
フィッシャー・ブラック(Fischer Sheffey Black、1938年1月11日 - 1995年8月30日)は、アメリカのワシントンD.C.で生まれた数学者・経済学者です 。1964年にハーバード大学で応用数学の博士号を取得した後、アーサー・D・リトル社に職を得ました 。
参考)フィッシャー・ブラック - Wikipedia
この転職先で、ブラックは人生を変える出会いを経験します。CAPM(資本資産価格モデル)理論の創始者の一人であるジャック・トレイナーと出会ったことが、彼が金融工学の道に進むきっかけとなったのです 。もともと数学専攻だったブラックが、その後ファイナンスに目覚めたこの出会いは、金融工学の歴史を変える重要な瞬間でした 。
参考)フィッシャー・ブラック (Fisher Black)
意外にも、ブラックは当初から経済学者を目指していたわけではありません。彼の数学的背景と論理的思考力が、後の革新的な金融理論の開発に不可欠な基盤となったのです 。
1972年、フィッシャー・ブラックは金融理論に重要な貢献をしました。彼は無リスク資産の存在を仮定しない「ゼロベータCAPM」を導出したのです 。従来のCAPMには無リスク資産の存在が仮定されていましたが、ブラックはより現実的な条件下でのモデルを開発しました 。
参考)資本資産価格モデル - Wikipedia
このゼロベータCAPMでは、任意の金融資産の期待収益率がゼロベータポートフォリオと呼ばれるポートフォリオとの関係で表現されます 。興味深いことに、フィッシャー・ブラックがゼロベータCAPMを導出した論文には、彼らの実証研究においてCAPMが一部成立しない結果についても述べられています 。
ブラックの研究の一つの方向性はCAPMモデルの検証であり、一部の低ベータ株の収益がCAPMの理論値に比べて高すぎることを指摘するなど、理論と現実の乖離にも着目していました 。
1973年、フィッシャー・ブラックとマイロン・ショールズ、そしてロバート・マートンという3人の経済学者が、オプション価格設定に関する革新的な理論を発表しました 。この研究の真骨頂として生まれたのが、ブラック・ショールズ方程式です 。
参考)ニュートン、ノーベル賞経済学者も陥った「数式」の罠
ブラックは1968年頃から、当時MITのスローン・ビジネススクールにいたマイロン・ショールズと協力してオプション価格を求める式の定式化に取り組んでいました 。基本的な発想は「オプションからの収益は、もとになる株と借り入れとの適切な組み合わせによって再現できる」というものでした 。
興味深い事実として、モデルそのものは1971年頃には完成していたにもかかわらず、次々にリジェクトされ、ファマとミラーの口利きによってやっと1973年になってJournal of Political Economyに掲載されたという経緯があります 。当時としては革新的すぎる内容だったため、学術界での受け入れに時間がかかったのです。
1984年、フィッシャー・ブラックはゴールドマン・サックス社に招聘されました 。これは自己の理論の実践に並々ならぬ興味を持ち続けていたブラックの新たな挑戦でした 。
ゴールドマン・サックスでのブラックは、理論と実践を結びつける重要な役割を果たしました。彼は複雑な現象について「歪んだイールドカーブや説明のつかない株価の動きにはいろいろなヒントが隠されているが、私が知りたいのはもっと大局的なことだ」と語っていました 。
参考)金融工学者フィッシャー・ブラック - Propositum
ブラックがゴールドマン・サックスを選んだ理由として、年金基金の投資方針に関する研究やフロー取引から得られる情報のメリットを生かせる環境があったことが挙げられます 。彼は「フロー取引で上げられる利益は、一般に過小評価されている」という結論に到達し、実務でこれを活用しようとしていました 。
参考)金融工学者フィッシャー・ブラック : 戸崎将宏の行政経営百夜…
フィッシャー・ブラックの業績は、現代ファイナンス理論において極めて重要な位置を占めています。ブラック・ショールズ方程式は、CAPM モデル、モジリアニ=ミラーの法則と並ぶ現代金融工学の三大成果の一つとされています 。
この理論が定式化されたことで、デリバティブに関する理論的研究は大幅な進展を見せ、実際の金融商品の創出においてもこの理論は実に大きく貢献しています 。1997年、ショールズとマートンにはノーベル経済学賞が授与されましたが、ブラックは1995年に癌で亡くなったため受賞することはできませんでした 。
参考)ブラックの功績に思う。 2007年06月11日
ブラックの研究成果の幅広さという点では、彼こそがファイナンス理論の発展への最大の貢献者といえるのではないでしょうか 。デリバティブ関連では金利モデルのブラック・ダーマン・トイモデル、ポートフォリオ関連でもブラック・リッターマンモデルなど、彼の名前が付いた理論は数多く存在します 。
現在でも金融実務界において、ブラック・ショールズ・モデルは「スタンダードなオプション」に対する「もっともスタンダードな理論価格決定式」として幅広く利用されています 。原資産価格、権利行使価格、金利、残存期間、原資産のボラティリティという容易に入手可能な5つの変数で計算も容易なことから、代表的なモデルとして活用され続けているのです 。
参考)ブラック・ショールズ・モデル(BS式) - 金融キーワード解…