
相続放棄をしても未支給年金を受け取ることができる理由は、未支給年金が相続財産ではなく遺族固有の財産として法的に位置づけられているからです。
年金法では相続とは関係なく、独自の立場で未支給年金の受給者権を定めています。この考え方は最高裁判所の平成7年11月7日の判決でも明確に示されており、「相続とは別の立場から一定の遺族に対して未支給の年金給付の支給を認めたものであり、死亡した受給権者が有していた年金給付に係る請求権が相続の対象となるものでない」と判示されています。
未支給年金が発生する仕組みについて理解しておくことも重要です。公的年金は後払い制度となっており、偶数月(2月、4月、6月、8月、10月、12月)の15日に前月と前々月分が支給されます。例えば、9月20日に年金受給者が亡くなった場合、8月に支給される6・7月分の年金は受給できますが、8月分と9月分は10月に支給予定のため未支給年金となります。
この制度設計により、年金受給者がいつ亡くなっても必ず未支給年金が発生することになります。そのため、法律では遺族が自己の名前で請求する権利を認めており、これが相続財産とは別の固有の権利とされる根拠となっています。
未支給年金を受け取ることができるのは、故人と生計を同じくしていた3親等内の親族に限定されています。この「生計を同じくしていた」という条件は、単に親族関係があるだけでは不十分で、実際に経済的な関係があったことを証明する必要があります。
受取順位は以下のように法定されています。
この順位は相続順位とは異なる独自の順位であることに注意が必要です。また、同順位の者が複数いる場合は、その全員が共同で受給権を持つことになります。
生計同一の認定については、配偶者や子の場合と、それ以外の親族の場合で判断基準が異なります。配偶者や子の場合は比較的緩やかに認定されますが、その他の親族の場合は以下の要件が厳格に審査されます。
これらの条件を満たさない場合、親族であっても未支給年金を受け取ることはできません。
未支給年金の請求手続きは、国民年金の場合は年金事務所または年金相談センターで行います。厚生年金の場合も同様の窓口で手続きが可能です。
必要書類一覧:
生計同一を証明する書類としては、以下のようなものが有効です。
手続きの際に重要なのは、未支給年金の請求には5年の時効があることです。期限を過ぎると過去に発生した未支給年金を受給できなくなる可能性があるため、速やかな手続きが必要です。
相続放棄の手続きと並行して行う場合は、相続放棄の申述期間(相続を知った日から3ヶ月以内)にも注意が必要です。ただし、未支給年金は相続財産ではないため、受け取った後でも相続放棄は可能です。
未支給年金を受け取る際の重要な注意点として、税務上の取り扱いがあります。未支給年金は相続財産ではないため相続税の対象外となりますが、受け取った遺族にとっては一時所得として所得税の課税対象となります。
一時所得の計算方法は以下の通りです。
(未支給年金額 - 50万円)× 1/2 = 課税対象額
つまり、未支給年金が50万円以下の場合は課税されませんが、50万円を超える場合は超過分の半額が課税対象となります。この点を理解せずに確定申告を忘れると、後に税務署から指摘を受ける可能性があります。
また、故人の口座に未支給年金が振り込まれている場合の取り扱いにも注意が必要です。未支給年金は受取人の固有財産とみなされるため理論上は受け取れますが、既に金融機関に死亡の届け出をした場合は口座が凍結され、実際には引き出しが困難になることが多いのが現実です。
相続人全員が相続放棄をした場合の特殊なケースも存在します。この場合、相続財産清算人から引き渡してもらう必要があり、手続きがより複雑になります。相続財産清算人の選任申立てから始まり、清算人を通じて未支給年金の引き渡しを受ける必要があります。
さらに、未支給年金の受給権があることを証明するための「生計同一証明書」の取得に時間がかかる場合があります。特に遠方に住んでいた親族の場合、生計同一の立証が困難になることもあるため、事前に必要書類を整理しておくことが重要です。
相続放棄と未支給年金について、多くの人が抱く誤解や見落としがちな重要なポイントがあります。
最も多い誤解は「相続放棄をすると年金関係のお金はすべて受け取れなくなる」というものです。実際には、未支給年金だけでなく遺族年金も相続放棄後に受け取ることが可能です。遺族年金も遺族固有の権利として認められており、相続財産ではありません。
また、「未支給年金を受け取ると相続放棄ができなくなる」という誤解も頻繁に見られます。民法921条1項では「相続財産の全部または一部を処分したとき、相続を承認したとみなす」と規定されていますが、未支給年金は相続財産ではないため、受け取っても相続放棄に影響しません。
意外と知られていない事実として、未支給年金の請求は複数回に分けて行うことができる点があります。例えば、死亡届提出時に一部の未支給年金を請求し、後から追加で発見された未支給分について別途請求することも可能です(ただし5年の時効内)。
さらに、国民年金以外の年金制度(厚生年金、共済年金等)についても同様の取り扱いとなることも重要なポイントです。制度によって手続き窓口や必要書類が若干異なる場合がありますが、基本的な考え方は同じです。
専門家でも見落としがちな点として、未支給年金の「支給停止事由」があります。受給権者が年金の支給停止処分を受けていた場合、その期間の未支給年金は請求できません。また、年金の過払いがあった場合は、未支給年金から過払い分が差し引かれることもあります。
これらの複雑な事情がある場合は、社会保険労務士や相続専門の司法書士・弁護士に相談することをお勧めします。特に相続放棄と併せて検討する場合は、両方の制度に詳しい専門家のアドバイスを受けることで、より適切な判断ができるでしょう。