

日本のカバードボンドは「欧州と同じ法制の保護がない」のに、日本国債を上回るAaaの格付けを取得している。
カバードボンドとは、金融機関が住宅ローン債権などの優良資産(カバープール)を担保として発行する担保付社債の一種です。一般的な社債や証券化商品と大きく異なる点が、「デュアルリコース」と呼ばれる二重の保護構造にあります。
デュアルリコースとは何でしょうか? 簡単に言うと、投資家は発行体(銀行)が万一破綻した場合でも、①発行体の固有財産と②倒産隔離されたカバープールの両方に対して償還を請求できる、という仕組みです。どちらかひとつではなく、二段階で守られるということですね。
通常の社債であれば、発行体が経営破綻した場合、その他の債権者と並んで回収を待つしかありません。一方でカバードボンドの場合は、カバープールが別勘定として保全されているため、発行体の倒産手続きに関係なく、投資家は優先的に資産を回収できます。これが条件です。
カバープールには、住宅ローン債権(モーゲージ)や地方公共団体向け貸付債権など、信用力の高い資産が収容されます。さらに、このプールの品質と量は一定水準以上に保つことが義務づけられており、投資家にとって非常に安全性の高い商品として評価されています。意外ですね。
欧州では18世紀後半から発行事例が存在し、ドイツの「ファンドブリーフ債」、フランスの「オブリガシオン・フォンシエール」などが代表格です。2018年末時点でのカバードボンド市場の世界発行残高は約2.6兆ユーロ(約400兆円超)に達しており、ユーロ圏の国債の3分の1に相当する規模を持ちます。欧州の金融市場を支える大動脈とも言える存在です。
格付け機関もカバードボンドを高く評価しており、同一発行体の無担保社債と比べて数段階上の格付けがつくのが一般的です。これが低コストでの資金調達を可能にしています。
野村證券「カバードボンド(債権担保付き社債)」用語解説ページ:カバードボンドの基本定義や特徴を簡潔に確認できる。
カバードボンドとよく混同されるのが、住宅ローン担保証券(MBS:Mortgage-Backed Securities)などの証券化商品です。どちらも住宅ローン債権を裏付けとする点では共通していますが、構造は根本的に異なります。
最大の違いは「担保資産の帰属先」です。MBSでは、ローン債権はSPC(特別目的会社)に売却・移転され、銀行のバランスシートからオフバランス化されます。つまり銀行とは切り離された状態で証券が発行されます。一方、カバードボンドでは担保資産は発行体銀行のバランスシート上に留まります。つまり、発行体が担保資産を手放さない形での調達です。
なぜバランスシートに残すことがメリットになるのでしょうか? 理由は二重の保護(デュアルリコース)を成立させるためです。担保資産が銀行のバランスシート上にあるからこそ、投資家は「発行体への請求権」と「担保プールへの優先請求権」の両方を持てます。MBSにはこのような二重保護の仕組みはありません。
| 比較項目 | カバードボンド | MBS(証券化商品) |
|---|---|---|
| 担保資産の帰属 | 発行体のB/S上に残る | SPCに移転・オフバランス |
| 投資家の請求先 | 発行体+カバープール(二重) | カバープールのみ |
| 発行体の責任 | 残存する | 原則なし |
| 格付け | 国債超えも可能 | 構造次第 |
| 法的根拠(日本) | 専用法制なし(契約型) | 資産流動化法等 |
リーマン・ショック(2008年)の際、米国のMBS市場が壊滅的な打撃を受けたにもかかわらず、欧州のカバードボンド市場は比較的安定を維持しました。デュアルリコースと厳格なカバープール管理が機能したからこそです。これは使えそうです。
また、カバードボンドはMBSと異なり、担保資産の入れ替えが可能です。担保資産の質が低下した場合に、発行体が優良資産を補充・入れ替える義務があるため、プールの品質が常に維持されます。投資家にとってはより安心できる構造と言えます。
日本総研「新たな資金調達方法として米国で注目されるカバード・ボンド」:MBSとの構造的違いを整理するのに有用なレポート。
日本に専用の法制度がない中で、いかにしてカバードボンドが発行できたのか。三井住友銀行(SMBC)が2018年11月6日に実現した「本邦初のカバードボンド発行」は、複数の法的難問を革新的な方法で乗り越えた金融史に残る案件です。
発行概要はシンプルです。発行総額10億ユーロ、年限5年、固定利付クーポン0.55%。しかしその裏側には半年以上に及ぶ法的検討と、SMBCグループの銀行・証券・信託の三機能を結集した複雑なストラクチャーがありました。
従来、日本でカバードボンドが発行できなかった理由は二つありました。一つは日本の倒産法(特に会社更生法)の下では、カバープール資産が倒産手続の影響から免れないと考えられていたこと。もう一つは「真正売買」の要件を満たさないと倒産隔離が認められないというストラクチャードファイナンス法の理論でした。厳しいところですね。
SMBCが採用したのは、TRS(トータル・リターン・スワップ)取引と「一括清算法」を組み合わせた独創的な手法です。住宅ローン債権をそのまま移転するのではなく、RMBS(住宅ローン担保証券)を参照資産とするTRS取引を信託勘定と銀行勘定の間で組成し、これを「一括清算法」の対象となるデリバティブ取引として位置付けることで、倒産時でもカバープールが独立して機能する法的根拠を確保しました。
さらに、海外トラスティ(英国法準拠)がカバープールに対して担保権を取得する「セキュリティトラスト」を設定し、対抗要件を具備することで、仮に管財人が取戻しを主張しようとしても実務上ほぼ不可能な状況を作り出しました。これはまさにグループの総合力が不可欠な構造です。
この結果、MoodysからAaa(最上位格付け)を取得。当時の日本国債の格付けA1を上回り、同年7月に発行したシニア無担保債より0.35%低いコストで10億ユーロの調達に成功しました。当時、イタリア国債の格下げや米中貿易摩擦で市場が不安定だった中での大型調達は、国内外の金融関係者を驚かせました。
また、従来は格付けが低いため海外中央銀行・政府系機関から投資対象外とされることが多かった邦銀のシニア無担保債と異なり、このカバードボンドには海外中央銀行・政府系機関の購入が全体の22%を占めました。投資家層の多様化という狙いも見事に達成されたということですね。
2018年のSMBC、2020年の三井住友信託銀行と、邦銀によるカバードボンド発行実績は着実に積み上がっています。しかし2026年2月現在においても、日本にカバードボンド専用の法律は存在しません。なぜ法制化が進まないのでしょうか?
法制化の議論自体は、決して新しいものではありません。2009年に経済産業省の委託調査として「カバードボンド検討会」が設置され、2011年には日本政策投資銀行が「カバード・ボンド研究会」をまとめ法制化を提言、2012年には閣議決定「日本再生戦略」にも検討課題として掲載されました。制度整備への機運は高まったものの、その後の進展は限定的なままです。
進まない理由は主に二点あります。一つは「ニーズの問題」で、2010年代前半まで日本円市場に潤沢な流動性があり、わざわざコストをかけてカバードボンド法制を整備する必要性に乏しかったことです。もう一つは、前述した「デュアルリコースの実現が困難」という法技術的な問題でした。つまり、当時はニーズも手段もなかったわけです。
SMBCの2018年発行によって技術的な問題は一部解決されましたが、「契約型」スキームには依然として課題があります。英国法を含む複雑な国際的法律構成が必要で、組成コストが高く、海外の法制カバードボンドに比べて投資家から得られる格付けや発行条件が不利になりやすい側面があります。
ここで多くの読者が見落としがちな「独自の論点」があります。カバードボンド法制化は、邦銀にとって資金調達コストを下げるメリットがある一方で、「一般預金者・無担保社債権者の保護」とのトレードオフが生じる可能性があるのです。
カバードボンドの投資家は、破綻時に優良資産(カバープール)を優先的に取得できます。これは裏を返せば、銀行が破綻した場合に一般の預金者や無担保社債権者が回収できる資産が減少する可能性を意味します。特に預金保険制度との整合性をどう取るか、カバープールの規模上限をどう設定するかという問題は、法制化における最も難しい論点の一つです。
欧州ではカバードボンド法制が整備される際に、カバープールの総量制限や公的監督機関による監視義務などが必ずセットになっています。日本でも法制化を進めるなら、こうした投資家保護と一般債権者保護のバランスを、精緻に設計する必要があります。この設計が条件です。
バーゼルⅢ最終化(改訂版バーゼルⅢ)においても、カバードボンドへの優遇措置が強化されています。具体的には、従来の銀行向けエクスポージャーのリスクウェイト「20%〜150%」に対して、カバードボンド保有は「10%〜100%」に引き下げられる規定が導入されました。日本の銀行監督当局がこの規制優遇を十分に機能させるには、やはり法制化が前提になります。
カバードボンドの普及は、日本の金融市場においてどのような意味を持つのでしょうか。発行体・投資家・金融システム全体という三つの視点からそれぞれ考えてみます。
発行体(銀行)への影響として、最も直接的なメリットは「外貨調達コストの低減」と「投資家層の拡大」です。前述のSMBCの事例では、同種の無担保社債より0.35%低いコストでの発行が実現しました。一見わずかな差に見えますが、10億ユーロ(約1,300億円)規模では年間3.5億円規模のコスト削減に相当します。痛いですね、逆に言えばこれが現状の邦銀の「損失」です。また、格付けが上がることで海外中央銀行や政府系機関という従来アクセスできなかった投資家層にリーチできるようになります。
投資家(主に機関投資家)への影響については、国債を上回る格付けと、国債よりやや高い利回りの両立が期待できる点が魅力です。2019年時点の調査では、カバードボンドの主要投資家は銀行(47.6%)、アセットマネージャー(27.6%)、中央銀行(14.5%)、保険・年金(8.9%)という構成でした。バーゼルⅢの流動性カバレッジ比率(LCR)において、AA-格以上のカバードボンドは「レベル2A資産」(掛目85%)として適格流動資産に算入でき、銀行にとって保有インセンティブが存在します。これは使えそうです。
金融システム全体への影響として注目すべきは、住宅金融の安定化です。欧州では住宅ローンを担保としたカバードボンドが、安定した住宅金融の供給インフラとして機能してきました。日本でも法制カバードボンドが整備されれば、住宅金融支援機構が担っている住宅ローン市場の安定供給機能を補完・強化できる可能性があります。
三井住友信託銀行は2020年10月に8.5億ユーロ(年限7年、利回り-0.043%)のカバードボンドを発行。なんとマイナス金利での発行でも需要を集めたことは、欧州投資家のカバードボンドに対する根強い需要を示しています。
今後の展望として、「カバードボンド法制」の議論は、銀行の外貨調達ニーズの高まりとバーゼル規制の改訂により再び注目される局面に入っています。欧州ではEUレベルでのカバードボンド・フレームワーク(EU統一法制)が2019年に承認され、法制の国際ハーモナイゼーションが進んでいます。日本もこの流れに乗り遅れると、グローバル金融市場での邦銀の競争力がさらに低下する可能性があります。結論は、法制化への対応が邦銀の国際競争力を左右するということです。
金融に関心のある方が「カバードボンド」を学ぶ入り口として、欧州カバードボンド協議会(ECBC)が毎年発行する "European Covered Bond Fact Book"(英語)や、大和総研・日本政策投資銀行の公開レポートが参考になります。これらは公式ウェブサイトから無料でダウンロード可能です。
SMFG「国内初となる契約型カバードボンドを発行」特集ページ:SMBCの発行の背景・目的・投資家への効果をわかりやすく解説している。
三井住友信託銀行「カバードボンド発行の決定について」(PDF):2020年10月発行の概要と目的が記載された公式プレスリリース。