完全合理性と限定合理性の違いと経済学的意思決定プロセス

完全合理性と限定合理性の違いと経済学的意思決定プロセス

完全合理性と限定合理性の違い

完全合理性と限定合理性の基本概念
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完全合理性

すべての情報を瞬時に処理し、最適な選択ができる理想的な意思決定モデル

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限定合理性

人間の認知能力の限界を認め、限られた情報内で満足できる解を求める現実的アプローチ

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金融工学への影響

市場モデルや投資戦略の構築において、どちらの合理性を前提とするかで結果が大きく異なる

完全合理性の定義と新古典派経済学における位置づけ

完全合理性とは、経済主体(個人や企業)が利用可能なすべての情報を完璧に処理し、最大の利益をもたらす選択肢を瞬時に計算して選択できるという考え方です。新古典派経済学の基盤となるこの概念は、「合理的経済人(ホモ・エコノミクス)」という理想的な人間像を前提としています。
完全合理性の世界では、以下の条件が満たされていると仮定されます:

  • すべての選択肢とその結果を完全に把握している
  • 情報処理能力に限界がない
  • 自己利益を最大化する選択を常に行う
  • 時間的制約や感情的要素の影響を受けない

金融工学の分野では、効率的市場仮説(EMH)や資本資産価格モデル(CAPM)など、多くの伝統的理論が完全合理性を前提としています。これらのモデルでは、市場参加者全員が合理的に行動し、利用可能なすべての情報が即座に価格に反映されると考えます。
しかし、現実の市場では価格バブルやクラッシュなど、完全合理性では説明できない現象が頻繁に観察されます。これは完全合理性という概念の限界を示しており、より現実的なモデルの必要性を示唆しています。

限定合理性の概念とハーバート・サイモンの意思決定プロセス理論

限定合理性は、ノーベル経済学賞受賞者のハーバート・A・サイモンによって提唱された概念です。サイモンは、人間の認知能力には限界があり、すべての情報を完璧に処理することは不可能だと主張しました。
サイモンの限定合理性理論によれば、人間は以下のような制約の中で意思決定を行います:

  • 情報収集・処理能力に限界がある
  • 時間や注意力などの認知資源が限られている
  • 不確実性の中で判断を下さなければならない
  • 「最適化」ではなく「満足化」を目指す傾向がある

サイモンの理論では、人間は最大利益をもたらす方法を計算によって決定できないため、「満足する方向に向かって進む」という意思決定プロセスを採用します。つまり、「十分に良い」解決策を見つけたら、それ以上の探索をやめるという行動パターンです。
金融市場における限定合理性の例として、投資家が膨大な銘柄の中からスクリーニング条件を設定して投資対象を絞り込む行動が挙げられます。すべての銘柄を詳細に分析することは現実的ではないため、一定の条件を満たす「十分に良い」銘柄に投資するという戦略を取るのです。

完全合理性と限定合理性の違いがもたらす取引コスト理論への影響

オリバー・ウィリアムソンは、サイモンの限定合理性の概念を発展させ、取引コスト経済学という新たな分野を確立しました。ウィリアムソンの理論では、限定合理性の世界において、経済主体は取引コストを含む形で利益を最大化する方法を選択して行動すると考えます。
完全合理性と限定合理性の違いが取引コスト理論に与える影響は以下の通りです:

完全合理性の世界 限定合理性の世界
取引コストは存在しないか無視できる 取引コストが重要な要素となる
契約は完全で曖昧さがない 契約は不完全で再交渉の余地がある
市場取引が常に効率的 組織内取引が効率的な場合がある
機会主義的行動は存在しない 機会主義的行動のリスクがある