第1の柱(Pillar1)とは何か・利益Aと利益Bの仕組み

第1の柱(Pillar1)とは何か・利益Aと利益Bの仕組み

第1の柱(Pillar1)の仕組みと利益A・利益Bを徹底解説

「第1の柱(Pillar1)はデジタル企業だけの話」と思い込んでいると、トヨタや武田薬品まで課税対象に入っていたことに気づかず、日本の投資判断を誤ります。


第1の柱(Pillar1)3つのポイント
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課税権の再配分とは?

売上高200億ユーロ超・利益率10%超の多国籍企業の超過利益25%を、物理的拠点の有無を問わず市場国に再配分する新ルールです。

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利益Aと利益Bの違い

利益Aは巨大企業の超過利益を市場国に配分する仕組み。利益Bは基礎的な販売活動の移転価格を簡素化・定式化するアプローチです。

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日本企業への影響は?

対象となりうる日本企業は上場企業でわずか6社(2021年時点)。ただし利益Bは中規模の販売子会社にも波及する可能性があります。


第1の柱(Pillar1)が生まれた背景とBEPS2.0の全体像


第1の柱(Pillar1)は、突然降って湧いた新ルールではありません。長年にわたる国際的な税制の「抜け穴」問題への対応として、OECDが主導してきたBEPS(Base Erosion and Profit Shifting=税源浸食と利益移転)プロジェクトの延長線上にあります。


BEPSとは、多国籍企業がグループ会社間の国際取引において、国家間の課税制度の違いを利用して納税額を最小限に抑える行為のことです。典型的な手法として、低税率国のグループ会社に知的財産を移転し、高税率国で利益が発生しないよう設計するといったやり方がありました。これに対し、OECDは2012年にBEPSプロジェクトを立ち上げ、140を超える国・地域を束ねる「BEPS包摂的枠組み」の下で議論が進められてきました。


そして2021年10月、「BEPS2.0」として知られる新たな国際課税ルールの大枠合意が発表されました。この合意は「2本の柱」で構成されています。第1の柱(Pillar1)は「市場国への新たな課税権の配分」、第2の柱(Pillar2)は「グローバル・ミニマム課税(最低税率15%)」です。


これが生まれた直接的な契機は、GAFAと呼ばれる米国大手テック企業の振る舞いにあります。Googleはアイルランドに欧州本社を置き、Amazonはルクセンブルクを拠点として、実際にビジネスをしている国とは別の場所で利益を計上していました。「稼いでいる場所で税金を払え」という当然の要求が、国際課税ルールの大改革を後押ししたのです。


つまりBEPS2.0です。


第2の柱(Pillar2)は日本でも2024年4月1日以降に開始する事業年度から所得合算ルール(IIR)が適用されており、実施が先行しています。一方で第1の柱は多国間条約(MLC)の署名という高いハードルがあり、2026年2月現在もなお交渉が継続中です。この「進捗の差」が生じている背景まで把握しておくことが、金融に関わる人にとって重要な知識となります。


参考:財務省によるBEPS包摂的枠組みとグローバル・ミニマム課税の解説
グローバル・ミニマム課税の法制化について|財務省


第1の柱(Pillar1)の利益Aとは何か・課税権再配分の計算方法

利益Aは、第1の柱の中核をなす仕組みです。一言で表すなら「世界最大級の多国籍企業が稼いだ超過利益の一部を、その企業がビジネスをしている市場国に強制的に配分するルール」です。


対象となる企業の要件は明確に定まっています。グループ全体の連結売上高が200億ユーロ(約3兆円規模)を超え、かつ税引前利益率が10%を超える多国籍企業グループが該当します。世界でこの要件を満たすのは約100社弱とされており、ごく一部の巨大企業だけを対象にした仕組みです。


計算の流れは次の通りです。まず、グループ全体の利益率が10%を超えた部分を「残余利益(超過利益)」として定義します。次に、その残余利益の25%を「利益A」として切り出し、各市場国の売上高に応じて比例配分します。たとえばある企業の世界全体の利益率が20%だとすると、10%分が標準的な利益、残り10%が残余利益です。その残余利益の25%、つまり全体利益の2.5%分が市場国に配分される計算になります。


これは使えそうです。


従来の国際課税制度の大原則は「PE(恒久的施設)なければ課税なし」というものでした。工場や支店など物理的な拠点がなければ、その国で税金を取れないという考え方です。利益Aはこの原則を根本から覆し、売上が発生している国であれば一定の「ネクサス(課税の根拠)」が認められるとします。ネクサスの判定基準は、その市場国における年間収益が100万ユーロ(小国は25万ユーロ)以上であることとされています。


さらに重要なのが、除外業種の規定です。利益Aの対象から外されているのは、規制金融サービス(銀行業等)、採掘産業、防衛産業、そして国内向け事業のみの企業です。金融機関が除外されているのは、既存の規制体制が複雑であることや、利益の源泉を市場国に紐付けるのが困難なためとされています。これが「金融業は関係ない」という誤解を生む一因にもなっているのですが、金融に携わる人ほど第1の柱が取引先企業や投資先企業のビジネス構造に与える影響を理解しておく必要があります。


参考:PwCによるAmount A(利益A)多国間条約の詳細解説
Pillar 1 Amount Aにかかる多数国間条約について|BDO三優監査法人


第1の柱(Pillar1)の利益Bとは何か・移転価格への影響

利益Bは、利益Aとは性格が大きく異なります。利益Aが「超巨大企業の超過利益の再配分」を目的とするのに対し、利益Bは「基礎的な販売活動に関する移転価格ルールの定式化・簡素化」を目的とした仕組みです。


移転価格とは、多国籍企業グループ内の関連会社間で行われる取引(商品やサービスの売買など)における価格設定のことです。独立した第三者との取引と同等の価格(独立企業間価格)で取引しなければならないというのが国際ルールの基本ですが、その適正価格の算定は非常に複雑で、税務当局との紛争が頻繁に起きていました。


利益Bが原則です。


具体的には、「国外関連者から商品を購入して第三者に販売する」という基礎的なマーケティング・販売活動を行う販売会社に対して、OECDがあらかじめ定めた利益率(売上高営業利益率1.5%〜5.5%の範囲内)を適用するものです。産業グループと資産・費用の比率に応じてマトリックスが設定されており、その値のプラスマイナス0.5%の範囲が「適正水準」とみなされます。


これにより税務当局側は、比較対象企業を一から探してくる作業(ベンチマーク分析)を省略できます。販売会社の利益が定めた水準を下回っていれば、簡便に所得更正(追加課税)を行えるようになります。


厳しいところですね。


対象となる取引は、有形資産の卸売を主たる業務とし、小売・製造・研究開発を「ほとんど行わない」企業に限られます。コモディティ商品・デジタル商品を扱う企業、また販売先が関連者である企業は対象外です。


注意すべき点が一つあります。利益Bの導入は各国の国内法に委ねられており、義務化・選択制・非導入のいずれかを各国が決める仕組みになっています。ニュージーランドは非導入を表明済みで、オーストラリアやインドも消極的な姿勢をとっています。日本本社と海外子会社のサプライチェーンに利益B非導入国が入ると、紛争解決が複雑化するリスクがあります。これは多国籍企業の財務・税務部門にとって見落とせないポイントです。


参考:EYによる利益B(Amount B)の最新解説
BEPS2.0最新情報と実務対応②BEPS2.0 Pillar1 Amount B|EY Japan


第1の柱(Pillar1)の対象となる日本企業・トヨタや武田薬品が該当する理由

「第1の柱(Pillar1)はGAFAなどの米国テック企業向けの話で、日本企業には無関係」と考える人は少なくありません。しかし、これは重大な誤解です。


利益Aの対象要件(売上高200億ユーロ超・利益率10%超)を満たす日本企業は、金融業・採掘業を除いた上場企業で約6社とされています(2021年時点)。具体的には通信大手3社(NTTグループ、ソフトバンク、KDDI)、トヨタ自動車、ソニーグループ、武田薬品工業が挙げられています。日本を代表するGAFAに相当するテック企業ではなく、製造業・通信業・製薬業という伝統的産業の大企業です。


意外ですね。


これがなぜかといえば、第1の柱は当初のデジタル課税の発想から出発したものの、議論の過程で「物理的拠点に依存しない高収益企業」全般を対象とする方向に拡張されたからです。採掘産業と金融業だけが明示的に除外されており、IT企業に限定しないことが設計の大原則となっています。


ただし、日本企業全体で見ればその数は非常に限られています。日本企業は一般的に利益率が低い傾向があり、利益率10%を超える企業はグローバル水準では少数派です。ほとんどの日本企業にとっては直接的な納税義務は生じないでしょう。


それでも関心を持つべき理由があります。利益Aの収益閾値は、導入から7年後に200億ユーロから100億ユーロへ引き下げられる予定です。この引き下げが実現すると、対象企業数は急増します。また、利益Bは販売子会社を海外に持つ企業であれば中堅規模でも影響を受ける可能性があります。投資先・取引先の税務リスクとして、金融に携わる人が常に意識しておくべきテーマです。


第1の柱(Pillar1)の多国間条約・米国の動向と今後のスケジュール

第1の柱の最大の難関は、多国間条約(MLC:Multilateral Convention)の締結です。第2の柱が各国の国内法改正によって比較的スムーズに実施に移されているのに対し、第1の柱は多数国間条約という国際合意のプロセスが必要なため、交渉が長期化しています。


当初のスケジュールでは、2023年中に多国間条約の文書を最終化し、2024年6月までに署名式を行うことが目標とされていました。しかし実際には2024年3月末への延期、さらにその後も合意に至らず、2026年2月現在も交渉が継続しています。


問題は条件です。


多国間条約の発効要件として、署名後に30カ国以上が批准し、かつ特定のポイント制要件(999ポイント中600ポイント以上)を満たす必要があります。このポイント制のうち、なんと486ポイント(全体の約半数)が米国に割り当てられています。つまり、米国が批准しない限り、多国間条約は発効しない構造です。


これは痛いですね。


バイデン政権下で設計されたこの枠組みに対し、トランプ新政権は否定的なスタンスをとっています。2025年1月、トランプ大統領は就任直後にBEPS2.0への対応を見直す大統領令に署名したと報じられており、米国の参加が一層不透明になりました。欧州各国がデジタルサービス税(DST)を導入しているのに対し、米国はこれを「自国のIT企業への差別的課税」と批判しており、第1の柱の成立を前提にDSTを撤廃するよう各国に求めていた交渉の構図が崩れるリスクもあります。


一方で、利益Bについては2024年2月にOECDがガイダンスをOECD移転価格ガイドラインの附録として公表しており、多国間条約とは独立した形で各国の国内法への取り込みが進んでいます。第1の柱全体としての見通しは不透明ながら、利益Bは確実に実務に影響を与えつつある点は押さえておく必要があります。


参考:財務省によるBEPS研究会資料(令和7年2月公表)
令和7年度税制改正と「2本の柱」の議論の現状|財務省


第1の柱(Pillar1)に関する投資家・金融実務者が知るべき独自視点:PE原則崩壊の意味

第1の柱をめぐる議論で、専門家以外にはあまり注目されていない重要な論点があります。それは「PE(恒久的施設)なければ課税なし」という国際課税の100年来の原則が終焉を迎えつつあるという事実が、投資家の企業評価に直結するという点です。


PEとは工場・支店・倉庫など、企業が特定の国に持つ物理的な事業拠点のことです。これまでの国際課税の常識では、その国にPEがなければ現地で課税されることはありませんでした。多国籍企業はこの原則を巧みに活用し、低税率国にPEを設けて利益を集約することで、税負担を最小化してきました。


第1の柱の利益Aは、この前提を根本から崩します。PEの有無にかかわらず、市場国での売上が一定水準を超えればネクサスが生じ、課税権が発生します。これは企業の事業設計において「物理的な拠点コントロールによる節税」という手法の有効性が大幅に低下することを意味します。


つまり節税設計の大転換です。


金融に携わる人にとってこれが重要な理由は2点あります。第1に、低税率国にIP(知的財産)ホールディングカンパニーを置いて税負担を抑えているビジネスモデルは、将来的に追加課税リスクを抱えているということです。そうした構造を持つ企業の株式・債券への投資家は、タックスリスクの評価を見直す必要が出てきます。


第2に、利益Aの対象企業がDST(デジタルサービス税)や類似の一方的措置の撤廃と引き換えに利益Aに服する設計になっている点です。フランス・英国・イタリアなどが導入しているDSTは、現在は第1の柱の最終合意を前提として暫定的に課税が続いている状態です。もし第1の柱が発効しなければ、各国独自のDSTが恒久化・拡大する可能性があり、デジタルビジネスに投資している人はこの動向を注視する必要があります。


結論は複雑なリスク構造です。第1の柱(Pillar1)は、国際課税の根本的なルール変更であり、投資対象企業の実効税率・キャッシュフロー・グループ構造に中長期的な影響を与えます。直接の課税当事者でなくても、金融の視点からこの仕組みを理解しておくことは、リスク管理の質を高めることにつながります。


参考:OECDデジタル課税の枠組みと第1の柱・第2の柱の全体像
OECD公表による合意内容および第1の柱・第2の柱の概要|PwC Japan




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