
相続放棄において「取消し」と「撤回」は全く異なる概念です。撤回は、一度相続放棄の申述が受理された後に「やはりやめたい」という理由で取りやめることを指し、民法919条1項により明確に禁止されています。
一方、取消しは相続放棄の申述が受理された時点で既に何らかの問題があり、本来は受理されるべきではなかったケースで、受理された後になってその効果を消滅させることを意味します。
取消しの効果は受理時点に遡って認められるため、相続放棄の申述が初めから受理されなかったことになります。この違いを理解することは、相続手続きにおいて極めて重要です。
具体例として、以下のようなケースが挙げられます。
前者は認められませんが、後者は取消しが可能となります。
相続放棄の取消しが認められる主な条件は、民法919条2項に基づいて以下の通りです。
詐欺または脅迫による相続放棄
第三者の詐欺または脅迫により相続放棄している場合、取消しが可能です。例えば、財産を独り占めにしたい他の相続人に脅されて相続放棄をした場合や、虚偽の情報を信じ込まされて相続放棄をした場合が該当します。
成年被後見人による相続放棄
成年被後見人が相続放棄をした場合、後見人はその法律行為を取消すことができます。これは、成年被後見人に判断能力が不足していることを考慮した制度です。
保佐人の同意を得ていない場合
被保佐人が保佐人の同意を得ずに相続放棄をした場合も、取消しの対象となります。
ただし、取消しが認められるためには以下の条件も満たす必要があります。
相続放棄申述をした後や受理後に、単に気が変わったという理由では認められません。
相続放棄の取消しができる期間は厳格に定められており、以下のいずれかの期間を経過すると取消権は時効により消滅します。
追認できる時から6ヶ月以内
「追認できる時」とは、取消原因が消滅し、かつ取消しができると知った時を指します。例えば、詐欺による相続放棄の場合、詐欺に気付いてから6ヶ月以内に手続きを行う必要があります。
脅迫による場合は、脅迫状態が終了した時から6ヶ月以内となります。この期間を過ぎると、相続放棄を認めたと判断される可能性があります。
相続放棄から10年以内
相続放棄が受理された日から10年が経過すると、詐欺に気付いていなくても取消権は消滅します。これは、相続放棄の取消しが長期間可能になると、他の相続人や債権者に与える影響が大きいためです。
期間計算の注意点として、以下が挙げられます。
相続放棄の取消しを行うには、家庭裁判所への申述が必要です。手続きの流れは以下の通りです。
申述先の確認
被相続人の最後の居住地を管轄する家庭裁判所へ申立てを行います。これは、相続放棄の申述を行った家庭裁判所と同じです。
必要書類の準備
以下の書類を準備する必要があります。
手続きの流れ
費用について
申述には以下の費用がかかります。
取消しが認められない場合のリスクも考慮し、専門家への相談を検討することをおすすめします。
日本司法書士会連合会の相続手続きガイド
https://www.shiho-shoshi.or.jp/
相続放棄の取消しに関するトラブルを未然に防ぐためには、事前の対策が重要です。以下の点に注意することで、不適切な相続放棄を避けることができます。
情報収集の徹底
相続放棄を検討する際は、以下の情報を必ず確認しましょう。
第三者の圧力への対処法
他の相続人から相続放棄を迫られた場合の対処法。
債権者からの取消し請求について
重要な点として、債権者は相続放棄を詐害行為取消権で取り消すことはできません。最高裁判所の判例により、相続放棄するかどうかは相続人が決めることであり、債権者が相続を強制することはできないとされています。
相続放棄後の生活設計
相続放棄をした場合の影響を事前に検討することも重要です。
専門家活用のメリット
以下の場合は、必ず専門家に相談することをおすすめします。
適切な判断により、相続放棄の取消しが必要になる事態を避けることが、最も重要な対策と言えるでしょう。