
遺族厚生年金の支給停止は、失権とは異なる一時的な措置です。失権の場合は受給資格を完全に失い復活することはありませんが、支給停止は状況が変われば解除され、再び遺族厚生年金を受け取ることが可能となります。
支給停止が起こる主な理由は以下の通りです。
これらの支給停止事由は、遺族厚生年金制度の公平性と効率性を保つために設けられており、受給権自体は維持されたまま一時的に支給が停止される仕組みとなっています。
最も複雑で理解が困難とされるのが、配偶者と子の両方に受給権が発生した場合の調整規定です。基本的なルールとして、配偶者が遺族厚生年金の受給権を有する期間は、子に対する遺族厚生年金が支給停止されます。
配偶者優先の原則。
被保険者の死亡により配偶者と子に遺族厚生年金の受給権が発生した場合、配偶者が優先的に受給し、子の遺族厚生年金は支給停止となります。これは、家計の主たる管理者である配偶者が遺族年金を受け取ることで、家族全体の生活の安定を図るという考え方に基づいています。
重要な例外規定。
ただし、以下の場合には子の支給停止が解除されます。
配偶者自身の申出では解除されない。
配偶者が自己の意思で遺族厚生年金の全額支給停止を申し出た場合でも、子に対する遺族厚生年金の支給停止は解除されません。これは過去の社会保険労務士試験でも頻出の論点となっており、多くの受験者が間違えやすいポイントです。
また、配偶者が障害基礎年金と障害厚生年金を選択して遺族厚生年金が全額支給停止となった場合でも、子の遺族厚生年金の支給停止は解除されません。
遺族厚生年金における男女差のある取扱いの一つが、夫に対する年齢制限です。夫、父母、祖父母については、死亡当時に55歳以上でなければ遺族厚生年金の受給権が発生せず、受給権があっても60歳に達するまでは支給停止されます。
夫の場合の特例。
ただし、夫については遺族基礎年金の受給権がある場合は例外となり、60歳までの支給停止は行われません。これは、子を養育する父親の経済的負担を考慮した措置です。
年齢制限の背景。
この年齢制限は、従来の家族モデル(夫が主な稼ぎ手、妻が家事・育児を担当)を前提とした制度設計に由来しています。しかし、現在では働き方や家族形態の多様化により、この年齢制限の見直しも議論されています。
実務上の注意点。
業務上の事故や疾病により被保険者が死亡した場合、労働基準法による遺族補償と遺族厚生年金の重複を避けるため、死亡日から6年間は遺族厚生年金の支給が停止されます。
労働基準法との調整の理由。
同一の死亡事由に対して複数の補償制度から給付を受けることは、過度な保護となり制度の公平性を損なう可能性があります。そのため、先に労働基準法による遺族補償を優先し、その期間中は遺族厚生年金を支給停止とする調整が行われています。
6年経過後の取扱い。
死亡日から6年経過後に遺族厚生年金の支給期間が残っていれば、遺族厚生年金を受け取ることができます。この場合、受給権は消滅していないため、6年経過とともに自動的に支給が再開されます。
労災保険との関係。
実際の業務上災害では、労働基準法による遺族補償よりも労災保険による遺族補償給付が支給されることが一般的です。労災保険による給付も同様の調整規定が適用され、遺族厚生年金との重複給付を防いでいます。
遺族厚生年金の支給停止は永続的なものではなく、特定の条件が満たされると解除されます。支給停止解除のタイミングを正確に把握することは、遺族の生活設計において極めて重要です。
自動的に解除される場合。
申請により解除される場合。
解除時の注意点。
支給停止が解除された場合、解除された月から支給が再開されます。ただし、過去の支給停止期間に遡って支給されることはありません。そのため、解除の手続きは速やかに行うことが重要です。
複数の停止事由がある場合。
一つの支給停止事由が解消されても、他の停止事由に該当している場合は支給停止が継続されます。例えば、配偶者の所在不明による子への支給切替があっても、その子が他の年金を受給している場合は併給調整により支給停止が継続される可能性があります。
手続きの重要性。
支給停止の解除には、多くの場合で年金事務所への届出や申請が必要となります。自動的に解除される場合でも、現況報告書の提出などの手続きが求められることがあるため、定期的な確認と適切な手続きが不可欠です。
遺族厚生年金の支給停止制度は複雑ですが、その背景には制度の公平性確保と重複給付の防止という明確な目的があります。支給停止の理由を正しく理解し、解除条件を把握することで、遺族の方々がより安心して生活設計を立てることができるでしょう。