ハラスメント相談窓口の設置義務と企業が取るべき対応策

ハラスメント相談窓口の設置義務と企業が取るべき対応策

ハラスメント相談窓口の設置義務と企業が知るべき対応のポイント

窓口を設置しているだけでは、対応ミス1件で1,200万円以上の賠償命令を受けることがあります。


この記事の3つのポイント
⚖️
2022年4月から全企業に義務化

中小企業を含むすべての事業主に、ハラスメント相談窓口の設置が法律上の義務となっています。違反した場合は行政指導・企業名公表の対象になります。

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対応ミスは数百万〜数千万円の賠償リスク

窓口を設置しても運用が不適切だと、裁判で企業責任が問われます。相談後に何も対応しない、相談内容を漏らすといったケースで高額賠償が命じられた判例が複数あります。

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社外委託で実効性を高める方法がある

社内窓口だけでは従業員が相談しにくいという実態があります。月額5,000円〜の外部委託サービスを活用することで、匿名性・専門性の両方を確保できます。


ハラスメント相談窓口の設置義務とパワハラ防止法の基本知識

ハラスメント相談窓口の設置義務は、改正労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法)によって定められています。大企業は2020年6月から、中小企業は2022年4月から義務化が適用され、現在は企業規模を問わずすべての事業主が対象です。


「中小企業だから関係ない」という認識は、もはや通用しません。これが原則です。


義務化の対象となる措置は、相談窓口の設置だけにとどまりません。厚生労働省が定める指針では、①ハラスメントに関する事業主の方針の明確化と周知・啓発、②相談体制の整備、③事後の迅速かつ適切な対応、④プライバシー保護と不利益取扱いの禁止、という4つの柱が求められています。


対象企業 義務化の時期 適用状況
大企業 2020年6月〜 義務(罰則なし・行政指導あり)
中小企業 2022年4月〜 義務(同上)


厚生労働省の「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査」によると、パワハラ被害を受けた従業員のうち約40%が泣き寝入りをしているというデータがあります。泣き寝入りの背景には「相談しても解決しない」という不信感があり、窓口を設けるだけでは根本的な解決にならないことを示しています。


なぜ相談窓口が形骸化するのでしょうか?厚生労働省の調査では、パワハラを受けた後に「会社関係に相談した」という回答はわずか15.6%にとどまり、「何もしなかった」という回答が最も多く43.4%を占めています。「何をしても解決にならないと思ったから」という理由が68.5%、「職務上不利益が生じると思ったから」が24.9%という状況です。


法律上の義務を果たしつつ、実際に機能する窓口にすること。この2つが同時に求められています。


参考:パワハラ防止法の概要と企業に求められる対応について(厚生労働省)
厚生労働省「職場におけるパワーハラスメント対策が事業主の義務になりました」(PDF)


ハラスメント相談窓口を設置しない場合の法的リスクと罰則

パワハラ防止法には直接的な罰金刑は設けられていません。しかし、「罰則がないから放置しても大丈夫」と考えることは非常に危険です。


違反した場合の実際のリスクは段階的に発生します。まず厚生労働大臣(都道府県労働局)から助言・指導・勧告が行われます。それを無視した場合には、労働施策総合推進法第33条第2項に基づき、企業名が公表されます。企業名が公表されれば、採用活動や取引先への信頼が失われ、長期的な経営ダメージを招くことになります。


さらに深刻なのが、民事上の損害賠償リスクです。以下は実際に判決が下された代表的な事例です。


  • パワハラの訴えがあったにもかかわらず事実調査をせず、被害者が自殺に至ったケースで、約1,200万円の損害賠償命令(東京高等裁判所 平成29年10月26日判決)
  • セクハラの相談内容を漏洩したことに対して損害賠償命令(東京地方裁判所 平成26年4月14日判決)
  • パワハラを放置した病院に対して1,000万円の賠償命令
  • 三菱電機事件では、パワハラが原因の自殺に対して約1億2,000万円の賠償金


これが重要な点です。ハラスメントが発生したこと自体より、その後の企業対応の失敗が賠償金を増大させるケースが多いのです。


安全配慮義務違反(労働契約法第5条)や使用者責任(民法第715条)を問われると、企業単体としての賠償責任を負います。賠償命令が確定するだけでなく、SNSで企業名が拡散されるリスクも現実のものとなっています。


つまり「設置しない」「設置したが機能していない」の両方が、法的・金銭的・社会的リスクに直結しているということです。これは覚えておけばOKです。


参考:相談窓口の未整備がもたらす企業の法的リスクについて
吉野モア法律事務所「ハラスメント相談窓口の義務化とは?弁護士が教える設置手順と運用の注意点」


ハラスメント相談窓口の正しい設置方法と運用の5つのポイント

相談窓口を設けるだけでなく、実際に機能させるための仕組みが必要です。厚生労働省の指針では「相談窓口の担当者が、相談内容や状況に応じ適切に対応できるようにすること」が求められています。


設置・運用のポイントは大きく5つあります。


① 守秘義務と不利益取扱いの禁止を明示すること


相談の入口で「相談内容は秘密が守られます」「相談したことで不利益な扱いを受けることはありません」と明示しなければ、誰も窓口を利用しません。この2点は口頭だけでなく、書面や掲示物でも周知することが必要です。


② 担当者は判断を差し挟まず傾聴すること


「それはあなたにも落ち度があるのでは?」「考えすぎでは?」という発言は絶対にNGです。相談窓口の担当者はハラスメントの有無を判断する立場にはありません。まず聴く、これが基本です。


③ 対応フローを事前に明文化すること


相談受付 → 社内報告 → 事実調査 → 処遇決定 → 相談者への結果報告、という5段階のフローを就業規則やマニュアルに落とし込んでおく必要があります。フローがなければ、担当者が判断に迷い、対応が遅延します。


④ 周知を継続的に行うこと


設置時の周知だけでは、時間が経つと窓口の存在が忘れられます。定期的なハラスメント防止研修や社内報掲載、ポスター掲示など複数の手段を組み合わせることが効果的です。


⑤ 担当者への教育とフォローを怠らないこと


ハラスメントの相談を受ける業務は精神的負担が大きい作業です。担当者が燃え尽きないよう、定期的な研修やメンタルヘルスケアの機会を設けることも義務の一部といえます。


相談が寄せられたら、担当者個人で抱え込まず、対応フローに沿って人事・法務・経営層と連携することが大切です。厚生労働省は担当者向けのチェックリストや相談記録票の書式例も無料で公開しており、これを活用するところから始めるのが現実的です。


参考:相談窓口の運用に使える実務資料(厚生労働省)
厚生労働省「ハラスメント関係資料ダウンロード」(相談窓口の設置・運用ポイント、チェックリスト等)


社内窓口vs社外委託:金融業・中小企業が選ぶべき相談体制とは

相談窓口には大きく「社内設置」と「社外委託」の2種類があります。この選択は、企業の規模・業種・リスク許容度によって変わります。


社内窓口の最大のメリットは、従業員が気軽に利用できる点と初期コストが低い点です。しかし実態として、社内の担当者に相談することへの心理的抵抗から、相談率が著しく低くなるという問題があります。特に金融業のように情報管理意識の高い職場や、上司との関係が業績評価に直結しやすい環境では、社内窓口への信頼を得ることが難しい傾向があります。


社外委託の場合は、匿名性・中立性・専門性の3つを同時に確保できます。外部の法律事務所や社労士事務所が窓口を担うことで、相談者は「話した内容が職場に筒抜けになる」という不安を持たずに済みます。厚生労働省も「社外の外部機関への委託が望ましい」という方向性を示しています。


項目 社内窓口 社外委託
月額費用 人件費のみ 5,000円〜(100名以下)
匿名性 △(漏れる不安あり) ◎(守秘義務あり)
専門性 △(担当者次第) ◎(弁護士・社労士等)
従業員の利用率 低くなりがち 高まりやすい


社外委託の費用相場は、従業員数100名以下で月額5,000円〜20,000円程度、101名〜500名では月額20,000円〜100,000円程度が目安です。法律事務所に委託する場合は従業員300名未満で月額3万円程度という料金設定もあります。コストと機能のバランスを考えると、まず社外窓口を1つ確保したうえで、社内でも担当者を置くという「二重構造」が最も実効性が高い体制です。


なお、厚生労働省が運営する「総合労働相談コーナー」や「ハラスメント悩み相談室」は従業員個人が使う公的窓口であり、企業の窓口設置義務を代替するものではありません。これは間違えやすいポイントです。


参考:社外窓口の費用・サービス比較について
WizBiz「ハラスメント社外相談窓口のおすすめ比較10選!外部委託の費用相場や選び方も解説」


【独自視点】金融業のハラスメント対応が他業種より厳しく問われる理由

金融業界は、ハラスメント対策において他業種よりも一段高い水準の対応が求められる立場にあります。これはあまり語られていない事実です。


理由は主に3つあります。第一に、金融庁が企業へのガバナンス審査でコンプライアンス体制の実効性を重視しているからです。金融機関がハラスメント問題で企業名公表や労基署の指導を受けた場合、金融庁による業務改善命令や検査対象となるリスクがあります。コンプライアンス体制の不備は、金融業では直接的なライセンスリスクに繋がり得ます。


第二に、金融業では上下関係の権力勾配が大きく、パワハラが発生しやすい構造的な要因があります。目標数値へのプレッシャー、長時間労働の慣行、「数字を出した人間が正しい」という風土は、優越的地位を利用した言動を生みやすい土壌です。令和5年度の厚生労働省調査でも、過去3年間にパワハラの相談があった企業の割合は64.2%に達しており、相談件数は増加傾向にあります。


第三に、情報漏洩リスクに対する感度が高いため、従業員が社内窓口を敬遠しやすいという特性があります。金融業の従業員は情報管理の重要性を日頃から認識しているため、「相談内容が漏れるのでは」という懸念が他業種より強く働きます。その結果、相談窓口があっても利用されない、という状況が生まれやすいのです。


社外の弁護士事務所や専門機関への窓口委託は、信頼性の面でも対外的なコンプライアンスアピールの面でも、金融業こそ積極的に活用すべき選択肢です。


法律上の義務を満たすことはもちろん、投資家・取引先・採用候補者に対して「健全な職場環境を維持している企業」であることを示せるかどうかが、金融業では特に重要になります。ESG投資の評価軸にも「従業員への配慮」が含まれており、ハラスメント対策は今や経営戦略の一部といえる時代になっています。


参考:企業のコンプライアンス体制と行政指導リスクについて