
帰責事由とは、「責に帰すべき事由(せめにきすべきじゆう)」とも呼ばれ、債務不履行が生じた際に債務者に責任があるかどうかを判断する基準です。民法改正前は、帰責事由の判断基準が明文化されておらず、「故意・過失またはこれと同視できる事由」という解釈が一般的でした。
しかし、平成29年の民法改正により、帰責事由の判断基準が明確化されました。改正民法第415条1項ただし書きでは、「債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない」と規定されています。
この改正によって、帰責事由の判断は以下の要素に基づいて行われることになりました。
これにより、従来よりも柔軟な判断が可能になり、債務者側にとっては、状況によっては責任を免れる可能性が広がりました。
帰責事由を構成する主な要素として、「故意」と「過失」があります。これらは帰責事由の判断基準において重要な位置を占めています。
故意とは、債務不履行が生じることを知りながら、あえて行動する(または行動しない)ことを指します。例えば、返済義務があることを知りながら意図的に返済しないケースが該当します。
過失とは、注意義務を怠ったことにより債務不履行が生じた場合を指します。過失には、重過失と軽過失があり、その程度によって責任の範囲が変わることもあります。
債務整理を検討する際には、自身の行為が故意によるものか過失によるものかを客観的に評価することが重要です。特に、債務不履行の原因が自己の責任ではないと主張する場合、その立証責任は債務者側にあることを認識しておく必要があります。
帰責事由の判断基準を考える上で重要なのが「不可抗力」との関係です。不可抗力とは、債務者の責任範囲を超えた予見不可能かつ回避不可能な事象を指します。
不可抗力の典型例としては、以下のようなものがあります。
民法改正後は、「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」という基準が導入されたことで、不可抗力の判断もより状況に応じた柔軟なものとなりました。例えば、新型コロナウイルスの感染拡大による影響も、状況によっては不可抗力として認められる可能性があります。
ただし、単に経済状況が悪化したというだけでは、通常、不可抗力とは認められません。債務整理を検討する際には、自身の状況が真に不可抗力に該当するかどうかを慎重に検討する必要があります。
契約書に不可抗力免責条項が含まれている場合、帰責事由の判断基準はどのように適用されるのでしょうか。
多くの契約書には、天災地変などの不可抗力によって契約が履行できなくなった場合に、債務者の責任を免除する「不可抗力免責条項」が設けられています。このような条項がある場合、まずはその条項に基づいて帰責事由の有無が判断されます。
しかし、契約書に不可抗力免責条項がない場合は、民法の規定に基づいて帰責事由の有無が判断されることになります。改正民法では、前述のとおり「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」という基準が導入されています。
契約書における免責条項の効力を高めるためには、以下の点に注意することが重要です。
債務整理を検討する際には、関連する契約書の免責条項を確認し、それが自身の状況に適用されるかどうかを検討することが重要です。
債務者が債務を履行するために第三者(履行補助者)を使用している場合、その履行補助者の行為によって債務不履行が生じた場合、債務者の帰責事由はどのように判断されるのでしょうか。
履行補助者とは、債務者が債務を履行するために使用する者を指します。例えば、配送業者が荷物の配達を下請け業者に委託した場合、その下請け業者は履行補助者に当たります。
民法改正前の通説では、履行補助者の故意・過失は、信義則上、債務者自身の故意・過失と同視されると解釈されていました。つまり、履行補助者に故意・過失があれば、債務者にも帰責事由があるとみなされていました。
民法改正後も、この基本的な考え方は変わっていませんが、「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」という基準に基づいて判断されることになりました。これにより、履行補助者の行為についても、契約の内容や取引上の社会通念を考慮した上で、債務者の帰責事由の有無が判断されることになります。
債務整理を検討する際には、自身が履行補助者を使用していた場合、その履行補助者の行為についても責任を負う可能性があることを認識しておく必要があります。
債務整理を検討する際、帰責事由の判断基準をどのように活用すべきでしょうか。実務的な観点から考えてみましょう。
債務整理の主な手段としては、任意整理、個人再生、自己破産などがあります。いずれの手段を選択する場合でも、債務不履行の原因が自己の帰責事由によるものかどうかは重要な判断材料となります。
特に、自己破産を申し立てる場合、浪費や賭博など、債務者の故意または重大な過失による債務については、免責が認められない可能性があります。このため、債務不履行の原因が自己の帰責事由によるものかどうかを客観的に評価することが重要です。
債務整理を進める際の実務的なポイントとしては、以下のことが挙げられます。
また、債務整理の手続きを進める際には、債権者との交渉が必要になることがあります。その際、自己の帰責事由がないことを主張する場合には、その根拠となる事実や証拠を準備しておくことが重要です。
帰責事由の判断基準は、債務不履行だけでなく、労働法における休業手当の支払い義務にも関わってきます。
労働基準法第26条では、「使用者の責に帰すべき事由による休業」の場合、使用者は平均賃金の60%以上の休業手当を支払わなければならないと規定されています。ここでいう「使用者の責に帰すべき事由」も、民法における帰責事由と同様の考え方で判断されます。
例えば、以下のような場合は使用者の帰責事由があるとされ、休業手当の支払い義務が生じます。
一方、以下のような場合は使用者の帰責事由がないとされ、休業手当の支払い義務が生じない可能性があります。
債務整理を検討している方の中には、休業手当の未払いが問題となっているケースもあるかもしれません。そのような場合、使用者の帰責事由の有無を適切に判断することが重要です。
帰責事由の判断において非常に重要なのが「立証責任」の問題です。立証責任とは、ある事実の存在または不存在を証明する責任のことを指します。
民法における債務不履行の場合、帰責事由がないことの立証責任は債務者側が負うとされています。これは、最高裁昭和34年9月17日判決などで確立された考え方です。つまり、債務者が自分には帰責事由がないことを証明できなければ、債務不履行による損害賠償責任を負うことになります。
これに対して、不法行為の場合は、加害者の故意・過失の立証責任は被害者側が負うとされています。この点が、債務不履行と不法行為の大きな違いの一つです。
債務整理を検討する際には、この立証責任の違いを理解しておくことが重要です。特に、債務不履行の原因が自己の責任ではないと主張する場合、その立証責任は自分にあることを認識し、必要な証拠を準備しておく必要があります。
立証のためには、以下のような証拠が有効です。
これらの証拠を適切に準備し、提示することで、自己に帰責事由がないことを効果的に立証することができます。
以上、帰責事由の判断基準について、民法改正の変遷、故意と過失の違い、不可抗力との関係、契約書における免責条項の効力、履行補助者の行為の影響、債務整理における実務的な対応、労働法における休業手当との関係、そして立証責任の重要性という観点から解説しました。債務整理を検討する際には、これらの点を踏まえて、自身の状況を客観的に評価し、適切な対応を取ることが重要です。