
リスクフリーレート(Risk Free Rate)とは、リスクが最小限の金融商品から得られる利回りを指します。厳密には「リスクがゼロの資産の利子率」を意味しますが、現実世界では完全に無リスクの金融商品は存在しないため、「リスクがほぼゼロ」または「リスクが最小」の金融商品の利回りをリスクフリーレートとして扱います。
投資家にとって、このリスクフリーレートは非常に重要な指標です。なぜなら、あらゆる投資判断の基準となる「物差し」だからです。例えば、ある金融商品のリスクが大きいにもかかわらず、期待できる利回り(リターン)がリスクフリーレートと同等かそれ以下であれば、わざわざリスクを取る意味がありません。
リスクフリーレートを基準にして計算される重要な概念に「リスクプレミアム」があります。これは期待できる利回りからリスクフリーレートを差し引いた値で、投資におけるリスクの対価を表します。
リスクプレミアム = 期待できる利回り - リスクフリーレート
例えば、ある投資の期待利回りが5%で、リスクフリーレートが2%の場合、リスクプレミアムは3%となります。一般的に、このリスクプレミアムが大きいほどハイリスク・ハイリターンの投資、小さいほどローリスク・ローリターンの投資と判断できます。
このように、リスクフリーレートは投資判断の基準点として機能し、様々な金融商品のリスクとリターンのバランスを評価する際の出発点となるのです。
日本においてリスクフリーレートの基準となるのは、主に日本国債の利回りです。特に10年物の国債利回りが一般的に採用されています。国債がリスクフリーレートとして選ばれる理由は、元本の保証や利子の支払いの責任を国が負っているため、他の債券や株式に比べてリスクが極めて小さいと考えられるからです。
日本国債の信用力は、世界的な格付け機関によって評価されています。例えば、ムーディーズによる2021年7月時点での日本国債の格付けは「A1」で、これは上から4番目の評価です。比較すると、アメリカ国債は最高評価の「Aaa」となっています。この差は、日本の財政状況や経済成長率の違いを反映しています。
日本国債の利回りは、日本銀行の金融政策に大きく影響されます。2016年1月から2023年3月まで続いたマイナス金利政策の影響で、日本の長期金利は世界的に見ても極めて低い水準で推移していました。しかし、2023年後半から2024年にかけて、日本銀行は金融緩和政策の修正を進め、2024年3月にはマイナス金利政策を解除、さらに7月には政策金利を0.25%に引き上げました。これは約16年ぶりの水準です。
この金融政策の転換により、日本国債の利回りも上昇傾向にあります。2024年2月時点での10年国債利回りは0.7%前後で推移しており、これが現在の日本におけるリスクフリーレートの目安となっています。
世界の金融市場において、米国10年債の利回りは「世界共通のリスクフリーレート」として広く認識されています。これは米国の経済規模や米ドルの基軸通貨としての地位、そして米国債の高い流動性と信用力に基づいています。
日本の投資家にとっても、米国債の利回りは重要な指標です。なぜなら、グローバル投資を行う際の基準点となるだけでなく、日本国債との利回り差(金利差)が円ドル為替レートに影響を与えるからです。一般的に、日米の金利差が拡大すると円安ドル高の圧力が強まる傾向があります。
米国10年債の利回りの推移を見ると、2020年のコロナショック時には一時0.3%台まで低下しましたが、その後はインフレ懸念や米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げにより上昇し、2022年には3%を超える水準まで上昇しました。2024年2月時点では4%前後で推移しています。
日本と米国のリスクフリーレートの差は、両国の経済状況や金融政策の違いを反映しています。日本は長期にわたるデフレと低成長に対応するため超緩和的な金融政策を続けてきた一方、米国はインフレ抑制のために積極的な利上げを実施してきました。この政策の違いが、日米の金利差として表れています。
投資家は、この日米の金利差を考慮しながら、為替リスクも含めた総合的な投資判断を行う必要があります。特に国際分散投資を行う際には、各国のリスクフリーレートの違いを理解することが重要です。
リスクフリーレートの変動は、不動産市場、特に商業用不動産の価格形成に大きな影響を与えます。不動産投資におけるキャップレート(Cap Rate、還元利回り)は、リスクフリーレートと密接に関連しています。
キャップレートは以下の式で表されます:
キャップレート = 純収益(NOI)÷ 不動産価格
理論的には、キャップレートはリスクフリーレートにリスクプレミアムを加え、純収益の成長率を差し引いたものと考えられます:
キャップレート = リスクフリーレート + リスクプレミアム - 純収益の成長率
この式から、リスクフリーレート(日本では長期金利)の上昇は、キャップレートの上昇要因となり、不動産価格の下落圧力になることがわかります。
日本では2024年に入り、日本銀行の金融政策正常化に伴って長期金利が上昇傾向にあります。この「金利のある世界」への移行は、不動産市場にも影響を与えつつあります。特に、低金利環境下で高値で取引されてきた都心の優良物件は、金利上昇に伴うキャップレートの上昇により、価格調整圧力を受ける可能性があります。
一方で、純収益の成長率が上昇すれば、それは不動産価格の上昇要因となります。例えば、オフィス賃料や商業施設の売上が増加すれば、それは純収益の増加につながり、キャップレート上昇の影響を一部相殺する可能性があります。
不動産投資家は、リスクフリーレートの動向を注視しながら、各物件の純収益成長の見通しも含めて投資判断を行う必要があります。特に、金利上昇局面では、収益性の高い物件や将来的な収益成長が期待できる物件の選別がより重要になってきます。
2021年12月末の日本円LIBOR(ロンドン銀行間取引金利)の公表停止を受けて、日本の金融市場では新たな金利指標への移行が進められています。その中で注目されているのが、「東京ターム物リスク・フリー・レート(Tokyo Term Risk Free Rate、略称:TORF)」です。
TORFは、日本銀行が公表する「無担保コールO/N(オーバーナイト)物レート」(通称:TONA)をベースにした金利指標です。TONAは日本のリスク・フリー・レートとして2016年12月に特定されました。TORFはこのTONAを基に、将来の一定期間(1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月)の金利を予測した指標です。
2021年4月26日からQUICKベンチマークス社によりTORFの確定値が公表されており、LIBORに代わる新たな金利指標として活用されています。「日本円金利指標に関する検討委員会」の市中協議結果では、TORFが代替金利指標として最大の支持を得ています。
さらに、2023年5月29日には、大阪取引所においてTONA3ヶ月金利先物が上場されました。これは、TONAを3ヶ月間日次累積複利で運用した結果のレートを対象とした差金決済型の先物取引です。この商品の導入により、短期から長期までの金利を対象とする取引をワンストップで提供できるようになりました。
これらの新たな金利指標や金融商品の登場は、日本の金融市場におけるリスクフリーレートの活用範囲を広げるとともに、より透明性の高い金利指標体系の構築に貢献しています。金融機関や投資家は、これらの新指標の特性を理解し、適切に活用することが求められています。
リスクフリーレートを理解することは、効果的な投資戦略を構築する上で非常に重要です。ここでは、日本の投資家がリスクフリーレートをどのように活用できるかについて、具体的な方法を紹介します。
リスクフリーレートは、ポートフォリオ全体のリスク・リターン特性を評価する際の基準点となります。例えば、日本国債の10年物利回りが0.7%の場合、それを上回るリターンを期待できる資産(株式、社債、不動産など)にどの程度資金を配分するかを検討する際の出発点になります。
シャープレシオは、リスク調整後のリターンを測る指標で、以下の式で計算されます:
シャープレシオ = (期待リターン - リスクフリーレート) ÷ 標準偏差
この指標を使って、異なる投資商品や運用戦略の効率性を比較することができます。シャープレシオが高いほど、リスク当たりのリターンが大きいことを意味します。
リスクフリーレート(長期金利)の将来動向を予測し、それに基づいてポートフォリオのデュレーション(金利感応度)を調整する戦略です。金利上昇が予想される場合はデュレーションを短く、金利低下が予想される場合はデュレーションを長くすることで、債券ポートフォリオのパフォーマンスを向上させることができます。
株式の理論価値を算出する際、将来キャッシュフローの割引率としてリスクフリーレートが使用されます。具体的には、配当割引モデル(DDM)や割引キャッシュフローモデル(DCF)において、割引率は以下のように計算されます:
割引率 = リスクフリーレート + 株式リスクプレミアム
リスクフリーレートの上昇は、理論上は株式の理論価値を押し下げる要因となります。
日本と海外(特に米国)のリスクフリーレートの差は、為替レートの変動要因となります。国際分散投資を行う際には、この金利差と為替リスクを考慮した上で、為替ヘッジの有無や程度を決定することが重要です。
日本の投資家は、定期的に日本国債や米国債の利回りをチェックし、金融政策の動向を注視することで、リスクフリーレートの変化を投資戦略に反映させることができます。特に、日本が長期間の金融緩和から正常化へと移行する現在の局面では、リスクフリーレートの変動が各資産クラスに与える影響を理解し、適切に対応することが投資成功の鍵となるでしょう。
日本の金融環境が「金利のある世界」へと変化する中、リスクフリーレートを軸とした投資戦略の重要性はますます高まっています。