

介護休業を申請しただけで、企業名が公表される罰則リスクがあると知っていましたか?
ケアハラとは「ケアハラスメント」を短縮した言葉で、働きながら家族の介護を行う従業員に対して、上司や同僚が行う嫌がらせや不利益な扱いのことを指します。正式には「介護休業等に関するハラスメント」とも呼ばれ、2017年1月施行の改正育児・介護休業法によって、すべての企業に防止措置を講じることが義務付けられました。
簡単にいえば「介護を理由に休もうとしたら嫌な目に遭った」という状況すべてがケアハラになり得ます。たとえば「介護なんて施設に任せれば?」という一言も、当事者が不快に感じればハラスメントに該当します。意外ですね。
日本では現在、働きながら介護をする人(ビジネスケアラー)が2022年時点で約364万人、有職者全体の約5.4%に達しています。この数字は今後も増え続け、2030年には約318万人が仕事と介護の両立を迫られると経済産業省が試算しています。金融業界のように40〜50代のベテラン社員が多い職場ほど、ケアハラが起きやすい環境といえます。
つまり「うちの会社には関係ない」は通用しません。
マタハラ(マタニティハラスメント)やパタハラ(パタニティハラスメント)と並ぶ、法的に対処が求められるハラスメントの一種として、ケアハラは今や経営上の重要課題に位置づけられています。
厚生労働省:職場におけるハラスメントの防止のために(ケアハラを含む防止措置義務の詳細)
ケアハラには大きく分けて3つの種類があります。「①言動・嫌がらせ型」「②制度利用妨害型」「③不当な人事評価型」です。それぞれに代表的な言動があります。
言動・嫌がらせ型は、日常会話の中に潜んでいるため気づきにくいのが特徴です。
| 発言の例 | 問題点 |
|---|---|
| 「残業しなくていいから、うらやましい」 | 介護の負担を軽く見せる発言 |
| 「奥さんに介護させればいいじゃないか」 | 性別役割の押し付け+制度利用の否定 |
| 「そんな状態で重要な仕事は任せられない」 | 介護を理由にした業務上の差別 |
| 「介護の状況を詳しく説明しなさい」 | プライバシーへの過剰介入 |
制度利用妨害型は、育児・介護休業法で定められた権利の行使を妨げる行為です。介護休業は対象家族1人につき通算93日、3回まで分割取得できます。介護休暇は年間5日(対象家族2人以上なら10日)と定められており、これらの申請を妨げることは法令違反になります。
不当な人事評価型は表に出にくいぶん、深刻です。具体的には「介護休業から復帰後に閑職に異動させる」「賞与を不当に低く査定する」「契約社員の雇い止めをする」などが該当します。制度の利用と人事評価は本来、無関係です。
これは法的リスクに直結します。
金融業界では、特に残業・出張・異動が多い職種において、こうした不当評価型のケアハラが起きやすいとされています。「介護中なのに転勤を命じられた」というケースは、本人の同意なく強行すればケアハラに該当する可能性があります。
doda人事ジャーナル:ケアハラスメントとは?放置するリスクと事例、原因と対策方法を解説
ケアハラが発生する原因は、主に6つに整理できます。どれも「悪意のある行為」から発生するわけではない点が、問題解決を難しくしています。
対策の基本は「方針の明文化」と「管理職研修」です。
方針の明文化とは、社内規定にケアハラを禁止する旨を明記し、全従業員に周知することを指します。この一手間が、上司の独自判断による制度妨害を防ぐ最も効果的な防衛線になります。
管理職研修では、「どの発言がケアハラに当たるか」を具体的な事例で学ぶことが重要です。研修を実施していなかった企業が行政指導を受けた事例も存在します。厳しいところですね。
また、テレワークやフレックス制度の整備も有効な対策です。介護と仕事を両立しやすい環境を整えることで、そもそもハラスメントが起きにくい状況をつくれます。業務分担の可視化も欠かせません。誰かに負担が偏らない体制がケアハラ防止の土台になります。
ケアハラを放置した場合、企業には想像以上に大きなリスクが発生します。これが対岸の火事ではない理由です。
リスク①:行政指導・企業名の公表
育児・介護休業法第25条に基づき、企業はケアハラ防止措置を講じる義務があります。対応を怠り、厚生労働省から勧告を受けてもなお従わない場合、企業名が公表されます。さらに、虚偽の報告や報告拒否に対しては「20万円以下の過料」という罰則も定められています。金額だけ見れば小さく見えますが、企業名公表のブランドダメージはそれをはるかに上回ります。
リスク②:優秀な人材の介護離職
日本では年間約9.3万人が介護・看護を理由に離職しています(厚生労働省「雇用動向調査」2024年)。介護離職者は40〜50代の中堅・ベテラン層に集中しており、金融業界ではとくに実務経験の厚い人材を一気に失うリスクがあります。1人の中途採用にかかるコストは一般的に数十万〜100万円超とされており、人材流出の損失は直接的な財務負担にもつながります。
リスク③:経済産業省が試算する「9兆円の経済損失」
ビジネスケアラーの増加による経済損失は、2030年時点で約9兆円に上ると推計されています(経済産業省委託調査、日本総合研究所)。この損失の8割強は「仕事と介護の両立困難による労働生産性の損失」で、介護離職そのものよりも、介護しながら働き続けることによる生産性の低下が主な原因です。企業単位で見ても、介護中の従業員1人当たりの生産性は平均27.5%低下するという調査結果も出ています。
経済損失が9兆円というのは、東京都の年間予算(約8兆円)より大きい規模です。これだけの損失が積み上がる背景に、ケアハラによる支援制度の機能不全があることは見逃せません。
ケアハラを受けたとき、多くの人が「自分が我慢すればいい」と思いがちです。しかし、それでは問題は解決しません。被害を受けた場合の対処は、ステップを踏んで進めることが重要です。
ステップ1:証拠を記録する
発言の日時・場所・内容・発言者をメモや録音で記録します。「○月○日△時頃、上司の□□から『介護中の人間には重要な仕事は任せられない』と言われた」という具体的な記録が後の相談で非常に役立ちます。記録だけ覚えておけばOKです。
ステップ2:社内の相談窓口に報告する
まず社内のハラスメント相談窓口(人事部・コンプライアンス担当など)に相談します。加害者が上司の場合は、さらに上の役職者や人事部門への相談が有効です。
ステップ3:社外の相談窓口を活用する
社内対応が困難な場合は、都道府県労働局の「雇用均等室」が相談窓口として機能します。雇用均等室では、育児・介護休業法に基づく助言・指導・調停が受けられます。費用は無料です。
深刻化する前に相談することが、最も重要な行動です。
なお、相談を行ったことや調停を申請したことを理由に、企業が当該従業員に不利益な取り扱いをすることは、育児・介護休業法で明確に禁止されています。報復を心配して行動をためらう必要はありません。これが条件です。
また、被害が深刻で損害賠償請求を検討する場合は、弁護士への相談も選択肢に入ります。初回相談が無料の法律事務所も多いため、まずは問い合わせてみることをおすすめします。
厚生労働省「こころの耳」:ハラスメント用語解説と相談窓口案内