
負動産の相続放棄は、家庭裁判所で正式な手続きを行う必要があります。単に遺産分割協議で「相続しない」と決めることとは全く異なる法的手続きです。
相続放棄の手続きは以下の流れで進行します。
負動産が理由での相続放棄は十分認められており、申述書の理由欄に「不動産が不要のため」と正直に記載しても問題ありません。重要なのは、相続財産を処分していないことと期限内に手続きを完了することの2つの条件を満たすことです。
手続きには相続人の立場(配偶者・子、直系尊属、兄弟姉妹)によって必要書類が異なるため、事前に確認が必要です。特に戸籍謄本の収集は時間がかかる場合があるため、早めの準備が推奨されます。
相続放棄の最も重要な制約は3ヶ月という期限です。この期限は「自己のために相続の開始があったことを知った時」から計算されるため、被相続人の死亡から1年経過していても、その事実を最近知った場合は知った日から3ヶ月以内であれば手続き可能です。
期限延長も可能で、「相続の承認又は放棄の期間の伸長の申立書」を裁判所に提出することで延長できます。ただし、延長が認められるには合理的な理由(財産調査の複雑さなど)が必要です。
家庭裁判所での具体的な流れ。
1. 申述書提出後(1-2週間)
2. 照会書回答後(数日-1週間)
3. 受理通知書の受領
照会書では以下のような質問がされます。
これらの質問にはありのまま回答することが重要で、虚偽の記載は後々トラブルの原因となる可能性があります。
相続放棄の重大な落とし穴は、放棄後も管理責任が継続することです。これは多くの人が見落としがちな重要なデメリットです。
管理責任の具体的内容。
これらの管理責任から完全に解放されるには、相続財産管理人の選任を家庭裁判所に申し立てる必要があります。しかし、この手続きには以下の費用負担が発生します。
相続人全員が相続放棄をすると、最終的に負動産は国庫に帰属しますが、それまでの管理責任は相続放棄をした相続人が負うことになります。特に危険な状態の建物がある場合、管理責任の履行費用が相続放棄によって回避したかった負担を上回る可能性もあります。
このため、相続放棄前に管理責任の継続について十分検討し、必要に応じて相続財産管理人選任の準備も同時に進めることが重要です。
負動産の相続放棄では、部分的な放棄ができないという重要な制約があります。つまり、負動産だけを放棄して預貯金は相続するという選択はできません。相続放棄は「相続人にならない」ことを意味し、すべての財産に対して効力が及びます。
このため、相続放棄前の徹底的な財産調査が極めて重要です。
プラス財産の調査項目。
マイナス財産の調査項目。
負債の把握が困難な場合は、個人信用情報機関への開示請求が有効です。JICC、CIC、JBAの3機関すべてに請求することで、見落としがちな債務を発見できます。
また、相続放棄には順位の移動という重要な効果があります。配偶者と子が相続放棄すると、被相続人の両親が相続人となり、両親も放棄すると兄弟姉妹に移ります。負動産を完全に放棄するには、相続順位のすべての人が放棄する必要があります。
相続放棄後に受け取れるもの。
これらは相続財産ではないため、相続放棄をしても受け取ることができます。
相続放棄以外にも負動産への対処法は複数存在し、状況によってはより有効な選択肢となる場合があります。
売却による処分。
公的制度の活用。
寄付による処分。
相続後の対策。
戦略的判断のポイントは、総合的な損益計算です。相続放棄により失う財産価値と、負動産の維持費用・管理責任を比較検討する必要があります。
特に注目すべきは、令和5年4月に開始された**「相続土地国庫帰属制度」**です。これは相続により取得した土地を国に引き取ってもらう制度で、相続放棄とは異なり土地のみを手放すことが可能です。ただし、建物がない土地に限定され、10年分の管理費相当額(20万円程度)の負担金が必要です。
また、生前対策として、被相続人が生きているうちに負動産を処分したり、生前贈与で必要な財産のみを移転する方法も有効です。この場合、相続時精算課税制度を活用することで、税負担を抑えながら必要な財産のみを承継できます。
負動産問題は個別の事情により最適解が大きく異なるため、税理士や司法書士などの専門家への早期相談が重要です。特に期限のある相続放棄を検討する場合は、十分な時間的余裕を持って専門家に相談することをお勧めします。