

地方の財政を支える地方交付税に、消防団員数がどう絡んでいるか知っていましたか?実は、標準的な消防団員数より多く団員を抱える自治体は、報酬引き上げで財政赤字に陥るリスクがあります。
地方交付税とは、国が地方公共団体の財源の均衡を図るために交付するお金です。自治体ごとに税収の差があるため、国が一定の基準で必要な経費を算定し、不足分を補う仕組みになっています。
普通交付税の算定では、行政項目ごとに「単位費用 × 測定単位 × 補正係数」という計算式が使われます。消防費の場合、測定単位は「人口」です。
つまり、消防費に使えるお金の基準は、基本的に人口の多さで決まります。
消防団(非常備消防)の経費についても同様で、令和7年度の単位費用は人口1人あたり12,300円(常備・非常備消防含む)が標準です。標準団体として想定されているのは人口10万人の市町村で、そこに配置される消防団員数は583人と定められています。
内訳を見ると、団長1人・副団長2人・分団長15人・副分団長15人・部長および班長72人・団員478人という構成です。これが普通交付税の算定で「標準」とされる規模です。
報酬の単価も明確に定められています。団長が年額82,500円、副団長が69,000円、分団長が50,500円、副分団長が45,500円、部長・班長が37,000円、団員(最も人数が多い階級)が36,500円となっています。訓練等の出動報酬は1回あたり3,500円です。
算定はシンプルですね。ただ、この「標準」が現実と大きくかけ離れている点に問題の核心があります。
総務省:令和7年度単位費用算定基礎・標準団体行政経費積算内容(市町村分)|消防費の積算内容と標準団体における消防団員数の詳細
普通交付税の算定で使われる標準消防団員数は「人口10万人あたり583人」です。ところが、実際の地方では事情がまったく異なります。
岩手県の例が典型的です。同県の人口10万人あたりの消防団員数は1,585人。標準の約2.7倍もの団員を抱えています。岩手県議会では「地方交付税算定に用いる標準団員数583人と大きく乖離しており、財政負担が増加している」と公式に意見書が提出されています。
なぜこうした乖離が起きるのでしょうか?
理由は主に地理的要因です。農村部・山間部では集落が点在しており、人口は少なくても広いエリアをカバーするために多くの消防団員が必要になります。山形県のある市町村では、人口基準の標準規模の1.5倍以上の団員が必要とされており、それに見合った交付税は約半分しか交付されていませんでした。
この結果として何が起きていたかというと、消防団員への報酬が極端に低く抑えられていました。山形県内の多くの市町村では年額1万5千円〜1万7千円しか支払えておらず、消防庁が基準とする36,500円の半分にも達していなかったのです。
厳しいですね。地域の安全を守る人たちが、制度の歪みによって正当な報酬を受け取れていなかったわけです。
一方、都市部では逆の現象も起きています。人口密度が高く、消防の常備化が進んだ都市部では、消防団員数が標準より少なくなりがちです。交付税の算定は人口規模が大きくなるほどスケールメリットが働き、1人あたりのコストが下がる「段階補正」も適用されます。たとえば人口25万人の自治体では補正係数が0.820、人口4,000人規模では2.095と、小規模自治体ほど割高になる仕組みになっています。
算定の実態が地域の実情と合っていない、これが根本的な問題です。
岩手県議会:発議案第13号「消防団の団員確保対策及び活動支援の充実を求める意見書」|標準団員数583人と実態1,585人の乖離について詳述
こうした問題を受けて、令和4年度(2022年度)から地方財政措置が大きく見直されました。金融・財政に関心のある方にとって注目すべき制度改正です。
改定前(令和3年度まで)は、年額報酬も出動手当も「人口に基づく標準的な団員数に応じた額」で普通交付税が措置されていました。標準583人を超えて団員を確保している自治体は、超過分を全て一般財源で賄わなければならなかったのです。
改定後(令和4年度以降)は、算定の軸が「人口」から「標準額支払団員数」に変わりました。具体的には、各市町村の年額報酬支払総額を標準額(36,500円)で割った数が「標準額支払団員数」とされ、それが人口に基づく標準的な団員数の0.5倍〜2倍の範囲に収まる団体には、実績に応じた額が普通交付税で措置されることになりました。
これは使えそうです。
ただし、上限があります。2倍を超える部分については、普通交付税ではなく特別交付税で差額の0.5(50%)が措置されるにとどまります。岩手県のように実態が標準の2.7倍に達している場合、2倍を超えた部分の財政需要は全ては補てんされないのです。
令和6年度(2024年度)からはさらに拡充が行われました。「班長」階級以上の年額報酬について、普通交付税措置額を上回る経費に対して特別交付税措置(措置率0.5)が新設されています。上限は年額41,200円×団員数です。
出動報酬については、訓練等の出動は引き続き普通交付税(1回あたり3,500円)で措置されますが、災害時の出動については実績に応じた額を特別交付税で措置する方式になっています。
普通交付税と特別交付税の違いが条件です。普通交付税は毎年自動的に算定・交付されるのに対し、特別交付税は各団体の個別事情を勘案して配分されます。特別交付税は交付税総額の6%しかないため、財源保障としては不確実性が残ります。
消防庁:令和6年度地方財政措置(消防庁関係)|消防団員の年額報酬に係る特別交付税措置の拡充内容
ここからは、金融・投資に関心のある方が特に気になるであろう、自治体財政への影響を掘り下げます。
消防団員の超過採用と報酬引き上げが重なると、市町村の財政支出は急増します。仮に人口1万人の自治体が、標準団員数の2倍にあたる100人超の消防団員を抱えていたとします。報酬を1人あたり年額36,500円に引き上げると、年間報酬総額は365万円です。しかし普通交付税で措置されるのは標準の50人分(人口基準)、つまり182.5万円程度にとどまります。残りは一般財源で補填しなければなりません。
これは痛いですね。
さらに重要なのは、消防費を賄う財源構成です。市町村の消防費(平成25年度決算)は約1兆9,931億円で、そのうち約8割(80.7%)が地方税・地方交付税などの一般財源等です。消防費の約3分の2は人件費(64.6%)が占めており、消防団員の報酬改善が財政構造に直接影響することがわかります。
地方債の活用という観点では、消防署所の整備や消防用車両の購入には「緊急防災・減災事業債」が充当できます。元利償還金の70%が後年度に交付税算入されるため、実質的な自治体負担は30%程度です。ただし、消防団員の報酬(経常的経費)には地方債は充当できません。ランニングコストの増加は毎年度の一般財源を直撃するのです。
財政力の弱い小規模自治体ほど影響が大きくなります。もし財政が逼迫すれば、財政健全化団体・財政再生団体への転落リスクが高まります。地方債の信用格付けや利率にも影響が及ぶため、地方債への投資を検討する方には無視できないリスク要因です。
一方で見方を変えると、令和4年度以降の財政措置改定により、消防団員の報酬を適切に引き上げた自治体では交付税収入が増加します。令和5年度時点で年額報酬を36,500円以上としている団体の割合は86.0%まで上昇しており、制度の恩恵を受ける自治体が着実に増えています。
つまり制度改定は、消防団員の確保・報酬改善に積極的な自治体ほど財政的に有利になる仕組みです。
消防庁:消防財政の仕組みについて|消防費の歳出と財源構成、地方交付税算定方法の詳細説明資料
消防団員数と地方交付税の関係は、実は地方の「潜在的財政リスク」を測る一つの指標として機能し得ます。金融関係者の方にとって、これは見落としがちな視点です。
全国的に消防団員数は減少し続けています。昭和30年には200万人を超えていた消防団員は、令和4年4月時点では783,578人まで減少しました。ピーク比でほぼ40%以下、つまり60%以上が失われた計算です。
消防団員の減少は、単純に地域の防災力の低下を意味するだけではありません。財政的な観点で見ると、標準団員数に近づくほど交付税措置の対象から外れる費用が減り、自治体の持ち出しが減少します。しかし同時に、常備消防(消防署の職員)でカバーできない地域の防災空白が生まれ、将来的な災害リスクが高まるというジレンマがあります。
消防団員が1人減ると何が起きるんでしょう?
一見するとコストが減るように思えますが、実態は逆です。消防団が機能しない地域では、火災・水害などの被災時に常備消防だけで対応しなければならず、出動費用・復旧費用が膨らみます。さらに罹災率が上昇すると、住民の転出が加速し人口が減少します。すると交付税算定の測定単位である「人口」が減り、翌年以降の基準財政需要額が下がるという悪循環に陥ります。
地域の防災力低下が財政悪化を招く、このスパイラルが地方財政の構造問題の本質です。
対策として、消防団員のなり手不足解消に取り組む自治体では「機能別消防団員制度」の導入が進んでいます。令和4年4月時点で665市町村が導入し、機能別団員数は32,118人(前年比+2,747人・+9.4%)と増加しています。機能別消防団員は、特定の業務・活動のみに参加する形の消防団員で、本業との両立がしやすい仕組みです。
また、学生消防団員・女性消防団員の活用も財政対策の一環として注目されます。女性団員がいる消防団の割合は令和4年時点で76.5%に達しており、多様な担い手の確保が交付税措置の対象となる団員数の維持につながっています。
消防団員数を維持することが財政安定につながります。地方自治体の財政状況を分析する際は、消防団の充足率や機能別団員の導入状況も一つのチェックポイントにする価値があります。
なお、消防団員として活動する際の報酬に係る課税関係も知っておくと役立ちます。年額報酬が年5万円以下であれば費用弁償として非課税ですが、5万円を超える部分は課税対象です。令和4年度以降の標準額36,500円は非課税範囲内に収まっていますが、班長以上の階級では超過分が生じる可能性があります。
総務省消防庁:消防団を中核とした地域防災力の充実強化(令和5年3月)|消防団員数の推移・処遇改善・地方財政措置の包括的資料