STTR(源泉地国課税権)とBEPS第2の柱の仕組みと影響

STTR(源泉地国課税権)とBEPS第2の柱の仕組みと影響

STTR(源泉地国課税権)とBEPS第2の柱の仕組みと日本企業への影響

租税条約を結んでいる相手国の利子・使用料が「ほぼ非課税」でも、あなたの会社に源泉税の追加コストが発生する。


この記事の3つのポイント
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STTRとは何か

STTR(源泉地国課税権)は、BEPS第2の柱の一部として、途上国が関連者間支払いに対し最低9%まで源泉課税できる国際ルール。租税条約の特典を否認する「特典否認ルール」として機能する。

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GloBEルール(IIR/UTPR)との違い

IIR・UTPRが国内法による措置であるのに対し、STTRは二国間租税条約に組み込まれる条約上の措置。対象は発展途上国に限定され、最低税率も「9%」とGloBEの15%とは異なる。

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日本企業が注意すべきポイント

インドネシア・トルコなど29の締約候補国との条約に影響が及ぶ可能性がある。利子・使用料など7種の関連者間支払いが対象となり、受取国の名目税率が9%未満なら源泉地国で追加課税される。


STTR(源泉地国課税権)とは何か:Subject to Tax Ruleの基本

STTRは「Subject to Tax Rule」の略称で、日本語では「租税条約の特典否認ルール」または「源泉地国課税権」と呼ばれています。一言で表現するなら、「受け取る側の国がほとんど課税しないなら、支払う側の国(源泉地国)が代わりに課税できる権利を認めるルール」です。


具体的には、グループ内の関連者間で行われる利子・使用料などの支払いが対象です。受領者の居住地国が名目税率9%未満でしか課税しない場合、支払者の所在地国(途上国である源泉地国)は、租税条約が本来認めている源泉税の減免・免除という「条約特典」を否認して、9%に達するまで源泉税を徴収できる仕組みです。


重要なのは、この「9%」という数字です。GloBEルール(所得合算ルールIIRや軽課税所得ルールUTPR)が用いる最低実効税率15%とは別の基準であり、STTRが独自に設定している「名目税率」の最低ラインとなっています。つまり実際の計算上の実効税率ではなく、法定の名目税率が9%未満かどうかで判断されます。これは意外に見落とされがちなポイントです。


STTRはBEPS(税源浸食と利益移転)の第2の柱(Pillar Two)の中に位置づけられています。第2の柱はGloBEルール(IIR・UTPR)とSTTRの2本立てで構成されています。ただし、GloBEルールが各国の国内法によって実施されるのと異なり、STTRは「二国間の租税条約」を通じて実施される条約上の措置です。つまり、国内法ではなく、国と国との間で締結する条約に規定を盛り込む形で機能します。


また、STTRの対象は全世界の国ではありません。世界銀行の「Atlas Method」を用いた一人当たりGNIが一定基準(2019年時点でUSD12,535以下)を満たす開発途上国だけが、源泉地国として課税権を行使できる立場にあります。先進国は原則として適用できない点が、GloBEルールとの大きな違いの一つです。


つまりSTTRが核心的です。


参考:BEPS第2の柱STTRを実施するための多国間協定(STTR MLI)の解説(PwC税理士法人)

https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/news/tax-beps/assets/pdf/beps-20231030-jp-2.pdf


STTR(源泉地国課税権)の対象となる7種類の支払いと課税の仕組み

STTRが対象とする「特定の支払い」は、次の7種類に限定されています。


  • ① 利子(interest)
  • ② 使用料(royalties)
  • ③ 製品・サービスの販売権に対する支払い
  • ④ 保険・再保険料
  • ⑤ 融資保証料・その他融資手数料
  • ⑥ 産業・商業・学術用機器のレンタル料
  • ⑦ サービス提供に対する支払い


ただし、個人による支払い、法人から個人への支払い、関連者でない者への支払いは対象から除かれます。つまり、あくまで「グループ内の関連者間取引」が前提です。グループ外の取引は対象外なら問題ありません。


課税の仕組みは「差分課税」です。たとえば、ある開発途上国(源泉地国)が日本企業の子会社に利子を支払い、日本企業(受取国)の名目税率が5%だった場合、9%との差分4%分について源泉地国が追加で課税できます。租税条約上は源泉税を免税・減税とする特典があっても、STTRの規定が上書きして否認されます。


ここで重要な数字を整理しておきましょう。


比較項目 GloBEルール(IIR/UTPR) STTR
最低税率の基準 実効税率15% 名目税率9%
実施方法 各国の国内法 二国間租税条約
適用できる国 全BEPS包摂的枠組み加盟国 開発途上国のみ(源泉地国として)
対象取引 全所得(適用除外あり) 7種の関連者間支払いのみ
適用対象企業規模 年間7.5億ユーロ以上の多国籍企業グループ 規模制限なし(関連者間取引があれば対象)


このうち特に注目すべきは最後の行です。GloBEルールは年間総収入7.5億ユーロ(約1,240億円)以上という規模基準があります。一方、STTRには規模の閾値がありません。関連者間での対象支払いが存在すれば、企業規模に関わらず適用される可能性があります。これは多くの人が見落とす盲点です。


また、STTRはGloBEルールの下で「対象租税」として考慮されます。源泉地国がSTTRに基づいて課税した税額は、GloBEルールの実効税率計算に織り込まれるため、二重課税を防ぐ調整が設けられています。この連動の仕組みも理解しておく必要があります。


なお、STTRの適用には「重要性の閾値(significance threshold)」も設けられており、支払いの規模が一定以下の場合は適用が免除されます。細部は対象となる条約によって異なります。


参考:財務省「新BEPS研究会」資料(2024年6月21日)STTRの仕組みと全体像について

https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/beps_kenkyukai/240621shiryo.pdf


STTR多国間協定(STTR MLI)の署名状況と国際的な動向

STTRを実際の二国間租税条約に組み込むために、OECDは2023年10月に「STTR多国間協定(STTR MLI:Multilateral Convention to Facilitate the Implementation of the Pillar Two Subject to Tax Rule)」を公表し、署名受付を開始しました。


2024年9月19日、OECD/G20のBEPS包摂的枠組みはパリで署名式を開催しました。この第1回署名式に参加したのは9カ国・地域(バルバドス、ベリーズ、ベナン、カーボベルデ、コンゴ、インドネシア、ルーマニア、サンマリノ、トルコ)です。さらに10カ国・地域(ベルギー、ブルガリア、コスタリカ、モンゴルなど)が署名の意向を表明しています。


日本は「参加」はしましたが、この署名式で具体的な署名コミットメントは行っていません。日本を含む38カ国・地域は「参加」という形で関与し、今後の対応を検討する立場にあります。


一方、インドネシアの事例は特に注目されます。インドネシアはSTTR MLIに署名しており、ベルギー、香港、ルクセンブルク、マレーシア、オランダ、ポーランド、シンガポール、スイス、タイなど29カ国・地域との租税条約を対象としています。これらの国との間でSTTR MLIが発効すれば、インドネシアに子会社・支店を持つ日本企業や、インドネシアからの関連者間支払いを受け取る企業に影響が及ぶ可能性があります。


課題もあります。署名またはその意向を表明した国・地域は2024年時点で19に限られており、本来の目的である「発展途上国の税基盤保護」の達成には不透明な部分が残っています。また、PwCの分析によると、この規定は非常に複雑であることも普及の障壁となっています。


競合する動きとして、国連専門家委員会が独自の「国連STTR」を承認しており、OECD版とは異なる適用範囲を検討しています。国際租税協力に関する枠組み条約の交渉も国連で進んでおり、今後の動向次第ではSTTRの設計がさらに変わる可能性もあります。これは大きな注意点です。


STTR MLI自体は、2番目の批准書等の寄託から約3カ月後に発効し、対象となる二国間租税条約については、両締約国の批准発効日のうちいずれか遅い日から約6カ月後に開始する会計年度の初日に効力を持ちます。企業としては、取引相手国の締結状況を継続してモニタリングすることが重要です。


参考:PwC税理士法人「9カ国が第2の柱STTRの多国間協定に署名(OECD)」2024年9月


STTR(源泉地国課税権)とBEPS第2の柱全体における位置づけ:IIR・UTPRとの関係

グローバル・ミニマム課税(BEPS第2の柱)の全体像を理解しないと、STTRの意味は見えてきません。第2の柱は大きく2つのルール群で構成されています。


一つ目はGloBEルール(Global Anti-Base Erosion Rule)で、国内法による措置です。GloBEルールはさらに「所得合算ルール(IIR)」と「軽課税所得ルール(UTPR)」に分かれます。IIRは親会社の所在国が、子会社の実効税率が15%を下回る場合にトップアップ税を課す仕組みです。UTPRはIIRで補完しきれないケースを対象に、グループ内の別の国の事業体に追加課税する後ろ盾的なルールです。さらに「国内ミニマム課税(QDMTT)」により、各国が自国内でトップアップ税を自ら徴収することで、他国による課税権の行使を防ぐことができます。日本では2024年(令和6年)4月1日以降の対象会計年度からIIRが適用開始されており、2025年(令和7年)度税制改正でUTPRとQDMTTも追加されました。


二つ目がSTTRです。GloBEルールとSTTRは設計思想が根本的に異なります。GloBEルールは「実効税率(actual tax rate)」を基準に、15%のフロアを設けるものです。STTRは「名目税率(nominal tax rate)」が9%未満かどうかを基準にします。実効税率は各種控除・優遇措置の適用後の実際の税負担率であるのに対し、名目税率はいわば「表面上の法定税率」です。この違いは実務上の判断に大きく影響します。


また、STTRはGloBEルールに先行して適用される可能性があります。STTRに基づいて源泉地国が課税した税金は、GloBEルールの実効税率計算において「対象租税」として算入されます。つまり、STTRによって既に9%分の課税がなされていれば、それはGloBEルールの15%の計算にも反映されるため、二重取りにはなりません。これはSTTRとGloBEが互いに連動しているということです。


第2の柱全体としては、年間総収入7.5億ユーロ(約1,240億円)以上の多国籍企業グループが主たる対象です。2021年10月のOECD/G20合意時点で136カ国・地域が支持しており、現在は147カ国・地域がBEPS包摂的枠組みに参加しています。国際課税の大きな転換点だということです。


参考:グローバル・ミニマム課税の仕組みと日本への影響(BEPS2.0/Pillar2)小薮公認会計士事務所

https://koyano-cpa.gr.jp/nobiyo-kaikei/column/8157/


STTR(源泉地国課税権)の「見逃し注意」な独自視点:適用除外・設計上の限界と今後の課題

STTRについて深く調べると、一見シンプルそうなルールに意外な落とし穴が存在することが分かります。理解不足では損をする可能性があります。


まず、STTRの重要な「除外規定」です。STTRはグループ内の関連者間支払いを対象にしていますが、以下のケースは対象外となります。


  • 個人が支払者または受取者の場合
  • 関連者でない第三者への支払い
  • 重要性の閾値(significance threshold)を下回る少額の支払い


次に、STTRが途上国にのみ認められているという点は、ビジネス上の意思決定に直結します。たとえば、シンガポール(先進国)が親会社で、インドネシア(開発途上国)に子会社がある場合、インドネシアからシンガポールの親会社への利子支払いについて、インドネシアがSTTRを使って課税権を行使できます。しかし逆に、インドネシアからシンガポールへの支払いに対してシンガポールがSTTRを適用することはできません。先進国は源泉地国としてSTTRを使えないのが原則です。


さらに見落とされがちな点があります。STTRの対象支払いには「サービス提供に対する支払い」も含まれます。これはコンサルティング料や管理手数料など、グループ会社への広範なサービス料を含む可能性があり、単純に「ロイヤルティだけの話」と思っている企業は要注意です。


設計上の限界についても触れる必要があります。STTRが発展途上国の税基盤保護を目的としていますが、署名国が限られており(2024年時点で19カ国・地域)、国連の独自STTRとの競合もあって、本来の目的が達成されるかは不透明です。また、STTR MLIが発効するには両国が署名・批准しなければならないため、条約の片方の国だけが署名しても発効しません。両締約国が一致して対象租税条約に指定することが必要なのです。


こうしたリスクを踏まえると、多国籍企業グループでアジア・アフリカ・中南米の途上国との間でグループ内取引がある場合は、それらの国が「STTR MLIに署名しているか」「署名の意向を示しているか」を定期的にモニタリングすることが重要な実務対応となります。


具体的な確認先として、OECD公式サイトでSTTR MLIの署名・批准状況が随時更新されています。税務顧問と連携して、条約改正のスケジュールと自社のグループ内キャッシュフローの経路を照合するのが、現時点で最も現実的な対応策です。対応の出遅れは源泉税コストの想定外の増加につながります。


参考:OECD公式ページ「STTR MLIに関する最新の署名・批准状況」(英語)

https://www.oecd.org/en/topics/sub-issues/beps-pillar-two/sttr.html