

銀行口座がなくてもあなたの使うアプリが「銀行」になる時代が、すでに始まっています。
BaaS(Banking as a Service)とは、「バース」と読み、銀行が保有する預金・融資・決済・為替といった金融機能を、API(Application Programming Interface)を通じて外部の非金融企業に提供するビジネスモデルのことです。つまり銀行が「金融インフラそのもの」をサービスとして外部へ開放する仕組みであり、これを利用した企業は銀行免許を持たなくても、自社のアプリやプラットフォームに銀行機能を組み込めます。
従来、銀行サービスを提供するには銀行法に基づく免許取得と、莫大なシステム投資が不可欠でした。しかしBaaSの登場により、ECサイト・通信キャリア・小売企業などの非金融事業者が「自分たちのブランドのまま」決済や口座機能を顧客に届けることが可能になっています。これは重要なポイントです。
「BaaS=銀行が主役」ではなく、むしろ「非金融企業が主役」なのです。銀行はバックエンドで金融インフラを支え、顧客との直接接点は非金融企業が持つ、という役割分担が生まれています。BaaSという用語は近年さらに広まり、Banking as a Service(金融)とBlockchain as a Service(ブロックチェーン)の2つの意味で使われるケースもありますが、本記事では前者の「金融BaaS」を解説します。
APIとは、異なるソフトウェア同士が情報をやり取りする「接続口」のようなものです。銀行がAPIを公開することで、第三者のアプリから銀行の口座照会・送金・融資申請といった操作を安全に実行できるようになります。これが大前提の技術基盤です。
参考:BaaSの基本的な仕組みと活用事例について詳しく解説されています。
BaaS(Banking as a Service)- SMBC日興証券
BaaSが急速に注目を集めている背景には、大きく3つの構造的な変化があります。
まず、デジタル化の加速です。スマートフォンの普及率が8割を超える現在、消費者は銀行の窓口や ATMではなく、スマホアプリで金融サービスを完結させることを好みます。この変化に伴い、企業は顧客の「生活の動線」に金融機能を組み込む必要性に迫られています。
次に、FinTech(フィンテック)の急速な台頭です。テクノロジーを活用した新興金融サービス企業が世界中で生まれ、「より速く・安く・使いやすい」金融体験を提供し始めました。従来の銀行ではスピード感で対応しにくかった領域を、BaaSを活用したFinTech企業が次々と埋めています。
そして、エンベデッドファイナンス(組込型金融)の普及です。これはBaaSによって提供された金融機能を、非金融企業が自社サービスに「溶け込ませる」形で提供する概念で、BaaSの「インフラ側」に対しエンベデッドファイナンスは「サービス側」を指します。
| 用語 | 定義 | 例 |
|------|------|------|
| BaaS | 銀行が金融機能をAPIで提供する仕組み | 住信SBIのNEOBANK |
| エンベデッドファイナンス | 非金融企業が金融機能を自サービスに組込む | JAL NEOBANK |
| オープンバンキング | 銀行が口座データをAPIで第三者に開放する仕組み | 家計管理アプリとの連携 |
市場規模でいえば、世界のBaaS市場は2025年時点で226億8,000万米ドルと評価されており、2034年までに1,080億3,000万米ドルへ成長すると予測されています(年平均成長率 約19.2%)。これは東証一部上場企業数社分の時価総額に相当するほどの急成長ぶりです。
BaaSが注目される理由はシンプルです。つまり「金融サービスをどこでも・誰でも・すぐに使えるようにする」という時代の要請に応えているからです。
参考:BaaS市場規模の世界データおよび予測データが確認できます。
バンキング・アズ・ア・サービス市場規模・シェア - Fortune Business Insights
BaaSは関わる三者すべてにメリットをもたらします。これが大前提です。
銀行側のメリットから見ていきましょう。銀行にとって最大の恩恵は「顧客接点の拡大」と「新たな収益源の確保」です。従来、銀行の顧客接点は支店・ATM・インターネットバンキングに限られていました。しかしBaaSを活用すると、例えばヤマダデンキやJALという全く別業種の顧客基盤に、自社の銀行機能を間接的に届けられます。API利用料という新たな収益モデルも生まれます。
非金融企業(BaaS活用側)のメリットは、銀行免許取得なしに金融機能を自社サービスへ組み込める点です。銀行免許の取得には通常、数年単位の審査と膨大なシステム・人材投資が必要です。BaaSを使えばその壁を大幅に下げられます。いいことですね。ECサイトであれば独自の後払い決済や分割払い機能を追加でき、購買率の向上や顧客LTV(生涯顧客価値)の引き上げにつながります。
利用者(消費者)のメリットは、普段使いのアプリや店舗でシームレスに金融サービスを使えることです。わざわざ銀行のアプリを別途インストールする必要がなくなり、ショッピングアプリの中で口座開設・送金・ローン申込が完結するような体験が実現します。
📌 BaaSの三者メリット 一覧
- 🏦 銀行:API利用料収入・新規顧客獲得・既存顧客の利用促進
- 🏢 非金融企業:銀行免許なしで金融機能を実装・顧客体験向上・LTV向上
- 👤 利用者:日常アプリ内で金融サービス完結・利便性大幅向上
特に見落とされがちなのが「銀行の与信精度向上」という側面です。銀行は非金融企業が持つ購買履歴・行動データを組み合わせることで、従来の財務諸表だけでは見えなかった顧客の信用力を多角的に評価できるようになります。これにより融資審査の精度が上がり、今まで融資を受けにくかった個人や中小企業へのアプローチが広がる可能性があります。
参考:銀行・企業・利用者それぞれの立場からBaaSのメリットを解説しています。
BaaSとは?銀行API連携の仕組みとビジネス活用の具体例 - Bill One
実際のBaaS活用事例を見ていくと、その広がりは想像以上です。国内外を代表するケースを具体的に整理しましょう。
【国内事例①】住信SBIネット銀行「NEOBANK」
住信SBIネット銀行が2016年にAPIを外部公開して以来、日本のBaaS市場を牽引してきたのが「NEOBANK」プラットフォームです。提携パートナーにはJAL(JAL NEOBANK)・ヤマダデンキ(ヤマダNEOBANK)・高島屋(タカシマヤ NEOBANK)などが名を連ねており、各社ブランド名のまま銀行口座・送金・貯蓄機能を提供しています。利用者からは「JALのアプリを使っているだけなのに銀行口座が持てる」という体験を受けることになります。
【国内事例②】みんなの銀行「みんなのBaaS」
2021年にふくおかフィナンシャルグループが設立したデジタルバンク「みんなの銀行」は、国内銀行として初めて世界トップレベルのAPIセキュリティ規格「FAPI」に準拠したシステムを構築し、BaaS事業を展開しています。イラスト投稿サービスの「pixiv」との連携が代表事例で、クリエイターが普段使うpixivのアプリ内で銀行口座の開設・残高確認・送金ができる体験を提供しています。2025年12月時点でBaaSパートナー企業は30社を突破しています。
【海外事例①】Apple Card(米国)
Appleが投資銀行Goldman Sachsとのシームレスなバックエンド連携によって提供する「Apple Card」は、BaaSの代表格として世界的に知られています。ユーザーはiPhoneのWalletアプリから申込・利用・キャッシュバック確認・送金まですべて完結できます。「銀行に行く」という概念がない設計です。
【海外事例②】Uber Debit Card(米国)
配車サービスUberは、BaaSプロバイダーのGreen Dotと提携して「The Uber Debit Card」を提供しています。ドライバー向けのデビットカードで、稼いだ収入を即日受け取れるほか、ガソリン代の割引も受けられます。
| 事例 | 提供銀行/BaaSプロバイダー | 組み込み企業 | 主な機能 |
|------|------|------|------|
| JAL NEOBANK | 住信SBIネット銀行 | JAL | 口座・送金・ポイント連携 |
| みんなのBaaS × pixiv | みんなの銀行 | pixiv | 口座開設・残高照会 |
| Apple Card | Goldman Sachs | Apple | クレジットカード・送金 |
| Uber Debit Card | Green Dot | Uber | デビットカード・即日入金 |
これが重要なポイントです。どの事例も、利用者は「銀行を使っている」という感覚をほとんど持ちません。日常のサービスの一部として金融機能が溶け込んでいます。
参考:国内外のBaaS活用事例と各社の取り組みを確認できます。
銀行を変えるBaaSとは?仕組みやメリット、事例や今後の動向 - NTTデータ オクトノット
BaaSにはメリットが多い一方、無視できない課題やリスクも存在します。金融に関心があるなら、ここを知っておくことが大切です。
①セキュリティリスク
BaaSでは、銀行が保有する顧客の口座情報・取引履歴・個人情報を、外部の非金融企業が扱うことになります。情報漏洩や不正アクセスが発生した場合、被害は金銭的損失にとどまらず、企業の信用が一瞬で失墜するリスクを含みます。BaaSを活用する非金融企業は、自社のセキュリティ体制も銀行水準に近づける努力が必要です。痛いですね。
具体的なリスクとして挙げられるのは、サイバー攻撃・不正アクセス・フィッシング詐欺・APIの脆弱性突破などです。BaaSプロバイダーの選定時には、暗号化・多要素認証・アクセス制御・SLA(サービス品質保証)の水準を必ず確認することが条件です。
②API規格の未統一問題
日本国内では、金融機関ごとにAPIの仕様が異なるケースが多く、統一規格が存在しません。複数の銀行APIを組み合わせてシステムを構築しようとすると、それぞれの仕様に合わせた個別開発が必要になり、開発コストと期間が増大します。みんなの銀行が国内初のFAPI準拠APIを構築した背景には、この課題を解決する狙いもあります。
③コンプライアンス・法規制リスク
銀行法・資金決済法・個人情報保護法など、金融サービスに関わる法規制は複雑で頻繁に改正されます。非金融企業がBaaSで金融機能を導入する場合、自社が「資金移動業者」に該当するか、あるいは特定の届出・登録が必要かといったコンプライアンス確認が欠かせません。
④専門人材の不足
BaaSを導入・運用するには、金融知識・API技術・クラウドインフラの三領域にまたがる専門知識が必要です。特に非金融企業にとって、これらを兼ね備えた人材の確保は大きなハードルになります。社内リスキリングや外部専門家の活用が現実的な対策になります。
📋 BaaSのリスクと対策まとめ
- 🔐 セキュリティ:暗号化・多要素認証・FAPI準拠のプロバイダー選定
- 📑 法規制:資金決済法・銀行法の適用範囲を事前確認
- 🔧 API規格:標準化動向を注視し、対応コストを見積もる
- 👨💻 人材:FinTech人材の採用またはBaaSプロバイダーの支援活用
参考:非金融業が金融サービス参入時に確認すべき法規制とセキュリティ基準の解説です。
非金融業が金融系サービスを始める際に踏まえるべきポイント - NRIセキュア
BaaSは「企業のビジネスモデル変革」に留まらず、長期的には銀行という業態そのものを再定義する可能性を持っています。この視点は、金融に関心を持つ人が特に押さえておきたい点です。
銀行の「脱中抜き」という構造変化
従来の金融体系では、「銀行」が顧客と直接向き合い、ブランド・信頼・店舗を武器に金融サービスを販売してきました。しかしBaaSが普及すると、銀行はあくまで「バックエンドのインフラ提供者」となり、顧客接点はECサイトや配車アプリに移行します。これは銀行にとってブランド露出の機会が減るという側面も持ちます。
収益構造の分散と多様化
一方で、BaaSは銀行にとって新たな「B2B型の収益モデル」を生み出します。API利用料・従量課金・連携手数料という形で、銀行は非金融企業から安定的な収益を得られます。従来の「個人・法人への融資利息」に依存した収益構造から脱却し、プラットフォームビジネス的な収益多様化が進む点は、投資家視点でも注目すべき変化です。
「スーパーアプリ化」競争とBaaS
LINEヤフー・楽天・NTTドコモといった大手プラットフォーマーも、BaaSを通じて金融機能を自社エコシステムに取り込もうとしています。例えばNTTドコモは2022年に三菱UFJ銀行のAPIを活用した「dスマートバンク」を提供開始しており、携帯電話料金・ECポイント・銀行口座が一元管理できる体験を実現しています。これは使えそうです。
2030年に向けた市場展望
調査会社の予測では、BaaS市場は2030年に2兆1,983億ドル規模に達するという見方もあります。日本においても、2025年以降の新NISAの浸透・デジタル円の研究進展・金融庁のオープンAPI推進施策などが追い風となり、BaaS導入企業数は今後さらに増加する見込みです。
BaaSが広がるほど、私たちが「銀行に行く」機会は減り、逆に「気づかないうちに銀行機能を使っている」場面が増えます。これが金融の未来の姿です。
投資家として注目するなら、BaaSプロバイダーとして収益を拡大している住信SBIネット銀行のような「プラットフォーム型銀行」の動向や、API連携を積極的に進めるFinTech関連株の成長性を定期的にウォッチすることをおすすめします。
参考:BaaSが変える銀行のビジネスモデルと収益構造を深掘りしています。
BaaSが変える銀行の未来とは(攻めのBaaS編)- RISE CG