
相続放棄管理義務とは、相続放棄をした人が一定の条件下で相続財産の管理を継続しなければならない制度です。相続放棄をすれば全ての責任から解放されると思われがちですが、実際には完全に免責されるわけではありません。
この制度が存在する理由は、相続放棄によって財産が放置されることで第三者に被害が及ぶことを防ぐためです。例えば、相続財産である建物が管理されずに倒壊し、近隣住民に損害を与えるリスクがあります。そのため民法940条では、一定の要件を満たす場合に相続放棄者に対して財産の保存義務を課しています。
注意すべき点は、この義務は相続放棄の申述が裁判所に認められただけでは免除されないことです。次の相続人が管理を始めるか、相続財産清算人に引き渡すまで責任が継続します。
管理義務の具体的な内容は、**「自己の財産におけるのと同一の注意をもって財産を保存する」**ことです。これは善管注意義務よりも軽い責任で、自分の財産を管理する程度の注意をすれば足りるという意味です。つまり、業務として管理を任された場合ほど厳格な管理は求められていません。
令和5年4月1日に施行された民法改正により、相続放棄管理義務に関する規定が大幅に見直されました。この改正は、従来の制度の問題点を解決するために行われました。
改正前の主な問題点は以下の通りでした。
改正後の新しい制度では、これらの問題が解決されています。最も重要な変更点は、管理義務が発生する条件が「相続放棄の時点において、相続財産に該当する財産を現に占有している場合」に限定されたことです。
また、従来の「管理義務」という呼称から**「保存義務」へ変更**されました。これは、相続放棄をした者は財産の処分や積極的な管理をする義務を負わないことを明確にするためです。実質的な意味合いは大きく変わりませんが、より適切な表現になっています。
さらに、相続人が誰もいない場合に選任される管理者の呼称も「相続財産管理人」から「相続財産清算人」へと変更されました。これらの改正により、相続放棄をする人の負担が軽減されるケースが多くなっています。
令和5年の改正により、相続放棄管理義務が発生する条件が明確に限定されました。現在の法律では、「相続放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有している」場合のみ保存義務が発生します。
「現に占有している」の具体例。
一方で、以下のような場合は占有していないと考えられます。
直接占有と間接占有の両方が含まれる点も重要です。間接占有とは、他人を通じて物を支配している状態を指します。例えば、被相続人の自宅を第三者に貸していて家賃を受け取っていた場合なども、間接占有に該当する可能性があります。
複数の相続人が存在する場合、実際に財産を占有していた人のみが保存義務を負うことになります。これにより、相続財産の管理に全く関与していなかった相続人が、相続放棄後に突然管理責任を負わされる不合理な状況が回避されています。
相続放棄管理義務から解放されるには、相続財産を適切な相手に引き渡す必要があります。引き渡し先は主に以下の2つです。
他の相続人への引き渡しが最も一般的な方法です。例えば、第一順位の相続人が相続放棄した場合、第二順位の相続人に財産を引き渡せば保存義務は終了します。ただし、引き渡しを受ける相続人が管理を始めることが前提となるため、相手方との事前調整が重要です。
相続財産清算人への引き渡しは、他に相続人がいない場合や、全ての相続人が相続放棄した場合の解決方法です。家庭裁判所に相続財産清算人の選任申立てを行い、選任された清算人に財産を引き渡すことで保存義務から解放されます。
相続財産清算人の選任申立てには以下の費用がかかります。
予納金の負担が重いことが問題となることが多く、相続財産に十分な価値がない場合は費用対効果を慎重に検討する必要があります。
引き渡しが完了した時点で保存義務は終了し、それ以降は一切の責任を負いません。誰にも引き渡していない場合には、保存義務がなくなることはないため、適切な対処が不可欠です。
相続放棄管理義務を怠った場合のリスクは深刻で、法的責任だけでなく経済的損失も発生する可能性があります。特に不動産の管理を怠ることで生じるリスクは多岐にわたります。
主な責任とリスク。
実際に建物が倒壊して通行人に怪我を負わせた場合、数百万円から数千万円の損害賠償を求められるケースもあります。「相続放棄したから関係ない」という認識は完全に誤りで、占有者としての責任は残り続けます。
効果的な対策方法。
特に空き家の管理では、定期的な点検、防犯対策、近隣への配慮が重要です。完全な管理は求められませんが、「自己の財産と同程度の注意」は必要であり、明らかな危険を放置することは許されません。
保存義務違反のリスクを最小限に抑えるためには、相続放棄を検討している段階から専門家に相談し、包括的な対策を立てることが最も確実な方法です。