
物納相続税制度は、相続税の納付において最も厳格な要件が設定されている制度です。この制度を利用するためには、以下の4つの要件をすべて満たす必要があります。
1. 延納によっても金銭納付が困難な事由があること
まず現金での一括納付ができず、さらに分割払いである延納制度を利用しても相続税を納付することが困難である必要があります。国は金銭での納付を原則としているため、物納は本当に最後の手段として位置づけられています。
2. 申告期限までの申請手続き完了
相続税の申告期限(相続開始から10ヶ月以内)までに、物納申請書と必要書類を税務署長に提出し、許可を得る必要があります。この期限を過ぎると物納制度の利用はできません。
3. 物納適格財産であること
物納に充てる財産は、国が管理・処分しやすい財産でなければなりません。担保権が設定されている不動産や境界が不明な土地などは物納不適格財産として認められません。
4. 日本国内所在の相続財産であること
物納できる財産は、相続税の課税価格計算の基礎となった相続財産のうち、日本国内に所在するものに限定されます。
興味深いことに、令和2年度の統計では相続税申告件数約12万件のうち、物納申請はわずか65件となっており、税務署からの承認ハードルは相当高い手続きとなっています。
物納できる財産には厳格な順位が設定されており、先順位の財産から選定する必要があります。この順位付けは、国が納められた財産を換金する際の容易さを基準としています。
第1順位の財産
第2順位の財産
第3順位の財産
物納不適格財産の具体例
以下の財産は物納に充てることができません。
物納劣後財産とは
他に適当な価額の財産がある場合には物納に充てることができない財産です。例えば。
物納する財産の価格は相続税評価額となるため、実勢価格(時価)より低くなることが一般的です。
物納の申請手続きは非常に複雑で、多くの書類準備が必要です。申請期限は相続税の申告期限と同じ10ヶ月以内ですが、必要書類の準備期間を考慮すると実質的な準備期間はさらに短くなります。
主要な申請書類
土地を物納する場合の追加書類
手続き期限の延長制度
物納手続き関係書類提出期限延長届出書を提出することで、1回につき3ヶ月を限度として、最長で1年まで書類提出期限を延長することができます。ただし、延長期間中は利子税の負担が生じます。
審査期間と結果
税務署は原則として物納申請期限から3ヶ月以内に許可または却下を行います。ただし、申請財産の状況によっては、審査期間を最長で9ヶ月まで延長する場合があります。
物納許可の場合
『相続税物納許可通知書』が送付され、物納許可税額、許可された物納財産、物納財産の収納価額等が記載されます。場合によっては汚染物質除去の履行義務などの条件が付される場合もあります。
物納却下の場合
『相続税物納却下通知書』が送付され、却下された理由等が記載されます。却下された場合は、通知書受領から20日以内に延納申請への切り替えや、他の財産での再申請が可能です。
測量や境界確認には測量士、土地家屋調査士などの専門家への依頼が必要で、費用は数十万円から100万円を超える場合もあります。
物納制度には明確なメリットとデメリットが存在し、利用前の慎重な検討が必要です。
物納の主要メリット
譲渡所得税の非課税
物納の最大のメリットは譲渡所得税がかからないことです。通常、財産を売却すると売却益に対して譲渡所得税が課税されますが、物納は国への譲渡にあたるため非課税となります。
ただし、相続税額を上回る金額を物納した場合は、納めすぎた金額が現金で還付され、その金額について譲渡所得税が課税される点に注意が必要です。
維持管理負担の軽減
特に底地(借地権の設定されている土地)の場合、物納後は国が借地人との契約を引き継ぐため、地代回収や契約更新などの管理業務から解放されます。
物納の主要デメリット
相続税評価額での評価
物納する財産の価格は相続税評価額となり、これは一般的に実勢価格(時価)より低く設定されています。そのため、不動産を売却して得た資金で納税する方が有利になる場合があります。
厳格な要件と手続き負担
物納の要件は非常に厳しく、必要書類の準備にも相当な時間と費用がかかります。また、申請しても必ず許可されるわけではなく、却下される可能性もあります。
利子税の負担
物納申請中は利子税が発生し、申請が却下された場合は納期限から却下日までの期間について利子税がかかります。
物納と売却のどちらが有利かは、譲渡所得税の負担と相続税評価額と実勢価格の差を比較検討する必要があります。
物納制度を成功させるためには、一般的に知られていない重要なポイントがあります。
生前準備の重要性
最も重要なのは相続発生前の準備です。物納整備には境界確定、共有状態の解消、抵当権設定の解除など、時間のかかる作業が多数あります。相続発生後に整備を始めた場合、申請期限に間に合わない可能性が高くなります。
遺産分割協議での戦略的配慮
物納の可否は遺産分割案によって大きく変わります。物納を検討する場合は、誰が不動産を取得して物納するかを事前に決めておき、必要に応じて遺言書の作成も検討すべきです。
底地物納の特殊事情
意外に知られていないのが、底地を物納すると借地人は国と賃貸借契約を結ぶことになる点です。物納後は借地人は国に対して地代を支払うことになるため、それまでの地代が標準より少ない場合は地代の見直しが必要になることがあります。一方で国との間では更新料が発生しないため、借地人にとって悪い話ばかりではありません。
専門家チームの重要性
物納の成功には、相続税に詳しい税理士だけでなく、測量士、土地家屋調査士、不動産鑑定士などの専門家チームが必要です。特に物納実績のある専門家を選ぶことが成功の鍵となります。
物納適格診断の活用
相続発生前に物納財産の適格診断を受けることで、物納の可能性や必要な整備内容を事前に把握できます。これにより、無駄な準備を避けて効率的に物納準備を進めることができます。
キャッシュフロー試算の重要性
物納後の相続人のキャッシュフローも重要な検討要素です。物納により相続税は納付できても、その後の生活や事業継続に支障をきたしては意味がありません。
物納制度は相続税納付の最終手段として非常に有効ですが、成功のためには十分な準備と専門知識が必要です。相続発生前からの計画的な準備が、物納成功の最大のコツといえるでしょう。
国税庁の物納制度について詳細な情報
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4214.htm