相続回復請求権とは?時効や行使方法を解説

相続回復請求権とは?時効や行使方法を解説

相続回復請求権とは

相続回復請求権の基本構造
⚖️
権利の性質

本来の相続人が相続権のない者から財産を取り戻す権利

時効期間

侵害を知った時から5年間、相続開始から20年間

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行使方法

話し合い、内容証明郵便、民事訴訟による請求が可能

相続回復請求権の基本概念と対象者

相続回復請求権は、民法第884条に規定されている権利で、本来の相続人(真正相続人)が相続権のない者(表見相続人)や相続分を超えて権利を行使している共同相続人に対して、相続財産を取り戻すために行使できる権利です。

 

この権利が必要となるのは、相続開始後に以下のような状況が発生した場合です。
表見相続人による権利侵害

  • 相続欠格者が相続財産を占有している場合
  • 被相続人により廃除された者が相続している場合
  • 虚偽の出生届による戸籍上の子が相続している場合
  • 無効な養子縁組で戸籍上養子となっている子が相続している場合
  • 虚偽の認知届で子となっている者が相続している場合

共同相続人による権利侵害

  • 共同相続人の一人が遺産を独り占めにしている場合
  • 他の相続人の持分を知りながら過大な相続持分権を主張している場合

相続回復請求権を行使できるのは、相続権を有する真正相続人です。これには法定相続人、遺言書で相続分の指定を受けた人、相続分の譲受人、包括受遺者、相続財産管理人、遺言執行者も含まれます。ただし、特定遺産の承継人は相続回復請求権を行使することはできません。

 

相続回復請求権の時効と消滅要件

相続回復請求権には、他の権利と比較して短い時効期間が設定されています。これは相続問題を早期に解決し、法的安定性を確保することを目的としています。

 

時効期間の詳細

  • 主観的時効:相続人又はその法定代理人が相続権を侵害された事実を知った時から5年間
  • 客観的時効:相続開始の時から20年間

この時効制度には重要な特徴があります。相続開始から20年が経過した場合、相続回復請求権を行使できることを知らなかったとしても、時効が完成してしまいます。つまり、主観的な認識に関わらず、客観的な期間制限が適用されるということです。

 

時効の中断・停止
時効の完成を阻止する方法として、以下があります。

これらの手続きにより時効の完成が一時的に止まり、裁判等により権利が確定した場合は時効がリセットされて、新たな時効期間が進行することになります。

 

時効援用の制限
最高裁判所の昭和53年12月20日判決では、表見相続人や共同相続人の時効援用について制限的な解釈が示されています。

  • 自己に相続権がないことを知りながら相続権を主張している場合は、時効を援用できない
  • 他の共同相続人の持分であることを知りながら過大な持分権を主張している場合は、時効を援用できない

相続回復請求権の行使方法と手続き

相続回復請求権の行使は、裁判上・裁判外を問わず可能です。実際の手続きは段階的に進めることが一般的で、まず穏便な解決を試み、それが困難な場合に法的手続きに移行します。

 

第1段階:話し合いによる解決
最初のステップとして、相手方との直接交渉があります。相続回復請求権を行使することを相手に伝え、財産の返還を求めます。相手が話し合いに応じて相続財産を返還すれば、裁判を起こすことなく問題を解決できます。

 

話し合いが成立した場合は、後日のトラブルを避けるため、合意内容を書面化することが重要です。合意書には以下の内容を明記します。

  • 返還する相続財産の詳細
  • 返還の期限と方法
  • 違反した場合の措置

第2段階:内容証明郵便による請求
話し合いが困難な場合、内容証明郵便を利用した正式な請求を行います。内容証明郵便の利点は以下の通りです。

  • いつ、誰が、誰に、どのような請求をしたかを証明できる
  • 相手にプレッシャーを与える効果がある
  • 時効の中断効果がある
  • 後の訴訟で証拠として活用できる

第3段階:調停・訴訟手続き
話し合いや内容証明による請求でも解決しない場合は、法的手続きに移行します。

 

  • 家事調停:「家庭に関する事件」として家事調停の対象となりますが、審判事項ではなく民事訴訟事項です
  • 民事訴訟:地方裁判所(被告の住所地)で行われ、確実な解決手段として強制執行も可能です

訴訟では、真正相続人から表見相続人に対する相続権(所有権)に基づく相続財産の返還請求や移転登記請求等として現れることが一般的です。

 

相続回復請求権と取得時効の関係(最新判例)

2024年3月19日の最高裁第三小法廷判決は、相続回復請求権と取得時効の関係について重要な判断を示しました。この判例は従来の大審院判例を覆す画期的な内容として注目されています。

 

事案の概要
被相続人の死亡後、自らが単独で相続したと認識していた相続人が10年以上不動産を占有し続けていたところ、被相続人の死後10年以上経った後に発覚した遺言書で遺贈を受けていた受遺者(真正相続人)が、単独で不動産を相続した相続人(表見相続人)に対して相続回復請求権を主張した事案です。

 

最高裁の判断
最高裁は「表見相続人は、真正相続人の有する相続回復請求権の消滅時効が完成する前であっても、当該真正相続人が相続した財産の所有権を時効により取得することができる」と判示しました。

 

この判断の理由として、最高裁は以下の点を挙げています。

  1. 別個の制度性:相続回復請求権の消滅時効と所有権の取得時効は別個の制度であり、どちらかが優先するという関係ではない
  2. 法律の不存在:相続回復請求権の消滅時効完成前に、表見相続人が相続財産を取得時効により取得することを禁じる法律は存在しない
  3. 制度趣旨との整合性:民法884条が相続回復請求権について消滅時効を定めた趣旨は、相続問題を早期・終局的に解決することにあり、取得時効による問題解決もこの趣旨に合致する

実務への影響
この判例により、表見相続人が長期間財産を占有している場合、たとえ相続回復請求権の時効期間内であっても、取得時効による所有権取得が認められる可能性が高くなりました。これは相続実務において、早期の権利行使の重要性をより一層高めることになります。

 

相続回復請求権の注意点とよくある誤解

相続回復請求権を正しく理解し、効果的に行使するためには、いくつかの重要な注意点と一般的な誤解について把握しておく必要があります。

 

権利行使の対象に関する制限
相続回復請求権は万能な権利ではなく、行使できる範囲に制限があります。

  • 第三者への譲渡がある場合:表見相続人が相続財産の一部を第三者に売却してしまっている場合、真正相続人は当該第三者に対して相続回復請求することはできず、所有権に基づく返還請求をすべきとされています
  • 特定承継人は対象外:相続財産の特定承継人に対しては相続回復請求権を行使することができません

共同相続人間での行使に関する誤解
共同相続人の一人が遺産を独り占めにしている場合でも、単純に相続回復請求権を行使できるわけではありません。共同相続人に対する行使が認められるのは、以下の要件を満たす場合に限られます。

  • 侵害をした相続人が、当該侵害部分が他の相続人の持分であることを知っている場合
  • その侵害部分について相続による持分があると信頼に値する合理的な事由がない場合

時効期間の計算に関する注意点
時効期間の起算点について、以下の点に注意が必要です。

  • 主観的時効:単に相続が開始したことを知った時ではなく、「相続権を侵害された事実を知った時」から5年間です
  • 客観的時効:相続開始から20年間は、侵害の事実を知らなくても適用されます

他の権利との混同
相続回復請求権は以下の権利とは異なります。

  • 遺留分侵害額請求権:遺留分を侵害された場合の金銭請求権であり、相続回復請求権とは別の制度です
  • 所有権に基づく返還請求権:個々の財産についての個別的請求権であり、相続回復請求権は包括的な権利です

弁護士への相談の重要性
相続回復請求権の行使を検討する場合、以下の理由から専門家への相談が重要です。

  • 権利行使の可否の判断が複雑である
  • 時効期間の管理が重要である
  • 訴訟手続きの専門知識が必要である
  • 他の解決手段との比較検討が必要である

相続回復請求権は相続問題解決の重要な手段ですが、その性質と制限を正しく理解して適切に行使することが、権利の実現につながります。

 

法務省の相続に関する情報について詳しく知りたい方向けの公式資料
https://www.moj.go.jp/