
担保の再利用規制は、金融危機の教訓を踏まえて導入された重要な金融規制である。金融安定理事会(FSB)によると、「顧客資産の再利用は、とりわけ顧客が再利用される範囲や相手方倒産時における取り扱われ方が不確実であると、金融不安定化のリスクを生じうる」と指摘されている。
この規制の根本的な目的は、以下の3つの観点から顧客資産を保護することにある。
担保として差し入れた有価証券が再利用される場合、当該有価証券の帰属は顧客から金融機関へ移転し、顧客は同種同量の有価証券の契約上の返還請求権を有するにすぎなくなるリスクを防ぐ
金融危機前は平均3回、2012年末時点でも平均2.2回受け渡されていた担保の過度な再利用による金融システム不安定化を防止する
金融機関が倒産した際の顧客資産の回収可能性を確保し、顧客の信用リスク負担を軽減する
非清算店頭デリバティブ取引における証拠金規制では、当初証拠金の再利用制限がグローバルに導入されており、これは各国当局の協調した取り組みとして実施されている。
わが国の証拠金規制では、金融商品取引業者等に対して以下の厳格な制限が課されている。
基本的制限事項 🚫
分別管理要件 📂
金融商品取引業者等は、「信託の設定又はこれに類する方法」による当初証拠金の管理が義務付けられている。具体的なスキームとしては:
当初証拠金の預託等を受けた金融商品取引業者等を委託者とし、顧客を受益者とする信託を設定
「一括清算事由又はこれに類する事由」が生じた場合に、信託財産である当初証拠金が顧客へ確実に返還される仕組みを確保
信託の機能により、委託者(金融機関)の倒産から顧客資産を隔離し、顧客の優先権を確保
例外規定と条件 ⭐
金銭をもって充てられている当初証拠金については、信託の設定に付随して、安全な方法により行われる場合に限り、利用・処分が認められている。ただし、有価証券については現在のところ利用・処分は認められていない。
変動証拠金については、当初証拠金とは異なり、制限なく再担保が許容されている点も重要な区別である。
わが国独特の制度設計として、信託スキームによる分別管理が重要な役割を果たしている。これは他国の規制と比較して特徴的な制度設計である。
信託スキーム導入の法的背景 ⚖️
わが国で信託スキームが採用された理由は、単純に「再利用をしてはならない」という義務を課すだけでは、一括清算法の適用を前提とした場合に規制の趣旨・目的を達成できないためである。
具体的には。
分別管理の具体的要件 📋
分別管理において重要な要件は以下の通り。
顧客資産と金融機関の自己資産の明確な分離管理
当初証拠金は両当事者から見て第三者であるカストディアンで分別管理される必要がある
適切な担保管理(担保の再利用に係るものを含む)に係る体制整備、担保の計算及び徴求、担保に係る係争の管理並びに個別の担保額の記録
信託による顧客保護の仕組み 🛡️
信託スキームのもとでは、信託財産の価値が全体として保たれている限りにおいて、信託財産に対する優先権という形で顧客資産が保護される。これにより、金融機関の倒産リスクから顧客資産を隔離することが可能となる。
担保の再利用規制は顧客保護の観点では重要だが、一方で金融市場の流動性に対する影響について懸念が指摘されている。
市場流動性への懸念 💧
担保の再利用を過度に禁止すると、担保として利用できる優良資産の市場流動性が不足しかねないという懸念が一部で示されている。具体的な影響として:
有価証券の市場流動性低下により、金融機関の資金調達コストが上昇する可能性
シャドーバンキング領域で重要な役割を果たしてきた担保の再利用制限により、国際的な資金調達環境に影響が及ぶ可能性
適格と認められる担保資産の範囲や掛け目が、デリバティブ取引のコストに大きな影響を与える
規制の必要最小限原則 ⚖️
こうした市場への影響を考慮し、デリバティブ取引に関して担保の再利用が禁止されるべき範囲は、その目的に照らして、必要かつ合理的な範囲に限定されることが望ましいとされている。
将来的な制度改善の可能性 🔮
信託スキームのもとでは、当初証拠金として差し入れられた有価証券についても、国際的な合意との調和が確保される限りにおいて、将来的には安全な方法による利用・処分を認める余地があると指摘されている。ただし、これには以下の条件が必要。
担保の再利用規制は国際的な協調の下で実施されているが、各国の法制度の違いにより実装方法に特色がある。
国際的な規制合意の枠組み 🌐
BCBS(バーゼル銀行監督委員会)とIOSCO(証券監督者国際機構)による最終報告書では、当初証拠金は原則として再利用不可(変動証拠金は可能)とされているが、一定の条件下で1回のみ再利用が認められている。
条件は以下の通り厳格に設定されている。
日本の制度の特徴 🇯🇵
わが国の証拠金規制は国際的な合意と整合的でありながら、以下の独自の特徴を持つ。
「信託の設定又はこれに類する方法」による管理が特徴的で、これは一括清算法との整合性を確保するための日本独特の制度設計
市場への影響を考慮し、当初証拠金については段階的に導入される仕組みを採用
金銭の当初証拠金については例外的な利用・処分を認める一方、有価証券については厳格な制限を維持
他国との比較における課題 🔄
米国やEUの規制と比較すると、日本の信託スキームは顧客保護の観点では優れているが、市場流動性への配慮という点で今後の検討課題となっている。特に。
信託スキームの運用コストが金融機関の負担となり、最終的に顧客に転嫁される可能性
他国と比較して厳格な規制が、日本の金融機関の国際競争力に影響を与える可能性
将来的な金融技術の発展や市場環境の変化に対応できる制度設計の必要性
現在の規制は顧客資産保護を最優先とした設計となっているが、金融市場の健全な発展との両立を図るため、継続的な制度見直しが重要となっている。