
トークン化債券市場は急速な成長を見せており、海外では既に6000億円規模に達している。この数字は従来の債券市場に対する新たなアプローチとして、機関投資家だけでなく個人投資家からも注目を集めていることを示している。
特に注目すべきは、香港金融管理局(HKMA)が実施した1億ドル規模のグリーンボンドトークン化プロジェクトである。このプロジェクトは、トークン化が債券市場の効率性、流動性、透明性を高める可能性を実証した画期的な事例となった。
日本国内でも、2022年6月に日本証券取引所グループ(JPX)が国内初のデジタル環境債を発行。さらに、三菱UFJ信託銀行とNTTデータが共同で1万円単位での社債売買を可能にするデジタル債インフラを整備するなど、市場基盤の構築が着実に進んでいる。
従来の債券市場は「プロの市場」として機関投資家に限定されていたが、トークン化により劇的な変化が起きている。最低投資単位が1億円という高い壁が、デジタル技術により1万円単位まで引き下げられ、個人投資家の参入障壁が大幅に低下している。
ブロックチェーン技術の最大のメリットは、24時間365日の取引環境を実現することである。国境を超えたグローバル規模での投資が可能となり、従来の取引時間の制約から解放される。
情報の非対称性解消も重要な要素である。社債に関するすべての情報がブロックチェーンに記録され、発行体、信託銀行、証券会社、投資家が同時にアクセス可能となる。これにより流通情報の透明性が向上し、適正な価格発見機能が働くようになる。
スマートコントラクト技術の導入により、債券管理の自動化が実現している。利払いの自動分配、満期償還プロセスの効率化、議決権行使のデジタル化など、従来手作業で行われていた複雑な業務が自動化される。
管理コストの大幅削減も見逃せない効果である。人的リソースに依存していた作業が自動化されることで、運用効率が飛躍的に向上し、その結果として投資家により低コストでサービスを提供できるようになる。
EIP7092という新たな技術標準も注目に値する。これは従来のERC3475の複雑さを解決し、よりシンプルで実装しやすい債券トークン化標準を提供する。プライマリー市場での新規発行からセカンダリー市場での流通、クロスチェーン機能まで包括的にサポートしている。
一方で、トークン化債券には新たなリスクも存在する。オンチェーン上での即時償還・換金が可能なため、裏付け資産の価値や発行体の財務健全性に疑念が生じた場合、取付け騒ぎが発生する恐れがある。
システミックリスクの抑制には、裏付け資産となるRWA(Real World Assets)に対する信用評価と発行体の財務健全性の継続的な監視が不可欠である。過去にはMMF(マネー・マーケット・ファンド)の元本割れ事例もあり、同様のリスクが債券市場にも潜在している。
プラットフォーム乱立リスクも深刻な課題である。複数企業がブロックチェーンプラットフォーム構築に参入しているが、互換性が確保されなければ小規模市場が分散し、流動性改善という本来のメリットが損なわれる可能性がある。
税制問題も未解決の重要課題である。現行法上、従来の振替債にのみ適用される税制優遇がデジタル債には適用されず、機関投資家の参入阻害要因となっている。
トークン化債券の普及は、FX取引市場にも間接的ながら重要な影響を与える可能性がある。債券のトークン化により、従来は機関投資家中心だった国際債券市場に個人投資家が参入しやすくなり、通貨ヘッジニーズが拡大すると予想される。
特に注目すべきは、異なる通貨建てのトークン化債券間での裁定取引機会の創出である。24時間365日取引可能な環境において、通貨ペア間の微細な価格差を活用した高速取引戦略が発達する可能性が高い。
クロスチェーン機能の発達により、複数の国や地域の債券市場が相互接続されることで、為替リスクヘッジ商品の需要が急増することが予想される。個人投資家でも海外債券投資が容易になれば、通貨分散投資の普及により為替取引量の底上げが期待できる。
さらに、ESG債券のリアルタイム情報開示により、環境や社会的要因が為替相場に与える影響も可視化されやすくなり、新たなファンダメンタル分析の要素として注目される。
参考:KPMGによる現実資産トークン化分析(RWAビジネスモデル変化について詳細な解説)
https://kpmg.com/jp/ja/home/insights/2025/01/web3-blockchain-09.html
参考:金融庁のセキュリティトークン現状報告書(規制動向と今後の展望)
https://www.fsa.go.jp/singi/digital/siryou/20230606/2jstoa.pdf
参考:日本総研による金融資産トークン化効果分析(期待される具体的メリット)
https://www.jri.co.jp/file/report/researchfocus/pdf/15611.pdf