から12月31日までの1年間に受けた贈与に対して、年間110万円の基礎控除が適用される制度です。この基礎控除額を超えた部分には、贈与額に応じて10%から55%の累進税率が適用されます。
一方、相続時精算課税制度は、60歳以上の父母または祖父母から18歳以上の子や孫への贈与において、累計2,500万円まで贈与税が非課税となる制度です。令和6年1月1日以降の税制改正により、相続時精算課税制度にも年間110万円の基礎控除が新設されました。これにより、年間110万円以下の贈与であれば、2,500万円の特別控除額を消費することなく贈与が可能となっています。
両制度の最も大きな違いは、相続時の取り扱いです。暦年贈与は相続開始前7年以内の贈与が生前贈与加算の対象となりますが、相続時精算課税制度では贈与時の価額で一生涯にわたって相続財産に加算されます。
相続時精算課税制度と暦年贈与の併用については、重要な制限があります。同一の贈与者から同一の受贈者への贈与では、両制度を併用することはできません。贈与税の課税方式は贈与者ごとに決められるため、一度相続時精算課税制度を選択すると、その贈与者からの贈与については二度と暦年課税に戻すことができません。
しかし、異なる贈与者からの贈与であれば併用が可能です。例えば、父からは暦年贈与で年間110万円の贈与を受け、母からは相続時精算課税制度で年間110万円の贈与を受けることができます。この場合、合計220万円まで贈与税が課税されません。
併用が可能なケースの具体例。
この制度の柔軟性を活用することで、家族全体での効果的な生前贈与計画を立てることが可能になります。
令和6年の税制改正により、相続時精算課税制度と暦年贈与の併用によって、受贈者1人当たり最大220万円まで贈与税を課税されることなく贈与を受けることが可能になりました。この活用法について詳しく説明します。
基礎控除の併用メカニズム
暦年贈与の基礎控除110万円と相続時精算課税制度の基礎控除110万円は、それぞれ独立して適用されます。つまり、父から暦年贈与で110万円、母から相続時精算課税制度で110万円の贈与を受けた場合、合計220万円について贈与税の申告が不要となります。
効果的な活用パターン
長期的な節税効果
10年間継続した場合の累計贈与額は最大2,200万円となり、従来の暦年贈与のみ(1,100万円)と比較して2倍の贈与が可能です。特に相続財産が多額の場合、この基礎控除の併用により相続税の大幅な軽減が期待できます。
実際の数値を用いて、相続時精算課税制度と暦年贈与の併用による節税効果を検証してみましょう。
ケーススタディ1:基本的な併用パターン
■ 贈与の内容
■ 税務上の取り扱い
ケーススタディ2:上限を超えた贈与パターン
■ 贈与の内容
■ 税務計算
10年間の累積効果比較表
制度 | 年間贈与額 | 10年累計 | 贈与税累計 | 相続税軽減効果 |
---|---|---|---|---|
暦年贈与のみ | 110万円 | 1,100万円 | 0円 | 約330万円※ |
併用活用 | 220万円 | 2,200万円 | 0円 | 約660万円※ |
※相続税率30%として計算
この併用により、10年間で1,100万円の追加贈与が可能となり、相続税の軽減効果は330万円の差が生まれます。
相続時精算課税制度と暦年贈与の併用には、いくつかの重要な注意点とリスクが存在します。これらを理解せずに制度を活用すると、予期せぬ税務リスクを負う可能性があります。
選択の不可逆性リスク
相続時精算課税制度を一度選択すると、その贈与者からの贈与については二度と暦年課税に戻すことができません。例えば、母から相続時精算課税制度で贈与を受けた後、数年後に暦年贈与の方が有利だと判明しても変更は不可能です。この不可逆性により、長期的な相続計画に支障をきたす可能性があります。
生前贈与加算の期間差によるリスク
暦年贈与は相続開始前7年以内の贈与が生前贈与加算の対象となりますが、相続時精算課税制度は一生涯にわたって相続財産に加算されます。この期間差により、贈与のタイミングによっては税負担が想定と異なる場合があります。
税務調査における立証責任
併用を行う場合、それぞれの贈与が適切な制度の下で実行されていることを税務調査で立証する必要があります。特に以下の点で注意が必要です。
財産評価の時点固定リスク
相続時精算課税制度では、贈与時の価額で相続財産に加算されるため、贈与後に財産価値が下落した場合でも高い評価額で相続税が計算されるリスクがあります。特に不動産や株式などの価格変動が大きい財産では、このリスクを慎重に検討する必要があります。
家族間の公平性確保の課題
複数の子がいる場合、それぞれに対する贈与制度の選択により、最終的な相続税負担に差が生じる可能性があります。家族全体での公平性を保つため、綿密な計画と調整が必要となります。
これらのリスクを回避するためには、税理士等の専門家と連携した長期的な相続税対策の立案が不可欠です。制度の併用は大きな節税効果をもたらす一方で、適切な知識と計画なしに実行すると、想定外の税務リスクを生む可能性があることを十分理解しておく必要があります。
相続時精算課税制度と暦年贈与の併用は、令和6年の税制改正により新たな節税の可能性を提供していますが、その活用には慎重な検討と専門的な助言が重要となります。