
相続放棄をすれば、原則として被相続人の債務や税金の支払義務は引き継がれません。しかし、固定資産税については特殊な制度である「台帳課税主義」が採用されているため、相続放棄をしても支払義務が残る場合があります。
台帳課税主義とは
固定資産税は、1月1日(賦課期日)時点で固定資産課税台帳に所有者として登録されている人に課税される制度です。この制度により、以下の特徴があります。
相続放棄の効力との関係
相続放棄は民法939条により、相続開始時(被相続人の死亡時)に遡って効力が発生し、初めから相続人ではなかったものとみなされます。しかし、固定資産税の台帳課税主義は地方税法343条に基づく独立した制度であるため、相続放棄の効力と台帳課税主義が競合することがあります。
相続放棄をしても固定資産税の支払義務が残る理由は、地方税法343条2項の規定にあります。この条文では、「所有者として登記又は登録がされている個人が賦課期日前に死亡しているときは、同日において当該土地又は家屋を現に所有している者」が納税義務者となると定められています。
最高裁判所の判例
最高裁平成26年9月25日の判決では、台帳課税主義の優先性が確認されています。この判例により、以下の原則が確立されました。
実務上の取り扱い
市区町村の固定資産税担当部署では、被相続人の死亡を把握すると、相続人調査を行い課税台帳を更新します。この調査は以下の流れで行われます。
相続放棄の手続きが完了していない段階で課税台帳への登録が行われると、相続放棄後も支払義務が残る可能性があります。
相続放棄をしても固定資産税の支払義務が生じるケースは、主に相続放棄の完了時期によって決まります。以下に具体的なケースを示します。
年をまたいで相続放棄が完了した場合
被相続人が令和6年11月に死亡し、相続放棄の申述を同年12月に行ったが、家庭裁判所での受理が令和7年1月になった場合。
年内に相続放棄が完了した場合
被相続人が令和6年3月に死亡し、相続放棄の申述を同年4月に行い、同年5月に受理された場合。
相続放棄手続き中に納税通知書が届いた場合
被相続人が2月~6月に死亡し、相続放棄の手続きを行っている最中に固定資産税の納税通知書(4月~6月に送付)が届く場合があります。この場合。
滞納分がある場合の注意点
被相続人が固定資産税を滞納していた場合、以下の点に注意が必要です。
相続放棄をする際に固定資産税の支払義務を避けるためには、適切なタイミングでの手続きと役所への連絡が重要です。
12月31日までの相続放棄完了
最も確実な方法は、被相続人が死亡した年の12月31日までに相続放棄を完了することです。
役所への早期連絡
相続放棄を検討している場合は、市区町村の固定資産税担当部署に早めに連絡することが重要です。
相続放棄受理証明書の提出
相続放棄が受理された後は、速やかに市区町村に受理証明書のコピーを提出します。
代理人による手続き
専門家に依頼することで、適切なタイミングでの手続きが可能になります。
相続放棄と固定資産税に関する実務上よくある質問と、あまり知られていない注意点をまとめました。
Q: 相続放棄後に固定資産税を支払ってしまった場合はどうすればよいですか?
相続放棄後に誤って固定資産税を支払ってしまった場合、市区町村に対して還付請求を行うことができます。
Q: 共有名義の不動産の場合はどうなりますか?
被相続人が他の人と共有で不動産を所有していた場合の固定資産税の取り扱い。
意外な注意点:空き家特例の取り消し
相続放棄により所有者不明となった空き家について、以下の問題が生じる可能性があります。
家庭裁判所の3ヶ月経過後の相続放棄
通常は相続開始から3ヶ月以内に申述が必要ですが、以下の場合は例外的に認められることがあります。
相続放棄と管理責任
相続放棄をしても、以下の管理責任が残る場合があります(民法940条)。
これらの管理責任は固定資産税とは別の問題ですが、実務上混同されやすいため注意が必要です。特に、近隣への損害が発生した場合の賠償責任については、相続放棄後も一定期間残る可能性があるため、専門家への相談が推奨されます。