

保険や銀行の規約は、あなたが読まなくても法的に合意済み扱いになります。
定型約款という言葉を聞いたことはあっても、実際にどのような法律的意味を持つのか、正確に把握している方は多くないかもしれません。
2020年(令和2年)4月1日に施行された改正民法によって、日本で初めて「定型約款」という概念が法律に明記されました。それ以前の民法には、約款に関する規定が一切存在していませんでした。明治29年に制定された民法は、不特定多数との大量取引を想定していなかったためです。つまり、改正まで約124年間、約款は法的な根拠が曖昧なまま社会に広まっていたということです。
意外ですね。
では、民法が定める「定型約款」とは具体的に何でしょうか。民法第548条の2第1項はこう定めています。
| 用語 | 定義(民法条文より) |
|---|---|
| 定型取引 | ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なもの |
| 定型約款 | 定型取引において、契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体 |
要点を整理するとこうなります。①不特定多数を相手にした取引であること、②内容が画一的であることが双方にとって合理的であること、この2点が「定型取引」の要件です。そして、そこで使われる契約条項のまとまりが「定型約款」です。
金融分野における定型約款の具体例としては、生命保険・損害保険の保険約款、住宅ローン契約書・消費者ローン契約書(国会答弁で明示)、投資信託の説明書に附随する規約、クレジットカードの会員規約などが該当します。一方、企業同士が個別に交渉して結ぶ銀行取引約定書は、画一性の要件を満たさないとして定型約款に該当しないとされており、この点は業界でも議論があります。
定型約款が原則です。
定型取引と定型約款を区別して理解しておくことが、この分野の出発点となります。
参考:民法(e-Gov法令検索)での定型約款条文(民法第548条の2〜548条の4)はこちらから確認できます。
e-Gov法令検索|民法(第548条の2〜548条の4 定型約款の条文全文)
定型約款でもっとも重要な仕組みが「みなし合意」です。民法第548条の2第1項がその根拠条文です。
通常の契約では、当事者が内容を確認し合意することで初めて拘束力が生まれます。ところが定型約款では、全条項を読んでいなくても、場合によっては内容を知らなくても、合意したものと「みなされる」のです。これが核心部分です。
みなし合意が成立するための要件は次の2つです。
1号と2号はどちらか一方を満たせば足り、両方を満たす必要はありません。
注意が必要なのは「2号表示」の解釈です。立案担当者の解説(筒井健夫・村松秀樹『一問一答民法(債権関係)改正』250頁)によれば、事業者のウェブサイトに約款ページを設けているだけでは2号要件を満たさないとされています。契約締結の画面に至る途中で、同一画面上で約款が適用される旨を認識できる状態に置くことが必要です。これはオンライン証券や保険の申し込みフローにも直接影響する解釈です。
これは使えそうです。
つまり、ウェブ上に規約を掲載しているだけでは不十分で、申込み画面で明確に規約適用を示す必要があります。もし事業者がこの対応を怠っていれば、みなし合意が成立していないという主張の余地があります。金融サービスを利用する際に「いつ・どこで規約への同意を求められたか」を意識しておくと、後々トラブルが起きた際の判断材料になります。
みなし合意の成立が原則です。
参考:改正民法における定型約款の適用範囲と実務ポイントの詳細解説
LegalSearch|改正民法における定型約款の適用範囲・みなし合意の要件を詳説
みなし合意があるからといって、約款のどんな条項でも有効になるわけではありません。民法第548条の2第2項が「不当条項規制」として機能します。
条文の内容を平易に言い換えると、「相手方の権利を制限したり義務を重くする条項のうち、社会通念や信義則に反して相手方の利益を一方的に害するものは、合意がなかったものとみなす」ということです。
ここで重要なのが消費者契約法第10条との関係です。不当条項に関しては、民法548条の2第2項と消費者契約法10条の両方が適用できるケースがあります。民法では「みなし合意の否定(効力が生じない)」、消費者契約法では「無効」という異なる効果が生まれますが、消費者はどちらか自分に有利なほうを主張できます。
厳しいところですね。
さらに、2024年3月公開の業界レポートによれば、消費者適格団体による利用規約への差止請求が近年活発化しています。金融サービス事業者が準備する約款の条項に対して消費者契約法違反が指摘され、一定規模の事業者であっても対応を迫られるケースが出ています。
利用者の立場からすると、約款に「一切の返金・補償を行わない」「いかなる損害も当社は責任を負わない」といった文言があった場合、その条項が不当条項として無効となりうる可能性を知っておくことが大切です。不当な損失を被りそうになった際には、民法548条の2第2項または消費者契約法10条を根拠に異議を申し立てることを検討してください。
参考:不当条項規制に関する詳しい解説と消費者契約法との比較
弁護士法人Y&S法律事務所|利用規約が効力を持たない場合・不当条項規制の詳細解説
あまり知られていませんが、定型約款の利用者には「開示請求権」という強力な権利が認められています。根拠条文は民法第548条の3です。
この条文のポイントをまとめると次のとおりです。
これが条件です。
具体的に考えてみましょう。たとえば保険契約を締結しようとする際に、「この保険約款の内容をすべて見せてください」と請求したとします。保険会社が「ホームページで見てください」と答えたとして、それだけでは開示義務を果たしたといえない可能性があります。特に、インターネットを閲覧できない環境の利用者に対してウェブ公開のみで対応することは不十分とされています。
また、開示義務の免除(民法548条の3第1項但し書き)については、事業者が「定型約款を記載した書面を交付」または「電磁的記録を提供」した場合に適用されます。この電磁的記録の提供は、利用者が自由に内容を確認できる形でのデータ提供が必要とされており、単なる参照URLの案内では不十分です。
つまり開示請求がポイントです。
金融商品を契約する前に、約款の開示を求めることは利用者の正当な権利です。事業者に開示を求めて「それは対応できない」と断られた場合、その事業者との契約は慎重に再考する理由の一つになります。また、開示を求めた事実を記録しておくことが、後でトラブルが生じた際の証拠として役立ちます。
参考:定型約款の内容表示義務に関する実務上の論点と留意点
ひかり総合法律事務所|定型約款についての実務上の留意点・みなし合意からの除外
定型約款でとくに金融利用者が注意すべきなのが「変更ルール」です。民法第548条の4が根拠条文であり、この条文は「同意なく約款を変更できる場合」を定めています。
通常、一度締結した契約を変更するには相手方の合意が必要です。ところが定型約款では、一定の条件を満たせば事業者が利用者の同意を取らずに約款内容を変更し、変更後の条項についても合意があったものとみなすことができます。
同意なし変更が認められるのは次の2つの場合です。
痛いですね。
2号による変更は、実務上もっとも問題になるケースです。保険約款に暴力団排除条項を追加する変更について、変更の必要性と相手方への不利益が限定的であることを理由に変更を認めた裁判例(福岡高判平成28年10月4日 金融商事判例1504号24頁)があります。この裁判例は、2号要件の解釈を考える上で参考になります。
さらに手続き上の注意として、変更を行う場合には「効力発生時期を定め」「変更の旨・変更後の内容・効力発生時期をインターネット等の適切な方法で周知」しなければなりません。周知が効力発生時期までに完了しないと変更の効力は生じません。
また、「変更後もサービスを利用し続けた場合は新規約に同意したものとみなす」という条項が利用規約に入っているケースがあります。この構成は改正民法施行前の実務から続く慣行ですが、2号要件を明らかに満たさない変更を行う場合には、変更後の利用継続による同意クリックを別途求める構成が必要とされます。
これが原則です。
金融利用者としての実践的な対応策として、自分が契約している金融サービス(証券口座・保険・クレジットカードなど)の規約変更通知が届いたときは、必ず変更内容を確認してください。「変更条項がある」という事実だけでなく、2号変更に関しては「契約目的に反していないか」「合理的な変更か」を自分の視点で判断することが重要です。もし変更内容に疑問があれば、消費者ホットライン(局番なし188)や金融ADR(金融サービス利用者相談室:0570-016-811)に問い合わせることが一つの選択肢です。
参考:金融実務における定型約款の詳細・変更要件の解釈論
THE FINANCE|債権法改正と金融実務〜定型約款をどこよりも詳しく解説(変更要件・判例含む)