
消極的損害とは、事故や不法行為がなければ本来得られたはずの利益が得られなくなったことによる損害のことを指します。これは「得べかりし利益」とも呼ばれ、将来的な収入や利益の喪失に関わる損害です。
一方、積極的損害は事故や不法行為によって実際に支出した費用や失った財産のことを指します。例えば、交通事故の場合、治療費や入院費、交通費などが積極的損害に該当します。
両者の最も大きな違いは、積極的損害が「すでに発生した実費」であるのに対し、消極的損害は「将来得られるはずだった利益」という点です。この違いから、消極的損害の算定は積極的損害よりも複雑になる傾向があります。
損害賠償額を適切に請求するためには、積極的損害と消極的損害の両方を正確に把握し、それぞれに応じた計算方法で算定することが重要です。特に消極的損害は将来の予測に基づくため、専門的な知識が必要となることが多いでしょう。
消極的損害には主に以下の3種類があります。それぞれの特徴と具体例を見ていきましょう。
これらの消極的損害は、事故や不法行為の態様によって異なりますが、いずれも被害者が本来得られるはずだった利益の喪失を補償するものです。特に後遺障害逸失利益や死亡逸失利益は高額になることが多く、損害賠償額全体に大きな影響を与えます。
消極的損害の損害賠償額を計算する際には、それぞれの損害の種類に応じた計算方法があります。ここでは主な計算方法を解説します。
1. 休業損害の計算方法
休業損害は基本的に以下の式で計算されます。
休業損害 = 1日あたりの収入 × 休業日数
2. 後遺障害逸失利益の計算方法
後遺障害逸失利益は以下の式で計算されます。
後遺障害逸失利益 = 基礎収入額 × 労働能力喪失率 × ライプニッツ係数
3. 死亡逸失利益の計算方法
死亡逸失利益は以下の式で計算されます。
死亡逸失利益 = 基礎収入額 × (1-生活費控除率) × ライプニッツ係数
これらの計算は複雑であり、特にライプニッツ係数の適用や基礎収入額の認定には専門的な知識が必要です。2020年4月の改正民法施行により法定利率が5%から3%に変更されたため、ライプニッツ係数も変更されています。適切な損害賠償額を請求するためには、最新の基準を確認することが重要です。
消極的損害の賠償請求を行う際には、以下の手順と注意点を押さえておくことが重要です。
請求の手順
注意点
改正民法(2020年4月施行)により、不法行為による損害賠償請求権の消滅時効は以下のようになりました。
被害者側にも過失がある場合、過失割合に応じて損害賠償額が減額されることがあります。
交通事故の場合、加害者の保険会社が示談交渉を行うことが多いですが、提示される金額が適正とは限りません。特に消極的損害の算定は複雑なため、専門家のアドバイスを受けることをおすすめします。
消極的損害の立証は積極的損害よりも難しいため、関連する証拠を早期に収集・保全することが重要です。
消極的損害の請求は、その性質上、将来の予測に基づく部分が大きいため、争いになりやすい傾向があります。適切な賠償を受けるためには、専門家のサポートを受けながら、根拠のある請求を行うことが重要です。
消極的損害は将来の収入に関わる問題であるため、金融的な観点からの対策も重要です。ここでは、消極的損害に備えるための保険活用や金融対策について解説します。
1. 適切な保険の選択と活用
特に自営業者や個人事業主は、会社員と異なり社会保障制度からの補償が限られるため、これらの保険を組み合わせて備えることが重要です。
2. 弁護士費用特約の活用
自動車保険や火災保険などに付帯できる「弁護士費用特約」は、事故やトラブルで被害を受けた際の弁護士費用をカバーします。消極的損害の請求は複雑で専門的な知識が必要なため、この特約があれば専門家に依頼しやすくなります。
3. 資産形成による自己防衛
4. 税制上の優遇措置の活用
消極的損害は予測不可能な事態から生じることが多いため、平時からの備えが重要です。特に金融リテラシーを高め、自身の収入構造やリスクを理解した上で、適切な保険選択と資産形成を行うことが、消極的損害に対する最良の対策となります。
また、実際に損害が発生した場合には、保険金の請求手続きを迅速に行い、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることで、適切な補償を受けられる可能性が高まります。
金融庁の保険商品に関する情報ページ - 保険商品の選び方や注意点について詳しく解説されています
消極的損害の賠償額は、個々のケースによって大きく異なります。ここでは、実際の判例から消極的損害の認定と賠償額の実例を紹介します。
1. 交通事故による後遺障害の事例
東京地裁平成28年判決では、30代男性会社員が交通事故により頸椎損傷の後遺障害(12級)を負った事案で、以下のような消極的損害が認定されました。
裁判所は、被害者の年齢や職種、後遺障害の内容を詳細に検討し、将来的な収入減少の可能性を認定しました。
2. 医療過誤による死亡事例
最高裁平成11年判決では、医療過誤により40代男性(年収800万円)が死亡した事案で、以下のような消極的損害が認定されました。
この事例では、被害者が一家の支柱であったことから生活費控除率を30%と低く設定し、遺族への経済的影響を考慮した判断がなされました。
3. 労災事故による後遺障害の事例
大阪高裁平成25年判決では、建設現場での事故により50代男性作業員が脊髄損傷(3級)の重度後遺障害を負った事案で、以下のような消極的損害が認定されました。
この事例では、被害者の年齢を考慮しつつも、重度の後遺障害により就労が完全に不可能になったことから、労働能力喪失率を100%と認定しました。
4. 専業主婦の交通事故事例
名古屋地裁平成27年判決では、交通事故により40代専業主婦が後遺障害(14級)を負った事案で、以下のような消極的損害が認定されました。
この事例は、収入がない専業主婦であっても、家事労働の価値を経済的に評価し、消極的損害として認定した点が特徴的です。
これらの判例から分かるように、消極的損害の賠償額は被害者の年齢、職業、収入、後遺障害の程度などによって大きく異なります。また、裁判所の判断も事案ごとに異なるため、過去の判例を参考にしつつも、個別の事情に応じた適切な請求を行うことが重要です。
裁判所の判例検索システム - 消極的損害に関する最新の判例を調べることができます
消極的損害と精神的損害(慰謝料)は、損害賠償請求において別個の項目として扱われますが、両者の関係について正しく理解することが重要です。
1. 消極的損害と慰謝料の違い
消極的損害が経済的・財産的損害であるのに対し、慰謝料は非財産