
相続放棄をしても、相続財産管理人が選任されるまでは管理義務が継続します。この義務は民法940条に明確に規定されており、相続放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって財産の管理を継続しなければなりません。
2023年4月から施行された改正民法では、管理義務の範囲がより明確化されました。改正後の民法940条第1項では「その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは」という条件が追加され、実際に財産を占有していた人のみに管理義務が課されることになりました。
つまり、以下のような状況では管理義務が発生します。
この管理義務を怠り、第三者に損害を与えた場合、元相続人が損害賠償責任を負う可能性があります。建物の倒壊による通行人への怪我や、適切な管理を怠ったことによる近隣への迷惑などが該当します。
相続財産管理人の選任には数十万円以上の予納金が必要とされており、これが選任しない大きな理由の一つとなっています。予納金の内訳は以下の通りです。
予納金の構成要素
予納金は相続財産から回収されることが前提ですが、相続財産が少ない場合や換価が困難な場合は返還されません。特に以下のようなケースでは、予納金の回収が困難になります。
さらに、手続きが完了するまでに長期間を要することも多く、その間の管理費用も継続的に発生します。このような経済的負担を考慮すると、財産価値が低い場合は選任しないという判断が合理的といえます。
相続財産管理人を選任しない場合、継続する管理義務に伴う具体的なリスクがあります。これらのリスクを理解した上で、選任の必要性を判断することが重要です。
損害賠償責任のリスク
管理義務違反の具体例
ただし、管理義務は「自己の財産におけるのと同一の注意」とされており、過度に厳格な管理は求められていません。一般的な注意義務の範囲内での管理で十分とされています。
また、以下のような対策により、リスクを軽減することが可能です。
相続財産管理人を選任しない判断をする際の具体的な基準について解説します。財産の価値と管理コストを比較検討することが重要です。
選任しない方が合理的なケース
財産評価の具体的な考え方
財産の種類 | 評価のポイント | 選任判断の目安 |
---|---|---|
現金・預金 | 額面通りの価値 | 50万円未満なら選任不要 |
居住用不動産 | 実勢価格から売却費用控除 | 売却困難なら選任不要 |
山林・農地 | 実際の取引価格 | ほぼゼロ評価で選任不要 |
事業用資産 | 清算価値ベース | 負債超過なら選任不要 |
債権者や利害関係人の存在確認も重要な判断要素です。以下のような関係者がいる場合は、選任の必要性が高まります。
これらの利害関係人が存在しない場合、誰も相続財産管理人の選任を申し立てない可能性が高く、結果的に選任されないまま時間が経過することが多くなります。
2023年4月に施行された改正民法は、相続放棄後の管理義務について画期的な変更をもたらしました。この改正により、管理義務の範囲が大幅に明確化され、実務上の取り扱いが変わっています。
改正前の問題点
改正前の民法940条では、相続放棄をした者は「相続人又は相続財産管理人が相続財産の管理を始めるまで」管理義務を負うとされていました。この規定により、以下のような不合理な状況が生じていました。
改正後の明確化
改正民法940条第1項では「その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは」という条件が明記されました。これにより管理義務の範囲が以下のように限定されました。
実務への具体的影響
この改正により、相続財産管理人を選任しない判断がより合理的になりました。
🏠 住居の場合
📊 事業用財産の場合
🌲 山林・農地の場合
この改正により、管理義務を負わない相続人にとっては、相続財産管理人を選任する必要性が大幅に減少しました。一方で、実際に財産を占有している相続人にとっては、管理義務からの解放手段として相続財産管理人の選任がより重要になっています。
選任しないメリットの拡大
改正民法の施行により、以下のメリットがより明確になりました。
この改正を踏まえると、自分が実際に財産を占有しているかどうかが、相続財産管理人選任の必要性を判断する最も重要な基準となります。占有していない場合は、積極的に選任する理由は少なくなり、費用対効果を考慮して選任しない選択がより合理的といえるでしょう。