
相続人と連絡が取れない場合、最初に行うべきは戸籍の附票を取得して現在の住所を調査することです。戸籍の附票とは、その戸籍に在籍している間の住所履歴が記載された公的書類で、本籍地の市区町村に請求することで発行してもらえます。
戸籍の附票の取得方法。
ただし、途中で本籍を変更(転籍)している場合、転籍後の住所履歴しか確認できないという制約があります。この場合は転籍前の戸籍も調べる必要があり、戸籍を一つずつ辿って現在の戸籍謄本を取得しなければなりません。
住所が判明したら、まずは特定記録郵便で手紙を送付しましょう。特定記録郵便を利用することで、相手が受け取ったかどうかを確認できます。手紙では被相続人が亡くなったことと、相続手続きを進める必要があることを丁寧に説明し、相手方の立場に配慮した内容にすることが重要です。
手紙で反応がない場合は、直接訪問という選択肢もあります。時間と労力、そして勇気が必要ですが、直接会って話すことで状況が改善する可能性があります。ただし、感情的なトラブルを避けるため、冷静で誠実な態度で臨むことが大切です。
住所が判明し手紙も届いているにも関わらず、相続人が連絡を無視し続ける場合は、遺産分割調停を申し立てることができます。これは家庭裁判所を通じた話し合いの場で、調停委員という第三者が仲介に入ります。
遺産分割調停の特徴。
調停申立の実務的なポイントとして、弁護士に依頼せずに自分で行うと不利になる可能性が高いことが挙げられます。相手方との交渉や法的な論点の整理において、専門的な知識と経験が重要になるためです。
また、調停の申立費用は比較的低額(収入印紙1,200円程度)ですが、弁護士費用を含めると数十万円から数百万円の費用が発生する可能性があります。しかし、相続手続きを放置することによる損失を考えると、必要な投資と言えるでしょう。
調停が成立すると調停調書が作成され、これは確定判決と同様の効力を持ちます。金融機関での預貯金解約や不動産の相続登記などの手続きを、この調停調書に基づいて進めることができます。
戸籍の附票で住所を調べて手紙を送ったものの「宛名不明」で返送されてきた場合や、訪問してみたら別人が住んでいた、空き家だった場合は、その相続人は法律上の「行方不明者」として扱われます。
このような状況では、不在者財産管理人の選任を家庭裁判所に申し立てる必要があります。不在者財産管理人とは、行方不明者の財産を管理し、本人に代わって法的行為を行う人のことです。
不在者財産管理人の選任手続き。
不在者財産管理人に選任されるのは、通常は弁護士や司法書士などの専門家です。共同相続人が自ら管理人になることはできません。これは利益相反を避けるためです。
重要なポイントとして、不在者財産管理人は「本人のために」財産を管理する役割であり、不正に財産を使用すると業務上横領罪となります。そのため、管理人が遺産分割協議に参加する際は、不在者の法定相続分を確保する必要があります。
管理人が不在者に代わって遺産分割協議や不動産売却などに参加するには、別途「権限外行為の許可」を家庭裁判所に申請しなければなりません。この許可があって初めて、実質的な相続手続きを進めることができます。
相続人と7年以上連絡が取れず、すでに死亡している可能性が高い場合は、失踪宣告の申立てを検討します。失踪宣告とは、長期間行方不明になっている人を法的に「死亡した」ものとして扱う手続きです。
失踪宣告には2つの種類があります。
普通失踪
危難失踪
失踪宣告の申立て手続き。
失踪宣告が確定すると、その相続人は死亡扱いとなるため、元の被相続人の相続手続きからは除外されます。ただし、失踪宣告を受けた相続人に子どもがいる場合は、その子どもが代襲相続人として相続権を取得することになります。
また、失踪宣告は非常に重い法的効果を持つため、相当な証拠と理由が必要です。単に連絡が取れないだけでは認められず、真に生死不明である状況を裁判所に証明しなければなりません。
興味深い事実として、失踪宣告後に本人が生存していることが判明した場合は、失踪宣告の取消しを申し立てることができます。この場合、既に行われた相続手続きや財産処分については複雑な法的問題が生じるため、慎重な判断が必要です。
相続人と連絡が取れないことを理由に相続手続きを放置すると、表面的には見えない深刻な経済損失が蓄積されていきます。多くの人が気づいていない、具体的な金銭的影響を詳しく解説します。
預貯金の機会損失
相続手続きが完了しないと、被相続人名義の預貯金は完全に凍結されたままです。例えば、1,000万円の預金が5年間凍結された場合、年利1%で運用できたとすると約51万円の機会損失となります。さらに、2019年から施行された休眠預金等活用法により、10年間利用がない口座は預金保険機構に移管され、民間公益活動に活用されてしまいます。
不動産の維持費用負担
相続登記ができない不動産でも、固定資産税の支払い義務は継続します。都市部の一戸建て住宅の場合、年間20-50万円の固定資産税が発生することも珍しくありません。5年間放置すると100-250万円の負担となります。
加えて、空き家の場合は管理費用も発生します。
相続税の追加負担
相続税の申告期限は被相続人の死亡を知った日から10ヶ月以内ですが、遺産分割が未了の場合は各種特例を適用できません。
例えば、評価額5,000万円の自宅について小規模宅地の特例を適用できない場合、約800万円の相続税額の差が生じる可能性があります。
数次相続による複雑化コスト
相続手続きを放置している間に別の相続人が死亡すると、数次相続が発生します。これにより相続人の数が倍増し、手続きの複雑性が飛躍的に高まります。
実際の事例では。
令和6年4月施行の相続登記義務化による過料
2024年4月1日から相続登記が義務化され、正当な理由なく申請を怠ると10万円以下の過料が科される可能性があります。過去の相続についても遡って適用されるため、既に発生している相続についても早急な対応が必要です。
これらの隠れた経済損失を総合すると、相続手続きの放置により数百万円から1,000万円を超える損失が発生する可能性があります。不在者財産管理人の選任費用(50-200万円程度)や調停費用(50-100万円程度)と比較しても、早期の対応が経済的に合理的な選択と言えるでしょう。