
不完全履行とは、債務の履行はあったものの、履行内容が不完全な場合を意味します。従来の民法では、債務不履行は履行遅滞、履行不能、不完全履行の3つに分類されており、これらの分類は現在でも有効です。
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2020年4月の民法改正により導入された契約不適合責任は、債務不履行責任の一種と解され、不完全履行の一形態として位置づけられています。契約不適合責任とは、引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるときに売主が負担する責任をいいます。
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金融業従事者にとって重要なのは、金融商品やサービスの提供において、契約で約束した内容と異なる結果となった場合、この契約不適合責任が適用される可能性があることです。例えば、投資商品の説明内容と実際の商品性能に差異がある場合や、融資条件の履行が不完全な場合などが該当します。
民法改正前の瑕疵担保責任は、法定責任説が有力とされていましたが、改正後の契約不適合責任は、債務不履行責任として整理されました。この変更により、金融業従事者が把握すべき重要な変更点がいくつかあります。
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まず、従来の「隠れた瑕疵」という要件が撤廃され、買主が契約時に知っていた不適合についても、売主の責任の対象となる可能性が生じました。これは金融商品の販売において、顧客が事前に知っていたリスクであっても、契約内容と異なる結果が生じた場合は責任を問われる可能性があることを意味します。
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また、買主が行使できる権利も拡大し、追完請求権と代金減額請求権が新たに認められるようになりました。金融業者は、不完全な履行があった場合、顧客から履行の追完(修補、代替物の引渡し、不足分の引渡し)や代金の減額を求められる可能性があります。
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追完請求権とは、契約不適合があった場合に、買主が売主に対して目的物の修補、代替物の引渡し、不足分の引渡しを請求できる権利です。金融業における不完全履行の場合、この権利の行使は以下のような形で現れます。
投資信託の販売において、約束したファンドと異なる商品を提供してしまった場合、顧客は正しいファンドへの変更を求めることができます。また、融資において契約で定めた条件と異なる金利や返済条件が設定された場合、顧客は正しい条件での履行を求めることが可能です。
売主(金融業者)は、買主に不相当な負担を課するものでないときは、買主が請求した方法と異なる方法で追完することも認められています。ただし、契約不適合について買主に帰責性がある場合には、履行の追完を請求することはできません。
金融業者としては、不完全履行が発生した場合の対応手順を明確化し、迅速な追完措置を講じることで顧客の信頼維持と法的リスクの軽減を図る必要があります。
代金減額請求権は、買主が履行の追完を請求したにもかかわらず、売主が対応しない場合に行使できる権利です。金融業者は、顧客から追完請求を受けた際、相当な期間内に対応しなければ、代金の減額請求を受ける可能性があります。
ただし、履行の追完が不能である場合などを除き、いきなり代金減額請求をすることはできず、まず追完請求を行う必要があります。金融商品の性質上、履行の追完が困難な場合も多いため、代金減額請求の対象となりやすい業界特性があります。
損害賠償請求については、契約不適合責任が債務不履行責任として考えられるようになったため、債務不履行の一般ルールに従って請求可能です。売主に帰責性がある場合に限定され、隠れた不適合であることは要求されないため、買主の善意・無過失は必要ありません。
参考)改正民法「契約不適合責任」
金融業者は、不完全履行による損害の範囲を適切に把握し、必要に応じて損害保険の活用や内部の損失処理体制の整備を行うことが重要です。また、契約書において損害賠償の範囲や上限を適切に設定することで、過度な責任負担を回避することも可能です。
契約不適合に基づく権利行使期間は、民法改正により大幅に変更されました。目的物の種類・品質が契約内容に適合しない場合、買主は1年以内に通知すれば足り、従来の1年以内の権利行使から大幅に期間が延長されました。
目的物の数量・権利が契約内容に適合しない場合は、期間制限が撤廃され、買主は期間の制限なく権利を行使できるようになりました。これは、数量不足や権利の不備が外見上明らかであり、売主にとってそれほど不利益にならないという理由によるものです。
商法上の特則も重要な考慮事項です。商人間の売買では、買主は目的物を受け取った後、遅滞なく検査し、契約不適合を発見したときは直ちに売主に通知しなければ、契約不適合責任を追及できません。検査で直ちに発見できない契約不適合については、引渡し後6か月以内に発見して直ちに通知する必要があります。
金融業者は、商取引における顧客との関係において、これらの期間制限を適切に理解し、早期の検査体制と迅速な対応システムを構築することで、不完全履行に関するリスクを最小化することができます。また、契約書において商法の適用を排除する条項を設けることで、より柔軟な対応が可能となる場合もあります。