

証券口座に登録した個人情報は、あなたが同意しなくても金融機関がAI学習に使えるようになります。
個人情報保護法には、「施行後3年ごとに制度を検討し、必要な措置を講じる」という条項があります(令和2年改正法 附則第10条)。2022年4月に全面施行された現行法は2025年4月で施行3年を迎えたため、2023年11月から個人情報保護委員会(PPC)による検討が本格的に動き出しました。
当初は2025年の通常国会への法案提出が想定されていました。しかし、生成AIへの対応方針や課徴金制度の設計が複雑化し、一度見送りになった経緯があります。そして2026年1月9日、PPCがついに「個人情報保護法 いわゆる3年ごと見直しの制度改正方針」を公表しました。法案は2026年の通常国会(1月23日〜6月21日)への提出が見込まれています。
これは単なる定期的なメンテナンスではありません。生成AIの急拡大、バイオメトリクス技術の普及、デジタル経済の成長という現実に法律を追いつかせる、実質的な大改正です。
今回示された改正の柱は4つです。「適正なデータ利活用の推進」「リスクに適切に対応した規律」「不適正利用等の防止」「規律遵守の実効性確保」という構成になっています。金融に関わる人には「緩和」と「強化」が同時に起きている点を、まずしっかり把握しておく必要があります。
個人情報保護委員会「個人情報保護法 いわゆる3年ごと見直し」公式ページ(最新の改正方針・スケジュール等の一次情報が確認できます)
改正方針には合計12の具体的な項目が盛り込まれています。これらは単独で動くものではなく、「緩和する部分」と「強化する部分」が組み合わさった構造です。
緩和方向の改正としては、AI開発を含む統計作成等を目的とした個人データ利用への同意不要化(①)、本人の意思に反しない場合の例外新設(②)、同意取得困難性要件の緩和(③)、漏えい等発生時の本人通知義務の一部緩和(⑥)が挙げられます。
強化方向の改正としては、子どもの個人情報への規律強化(⑦)、顔特徴データ等の規律新設(④)、委託先の義務強化(⑤)、特定個人への働きかけが可能な情報への規制強化(⑧)、オプトアウト提供先確認の義務化(⑨)、そして命令・罰則の強化および課徴金制度の導入(⑩〜⑫)が含まれます。
金融業界に最も直接的な影響があるのは、①のAI開発向け同意緩和と⑫の課徴金制度導入、そして④の顔特徴データ規律です。この3点が、証券会社・銀行・投資サービス事業者にとっての最重要チェックポイントです。
| 柱 | 主な改正項目 | 方向性 |
|---|---|---|
| データ利活用の推進 | AI開発・統計作成の同意不要化、例外要件の緩和 | 🟢 緩和 |
| リスク対応 | 子どもデータ保護強化、顔特徴データ規律新設、委託先義務強化 | 🔴 強化 |
| 不適正利用防止 | 連絡先情報等の不正利用・不正取得禁止、オプトアウト確認義務 | 🔴 強化 |
| 実効性確保 | 課徴金制度導入、命令要件緩和、罰則強化 | 🔴 強化 |
今回の改正で金融業界に最も大きなインパクトを与えるのが、課徴金制度の導入です。これまでは、個人情報保護委員会が勧告・命令を行い、命令に違反した場合に刑事罰を科すという段階的な仕組みでした。しかしこの仕組みでは迅速な対応が難しく、悪質な事業者の経済的利益を止める手段が乏しいという課題がありました。
改正後は、悪質な違反行為に対して、違反行為によって得た経済的利益に相当する額の課徴金が直接命じられる制度が整備されます。つまり、不正に個人情報を使って儲けた分を全額吐き出させる仕組みです。
課徴金の対象となる違反行為は、以下の5類型です。
課徴金が発動されるにはいくつかの条件があります。対象となる個人情報または個人データの本人数が1,000人を超えること、個人の権利利益を実際に害していること、そして事業者が違反防止のための相当の注意を怠っていたことの3点が必要です。
1,000人という数字はポイントです。
東京スカイツリーの展望デッキの収容人数が約1,000人であることを想像すると、大型のキャンペーンや顧客管理システムを持つ金融機関ならば、軽く超えてしまうレベルです。
また、課徴金には安全管理措置義務違反が含まれていません。つまり、情報漏えいを起こしても直ちに課徴金の対象にはなりません。課徴金が問われるのは「意図的・積極的に違反行為を行い、利益を得た場合」に絞られます。
これは重要な区別です。
牛島総合法律事務所「個人情報保護法 制度改正方針の公表」(課徴金制度の対象・条件・運用の詳細解説が参照できます)
現行法では、個人データを第三者に提供する場合や、要配慮個人情報を取得する場合には、原則として本人の同意が必要です。しかし2026年改正では、「統計情報等の作成(AI開発を含む)にのみ利用されることが担保されていること等を条件に、本人同意を不要とする」という方針が示されました。
これは金融業界に実際に起きている課題への直接的な対応です。たとえば証券会社が顧客の投資行動データを機械学習モデルの学習データとして使いたい場合、現行法では顧客一人ひとりから同意を取る必要がありました。しかし改正後は、条件を満たせば同意なしで使えるようになります。
同意不要になるための条件は3つです。
この緩和は画期的です。一方で、これを悪用した場合は課徴金の対象になります。「AI開発目的です」と言いながら実際はマーケティングに使っていた場合、不正利用として課徴金が課される可能性があります。緩和と強化が表裏一体になっているところが今回の改正の特徴です。
また、「取得状況から見て本人の意思に反しない場合」も同意が不要になります。その具体例として、「金融機関が海外送金を行うために送金者の情報を送金先の金融機関に提供する場合」が明示されています。海外送金時のデータ提供が合法的に整理されるため、国際送金サービスを提供する金融機関の実務が大きく改善されることになります。
ATMや銀行窓口での顔認証、証券会社の本人確認システム。金融機関における顔認証システムの活用は急速に広がっています。今回の改正では、この「顔特徴データ等」に対する規律が新設されます。
顔特徴データが特別視される理由は明確です。本人が関知しないうちに大量収集できること、本人の顔は一生変わらないという不変性、そして特定個人を半永久的に追跡できること、という3点が他の生体データと異なる危険性を持つからです。
改正で義務化される主な内容は次の通りです。
オプトアウトが禁止されるのは重要な変化です。オプトアウトとは、「事前に事業者が公表しておけば本人の同意なく第三者に提供できる制度」ですが、顔特徴データについてはこれが使えなくなります。金融機関が顔認証データをデータ分析会社や他の金融機関に提供したい場合、必ず本人の明示的な同意が必要になるということです。
周知義務に関しては、現行でも「カメラ作動中」の掲示はありましたが、利用目的の掲示は「望ましい」にとどまっていました。
改正後は義務になります。
ATMエリアに「顔認証による本人確認を実施しており、〇〇目的で利用しています。停止請求はこちら」といった掲示が必要になるイメージです。
これは店舗運営コストの増加要因になります。
金融機関はシステム開発・保守・データ分析・コールセンターなど、様々な業務をアウトソーシングしています。今回の改正では、委託を受けた事業者(委託先)への直接義務が新設されます。これまでは委託元(金融機関本体)が委託先を監督する義務を負うのみで、委託先自体への直接的な義務規定は限定的でした。
改正後は、委託先に対して明文規定による義務が課されます。具体的には「委託を受けた業務の遂行に必要な範囲を超えて個人データを取り扱ってはならない」という義務が委託先に直接課されます。委託先が勝手に顧客データを自社のマーケティングに流用することが、改正法のもとでは直接の違反行為になります。
ただし、委託先が独自の判断で取扱い方法を決定しないケース(委託元の指示に従って機械的に処理するだけの場合)については、一定の契約要件を満たせば個人情報保護法第4章の包括的な義務の適用が免除されます。つまり、クラウドサービスや単純なデータ処理を行うベンダーについては、責任の所在が整理され、過剰な義務を負わせない合理的な仕組みが作られます。
金融機関としては、委託契約書の見直しが急務になります。既存の委託契約が改正法の要件を満たしているか点検し、必要であれば「委託先が適用免除を受けるための契約要件」を満たすよう更新する作業が生じます。SIerやデータセンター事業者との間でも、こうした契約整備が必要になってくる点を意識しておく必要があります。
現行法では、情報漏えいが発生した場合、本人への通知が原則として義務とされています。しかし改正後は、「本人の権利利益の保護に欠けるおそれが少ない場合」は本人通知義務が緩和されます。
その具体例として示されているのが、「サービス利用者の社内識別子(ID)等、漏えいした情報の取得者においてそれ単体ではおよそ意味を持たない情報のみが漏えいした場合」です。銀行のシステム内だけで使われる顧客管理番号のみが外部に流出した場合、それ単体では本人を特定する手がかりにはならないため、通知不要とする代わりに公表等の代替措置を講じれば足りる、という方向です。
ただし、個人情報保護委員会への報告義務(速報・確報制度)の合理化については「引き続き検討」として今回の改正では見送りになりました。金融機関にとってはやや消化不良かもしれませんが、少なくとも「通知しなくていい場合」が明確化される点は実務の負担軽減につながります。
本人通知が緩和される場合でも、公表等の代替措置はきちんと実施することが条件です。「通知しなくていい=何もしなくていい」ではありません。
これが基本です。
Legal GPT「個人情報保護法の3年ごと見直しで企業が今から準備すべきこと」(法案ロードマップと先回り対応チェックリストが参考になります)
「オプトアウト」とは、本人が明示的に同意しなくても、一定の事項を公表・届け出た上で個人データを第三者に提供できる仕組みです。顧客リストのような名簿類をデータ事業者に提供する際などに使われてきました。
今回の改正では、このオプトアウト制度を利用して個人データを提供する場合に、提供先の身元および利用目的を確認する義務が新設されます。これまでは「提供先が誰でも届け出要件さえ満たせば提供できた」という状況でしたが、改正後は提供先が違法な目的で使う可能性がないかを事前に確認しなければなりません。
意外と影響が大きいのが、金融機関の顧客名簿や投資家リストの扱いです。証券会社や保険会社が保有する富裕層リストや資産家情報は、外部から見ると高い価値を持つデータです。これらをオプトアウトで関連会社に提供していた場合、改正後は受け取り先の身元確認と利用目的確認のプロセスを文書化して残す必要があります。
記録を残すことが条件です。
さらに、顔特徴データについてはオプトアウト自体が禁止になる点も再確認しておきましょう。顔認証を使ったKYC(本人確認)データは、どんな場合でも本人の明示的な同意なく第三者提供することができなくなります。
金融リテラシー向上を目的としたジュニアNISA以降、未成年者向けの金融サービスは増えています。家族で利用する資産管理アプリや、高校生を対象とした投資シミュレーションサービスもその例です。こうしたサービスを提供・利用する場合、今回の改正内容を知っておくことが重要です。
現行法では、子どもの個人情報に関する明文規定がなく、PPCのQ&Aで「12〜15歳以下の子どもについて法定代理人等から同意を得る必要がある」と示されるにとどまっていました。改正では、16歳未満の子どもを対象とした規律が法律レベルで明文化されます。
具体的な変更は3点です。
16歳という年齢基準は注目に値します。民法の成年年齢は18歳ですが、個人情報保護の観点では16歳未満に厳格な保護が適用されることになります。なお、本人が16歳未満であることを事業者が知らないことについて正当な理由がある場合などは例外が設けられる見通しです。
金融サービスを提供する事業者は、16歳未満のユーザーが利用できる場合、同意取得フローを保護者向けに整備し直す必要があります。これは子ども向けサービスだけの話ではなく、年齢確認のない一般向けサービスにも影響が及ぶ可能性があります。年齢確認の設計から見直す必要があるかもしれません。
改正で同意規律が緩和される場面が増えると、投資家個人としてはどう受け止めるべきでしょうか。
実はここが最も重要な視点です。
メリットとしては、金融サービスの質向上が期待できます。証券会社がAIによる投資アドバイスに顧客データを活用しやすくなることで、より精度の高いポートフォリオ提案や、相場の急変時のアラート機能が充実する可能性があります。また、個人のリスク許容度や投資行動パターンをAIが学習することで、過去には存在しなかった水準の個別最適化サービスが生まれることも期待されます。
一方、リスクもあります。「統計作成目的の同意不要化」が抜け道として使われる可能性は、ゼロではありません。そのため改正案では、この特例を使って得たデータを目的外で使った場合に課徴金の対象とすることが明示されています。緩和には強力な歯止めが設けられているということです。
投資家として意識したい行動が一つあります。利用しているネット証券や銀行アプリのプライバシーポリシーを定期的に確認する習慣です。改正法施行後、各社は規約やプライバシーポリシーを更新するはずです。「統計作成等目的での利用」の内容や「オプトアウトの停止手続き」が追加されているかチェックしておくと、自分のデータの使われ方を把握しやすくなります。
改正法がいつ施行されるかは、金融機関も個人投資家も気になるところです。
現時点での見通しを整理します。
前回の令和2年改正(2020年)のスケジュールを参考にすると、法案成立後1〜2年で施行されています。2026年5月〜6月に法案が成立すれば、施行は早くて2027年、標準的には2028年頃になる可能性があります。ただし、法案の国会審議の進捗・政省令の策定状況・ガイドラインの整備タイミングによって変動します。
| 時期 | 予定イベント | 備考 |
|---|---|---|
| 2026年1月9日(済) | PPCが制度改正方針を公表 | 12項目の改正方針が確定 |
| 2026年通常国会(〜6月) | 改正法案の提出・審議・成立 | 成立時期は審議状況次第 |
| 法案成立後〜 | 施行令・規則・ガイドライン整備 | 課徴金の算定基準等も策定 |
| 成立から1〜2年後 | 改正法の施行(見込み) | 前回改正の実績ベース |
金融機関にとって重要なのは「施行を待ってから動く」のではなく、法案の確定条文を確認しながら社内規程やシステム対応を段階的に準備していくことです。課徴金制度があるため、施行後に対応が遅れた場合のリスクは無視できません。
一般の投資家としては、今すぐ何かを変える必要はありませんが、利用している金融サービスのプライバシーポリシー更新に気を配っておくと良いでしょう。
Business Lawyers「令和8年改正個人情報保護法はどうなる?改正方針を弁護士が解説」(12項目の詳細解説と法律専門家の実務的見解が参照できます)
あまり議論されていない点を一つ取り上げます。それは、「本人の意思に反しない場合の例外新設」が、国際的な金融犯罪対応に与える影響です。
改正方針では、「金融機関が海外送金を行うために送金者の情報を送金先の金融機関に提供する場合」が同意不要の典型例として明示されています。これは単なる手続きの簡略化ではなく、国際的なマネーロンダリング対策(AML)や詐欺対策における情報共有が、個人情報保護法の観点で合法的に整理される意味を持ちます。
現行法では、黙示の同意で処理してきた場面があり、法的根拠が曖昧なケースもありました。改正後は明示的な例外規定として整備されるため、国際送金サービスや外国為替業務を行う金融機関にとって、コンプライアンス体制の安定につながります。
一方で、外国の受取金融機関や規制当局が日本の個人情報保護水準を満たしているかどうかという問題は残ります。EU圏への送金では、GDPR(一般データ保護規則)との整合性も引き続き確認が必要です。グローバルに資産を運用している個人投資家や、海外送金を頻繁に使うビジネスパーソンにとっては、自分の情報が海外でどう扱われるかを意識する良い機会でもあります。
この観点から見ると、今回の個人情報保護法改正は国内法の問題にとどまらず、グローバルなデータ流通ルールの変化とも連動しています。金融に関わる人であれば、GDPRや米国のプライバシー法との比較という視点でも情報収集しておくと、より深い理解が得られます。
法律の改正を他人事として眺めていると、後から「知らなかった」では済まない場面が出てきます。個人としても事業者としても、今から動いておくべきことがあります。
まず個人投資家・金融サービス利用者として確認すべきことから見ていきましょう。
第一に、利用している証券会社・銀行・投資アプリのプライバシーポリシーを読んでみることです。今は難しい内容に見えても、改正法施行後に更新されたとき「以前と何が変わったか」が分かるようになります。特に「データの第三者提供の範囲」「オプトアウト手続きの有無」を確認しておくと良いでしょう。
第二に、顔認証を使った金融サービス(スマホ認証、ATM顔認証など)の利用状況を把握しておくことです。施行後は利用停止請求権が強化されますので、どのサービスで顔認証が使われているかを把握しておくことが権利行使につながります。
第三に、16歳未満の家族が金融関連サービスを利用しているかを確認することです。ジュニアNISAや子ども向け学習アプリ、家族共用の家計簿アプリなど、子どものデータが登録されているサービスがないか点検しておきましょう。改正後は保護者の同意フローが変わる可能性があります。
事業者として動く必要がある方は、データマッピングの再実施と委託契約の棚卸しが最優先事項です。1,000人超の個人データを扱う業務を洗い出し、取得・利用・提供の各場面で法的根拠を明確にし、記録を残す体制を今から整えておくことが、課徴金リスクの回避に直結します。
法改正は「対応コスト」としてだけではなく、「データ活用の新しいチャンス」でもあります。AI開発向け同意緩和を活用できる体制が整っている金融事業者は、競争上の優位を得られる可能性があります。改正の「緩和」部分をきちんと把握して、自社のサービス改善につなげる視点も持っておきたいところです。
Jtrust「個人情報保護法 2026年改正の方向性が明らかに」(改正の4つの柱と実務への影響が簡潔にまとめられています)