
普通株式等ティア1資本(CET1)の控除項目は、バーゼル規制における自己資本比率規制の中核をなす概念です。この仕組みは、金融機関の真の資本力を測定するために、損失吸収力が乏しい資産や金融システム内でのリスク伝播を防ぐために制限される資産を自己資本から控除するものです。
普通株式等ティア1資本の算出は「基礎項目(プラス項目)から調整項目(マイナス項目)を控除した額」として定義されています。この調整項目こそが控除項目であり、金融機関の健全性確保において重要な役割を果たしています。
控除項目は主に二つのカテゴリーに分類されます。第一に「損失吸収力が乏しい資産」、第二に「金融システム内のリスク伝播防止のための保有が制限される資産」です。
主要な控除項目一覧 💡
控除のメカニズムについて詳しく見てみると、バランスシートの左側の資産を右側の資本から控除するという一見不自然な処理が行われています。これは資本の重要な定義である「資産と負債の差」という概念に基づいており、いざというときに価値を失う可能性がある資産は算出対象から外しておくという予防的な措置です。
バーゼルⅢ規制では、特に重要な三つの項目について特別な取り扱いが設けられています。これらは「10%超の議決権を保有している金融機関等への普通株式出資」「会計と税務の一時差異に基づく繰延税金資産」「モーゲージ・サービシング・ライツ」の三項目です。
特定三項目の算入ルール 🎯
この仕組みは当初、これら三項目を全額控除する予定でしたが、日米欧各地域の金融機関からの抗議を受けて修正されました。日本の繰延税金資産、欧州の他金融機関への出資分、米国のモーゲージ・サービシング・ライツに対してそれぞれ配慮した結果、公平性を保つために同様の緩和措置が採られたとされています。
他の金融機関等への出資についても詳細な規定があります。議決権10%以下の保有先については、自己の普通株式等ティア1部分の10%超相当分を控除し、議決権10%超の保有先については、普通株式等ティア1への出資は10%超相当分を控除、その他ティア1・ティア2への出資は全額控除されます。
実際の計算において、控除項目の適用には複雑な経過措置が設けられています。特に「その他の包括利益累計額」については、2013年3月31日から全額算入されるわけではなく、2018年3月30日まで経過措置が設けられ、算入額は段階的に増加していく仕組みになっています。
公的資金による資本増強についても特別な取り扱いがあります。一定の条件を満たす公的機関による資本の増強に関する措置を通じて発行された資本調達手段で、現行告示の自己資本の基本的項目に該当するものは、2018年3月31日まで普通株式等ティア1資本に係る基礎項目に算入できる経過措置が設けられています。
計算プロセスの実務ポイント 📋
従来のバーゼルⅡでは、規制上の調整は普通株式等ではなく、ティア1資本又は自己資本総額に適用されていました。しかし、バーゼルⅢでは控除項目を勘案後の普通株式等が低い水準にあったとしても、より質の高い資本の確保を求めるため、普通株式等ティア1資本から直接控除する方式に変更されました。
日本の金融規制では、国際統一基準と国内基準で控除項目の取り扱いに一部差異があります。国際統一基準では、その他包括利益を含む普通株式等ティア1資本から、のれん、その他無形資産、繰延税金資産、その他金融機関向け出資等を控除項目として差し引きます。
一方、国内基準では、コア資本(普通株、内部留保、強制転換条項付優先株、協同組織優先出資、一般貸倒引当金)から同様の控除項目を差し引きますが、その他有価証券評価差額金は損益ともに勘案しない点が特徴的です。
基準間の主要な違い ⚖️
これらの差異は、各国の会計基準や金融システムの特性を反映したものですが、国際的な比較可能性の確保という観点から継続的な調整が行われています。特に、その他有価証券評価差益については、旧告示ではネット評価損の場合は税効果調整後の額の全額をティア1から控除し、ネット評価益の場合は45%相当額をティア2に算入する扱いでしたが、バーゼルⅢテキストでは全額普通株式等ティア1に算入する方向に変更されています。
近年の規制動向として、控除項目の範囲拡大と計算方法の精緻化が進んでいます。特に、金融システム内でのリスクの蓄積防止の観点から、他の金融機関の資本保有に対する規制が強化されており、ダブルギアリング対策として控除対象の拡大が図られています。
実務面での影響は多岐にわたります。金融機関は定期的な控除項目の見直し、適切な資本管理体制の構築、経営陣への報告体制の整備などが求められています。また、控除項目の変動は自己資本比率に直接影響するため、リスク管理部門と経理部門の密接な連携が不可欠です。
実務対応のチェックポイント ✅
将来的には、デジタル技術の進展により控除項目の自動計算システムの導入が進むと予想されます。また、ESG投資の拡大に伴い、従来の控除項目に加えて、気候変動リスクに関連する資産の取り扱いについても新たな規制が検討される可能性があります。
バーゼル規制の継続的な見直しにより、控除項目の定義や計算方法は今後も変更される可能性があるため、金融機関は常に最新の規制動向を注視し、適切な対応体制を維持することが重要です。特に、国際的に活動する金融機関では、各国の規制差異を踏まえた統一的な管理手法の確立が求められています。