
履行不能は、民法412条の2第1項により「債務の履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であるとき」と定義されています 。従来の民法では条文による明確な規定がありませんでしたが、2020年の改正により明文化されました 。この改正により、履行不能の判断基準がより明確になり、実務における予見可能性が向上しています。
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債務不履行は、履行遅滞・履行不能・不完全履行の3つに分類されます 。このうち履行不能は、債務の履行そのものが不可能になった場合を指し、強制履行の請求や完全な履行の請求はできません 。履行不能の場合に債権者ができるのは、契約の解除または損害賠償請求のみとなります 。
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金融業界においては、融資先の経営破綻による貸付金の回収不能や、投資商品の元本割れなどが履行不能に該当する可能性があります。ただし、金銭債務については特別な考慮が必要で、単に「お金がない」だけでは履行不能とはならず、履行遅滞として扱われるのが一般的です 。
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履行不能の成立には、物理的な不可能性だけでなく、法的・社会的な不可能性も含まれます 。民法412条の2第1項は、「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」という基準を設けており、これは改正前の判例理論を明文化したものです 。
具体的な判断例として、世界に一つしかない絵画が火災で焼失した場合は物理的履行不能ですが、法律による取引禁止も履行不能と判断される場合があります 。2019年のチケット不正転売禁止法の施行により、チケットの高額転売業が禁止された場合なども、社会通念上の履行不能として扱われる可能性があります 。
💡 実務ポイント。
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履行不能による損害賠償請求には、民法415条1項の要件を満たす必要があります 。改正後の415条1項は、「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる」と規定しています 。
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重要な変更点は帰責事由の取扱いです。改正民法では、「その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるとき」は、損害賠償責任を負わないことが明記されました 。
📋 帰責事由の判断要素。
債務不履行責任では、債権者が債務者の故意・過失を立証する必要がなく、債務者側が無過失を立証しなければなりません 。これは不法行為責任と比較して債権者の立証負担が軽い点で有利です 。
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2020年民法改正の重要な変更点の一つが、原始的不能に関する規定の新設です 。改正前は、契約成立時点で履行が不能な「原始的不能」の契約は無効であり、債務不履行に基づく損害賠償請求は認められませんでした 。
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改正後の民法412条の2第2項は、「契約に基づく債務の履行がその契約の成立の時に不能であったことは、第415条の規定によりその履行の不能によって生じた損害の賠償を請求することを妨げない」と規定しています 。これにより、原始的不能の場合でも、債務者の帰責事由などの要件を満たせば債務不履行責任を追及できるようになりました 。
⚠️ 注意事項。
この改正により、不注意で履行不能な債務を負担する契約を締結した債務者が、何ら責任を負わないという不公平な結果が解消されました 。
履行不能が発生した場合、債権者は以下の対応を検討する必要があります。まず、履行不能の原因が債務者の帰責事由によるものかを確認し、帰責事由がある場合は損害賠償請求権の行使を検討します 。同時に、契約解除による原状回復も選択肢として考慮すべきです 。
金融機関における実務では、融資契約書に履行遅滞や履行不能に備えた条項を盛り込むことが重要です。特に、期限の利益喪失条項、担保権実行条項、損害賠償の範囲に関する条項などを明確に定めておく必要があります。
🔧 予防策の例。
また、履行不能による損害賠償請求においては、通常損害と特別損害の区別が重要です。民法416条により、債務者が予見し得た損害の範囲内でのみ賠償責任を負うため、契約締結時に特別事情について明確にしておくことが実務上重要です 。
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消滅時効についても注意が必要で、履行不能による損害賠償請求権は、権利を行使することができる時から5年間行使しないときは時効により消滅します。特に、損害が後から顕在化する場合の起算点については、権利行使が現実に期待可能となった時から時効が進行するとした判例もあります 。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/3d35ad2a6dc6dc3ed42923a3e61e4b32bba437bd