
相続放棄をしても完全に管理責任から解放されるわけではありません。2023年4月1日に施行された民法改正により、相続放棄後の管理義務に関する規定が大幅に見直されました。
改正前の民法940条では「相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない」と規定されていました。
しかし、この規定には以下の問題点がありました。
改正後の民法940条では「相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は第九百五十二条第一項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない」と明確化されました。
この改正により、呼称も「管理義務」から「保存義務」に変更されましたが、実質的な内容に大きな違いはありません。
相続放棄後の保存義務が終了するタイミングは、民法改正により明確に規定されました。保存義務は以下のいずれかの条件が満たされた時点で終了します。
次順位の相続人への引き渡し完了時
相続放棄により次順位の相続人が財産を承継する場合、その相続人に実際に財産を引き渡した時点で保存義務は終了します。例えば、子が相続放棄した場合は被相続人の親や兄弟姉妹が次順位の相続人となり、彼らに財産を引き渡すまでは責任を負い続けます。
相続財産清算人への引き渡し完了時
相続人全員が相続放棄した場合や相続人が不明な場合、家庭裁判所に申立てを行い相続財産清算人が選任されます。この清算人に財産を引き渡した時点で保存義務は終了します。なお、民法改正により「相続財産管理人」から「相続財産清算人」に名称が変更されました。
重要なポイントは、誰にも引き渡していない場合には管理義務がなくなることはないという点です。単に相続放棄の手続きを完了しただけでは保存義務から解放されず、実際の引き渡し行為が必要となります。
民法改正により、保存義務を負う人の条件が明確化されました。保存義務を負うのは「相続放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有している者」に限定されます。
占有の具体的な判断基準
「現に占有している」とは、その財産を事実上支配している状態を指します。具体例は以下の通りです。
占有していない場合の扱い
相続放棄時に財産を占有していない相続人は、原則として保存義務を負いません。例えば、被相続人の実家から離れて住んでいる子が相続放棄した場合、その実家を占有していなければ管理責任は生じません。
この改正により、遠方に住む相続人が不当に管理負担を強いられるケースが大幅に減少しました。従来の制度では、財産との物理的な関係に関わらず管理義務が生じる可能性がありましたが、改正後は実際に財産を占有している者のみが責任を負う仕組みとなっています。
相続放棄後の保存義務から解放されるための具体的な方法をご紹介します。適切な手続きを踏むことで、長期間の管理負担から逃れることができます。
次順位相続人への引き渡し手続き
最も一般的な方法は、次順位の相続人に財産を引き渡すことです。手続きの流れは以下の通りです。
引き渡しは物理的な財産の移転だけでなく、管理権限の移譲も含みます。不動産の場合は鍵の引き渡しや管理方法の説明も重要です。
相続財産清算人選任の申立て
次順位相続人がいない場合や全員が相続放棄した場合は、家庭裁判所に相続財産清算人の選任を申し立てます。申立てに必要な書類と費用は以下の通りです。
相続土地国庫帰属制度の活用も検討できます。この制度により、一定の要件を満たした土地を国に帰属させることが可能です。ただし、審査手数料や10年分の管理費相当額の負担金が必要となる場合があります。
相続放棄後の保存義務を怠った場合、予想以上に深刻な法的リスクが生じる可能性があります。単なる管理不備では済まない、重大な責任を問われるケースも存在します。
刑事責任に発展する可能性
空き家を適切に管理せず放置した結果、犯罪の温床となった場合、管理者として刑事責任を問われる可能性があります。具体的には以下のようなケースが報告されています。
これらの事件に巻き込まれた場合、相続放棄していても保存義務者として責任を追及される可能性があります。
特定空き家指定による強制執行
空家等対策の推進に関する特別措置法により、管理不十分な空き家は「特定空き家」に指定される場合があります。指定されると以下の措置が取られます。
債権者からの損害賠償請求
相続財産の価値を適切に保全しなかった結果、債権者が債権回収できなかった場合、保存義務者に対して損害賠償請求される可能性があります。農地や山林の場合、適切な管理を怠ることで資産価値が著しく低下し、想定以上の賠償責任を負うリスクがあります。
これらのリスクを避けるためには、相続放棄後も適切な保存義務を履行し、可能な限り早期に引き渡し手続きを完了することが重要です。専門家への相談も含めて、計画的な対応を検討することをお勧めします。
法務省の財産管理制度に関する詳細情報
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00238.html