
清算基金(Clearing Fund)は、中央清算機関(CCP)における重要な損失補填制度として位置づけられています。この制度は、清算参加者の債務不履行または支払不能によって生じた損失を補填するための財産として機能します。
法的枠組みとしては、清算参加者が破綻した場合の損失負担方法が明確に区分されています。
この制度設計により、リスクの公平な分散と効率的な損失処理が実現されています。特に、原取引按分方式と清算基金所要額按分方式の併用により、実際の取引リスクと保有ポジションの両方を考慮した負担配分が行われています。
清算基金の拠出額算定は、複雑な計算プロセスを経て決定されます。バーゼル規制における中央清算機関向けエクスポージャーの資本賦課制度では、3つのステップで算出が行われています。
ステップ1:各直接清算参加者のリスク・エクスポージャー算定
各参加者が中央清算機関に対して負うリスクの量を、カレント・エクスポージャー方式により算出します。
ステップ2:全体の所要自己資本額の算定
上位2社のリスク量を基準として、システム全体で必要な資本額を決定します。この際、集中度リスクとグラニュラリティ(参加者数の分散)が考慮されます。
ステップ3:個別拠出額の配分
算定された総額を、各参加者の清算基金への拠出割合に応じて配分します。この配分では、参加者のリスク寄与度が適切に反映される仕組みになっています。
具体的な計算では、直接清算参加者が拠出した清算基金の額の合計額(DFCM)がゼロを上回らない場合、未拠出の清算基金額を基準とした特別な算定方法が適用されます。
清算基金の預託手続きには、厳格なタイムラインと管理規則が設けられています。Japan Securities Clearing Corporation(JSCC)の制度では、以下の管理体制が構築されています:
預託スケジュール。
預託可能資産。
清算基金については、現金のほか代用国債による預託が全額可能とされています。代用国債については価格変動リスクを考慮した掛け目が設定され、適切なリスク調整が行われています。
実務データ。
2021年6月末時点のJSCCにおける清算基金残高は1,967億円、当初証拠金は11,007億円となっており、当初証拠金に占める清算基金の割合は約18%となっています。
この比率は商品特性によって変動し、CDSのようにテールリスクが大きな商品では清算基金への依存度が高くなる傾向があります。
クライアントクリアリング制度において、清算基金の負担構造は複層的な特徴を持っています。この制度では、実際の拠出主体と取引主体が分離される構造となっています。
拠出主体の分離。
この構造により、クライアントは直接的な清算基金拠出義務を負わない一方で、クリアリングブローカーが相互負担リスクを引き受ける仕組みになっています。
手数料体系への影響。
CF/IM比率(清算基金/当初証拠金比率)は、クライアントクリアリングの手数料計算に重要な影響を与えます。クリアリングブローカーは清算基金拠出に伴うコストを手数料に反映させる必要があり、この比率の変動が取引コストに直接影響します。
リスク管理の観点。
スポンサード・レポ取引のように、スポンサリング・メンバーが基金預金として現金及び現金同等物を清算基金に拠出する仕組みでは、VaR(Value at Risk)ベースでの拠出額決定が行われています。
清算基金制度は、金融市場の発展と規制環境の変化に対応して継続的な見直しが行われています。特に、分散型金融(DeFi)の拡大や新しいデリバティブ商品の登場に対応した制度設計が課題となっています。
計算技術の高度化。
金融ネットワークにおける清算問題は、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)などの複雑なデリバティブが含まれる場合、計算複雑性の観点から FIXP完全問題となることが知られています。これらの技術的課題に対応するため、より効率的なアルゴリズムの開発が進められています。arxiv
DeFi環境への対応。
分散型金融では、過担保設定が重要な安全装置として機能していますが、価格変動などの要因により担保不足が生じる可能性があります。このため、従来の中央集権的な清算基金制度とは異なる新しいリスク管理手法の開発が必要となっています。
国際的な標準化。
ISDA(International Swaps and Derivatives Association)では、CCP再建の原則として大規模なCCP自身の拠出金(SITG)の重要性が強調されており、清算基金制度の国際的な調和が進められています。
これらの課題に対応するため、規制当局と市場参加者の継続的な対話を通じて、より効率的で安定した清算基金制度の構築が目指されています。特に、リスク管理の高度化とコスト効率性の両立が重要なテーマとなっています。