

原子力発電は「グリーン投資」として認定され、あなたの資産が知らずに原発へ流れています。
「タクソノミー(Taxonomy)」とは、もともと生物学で使われてきた分類学・分類法を意味する英単語です。EUタクソノミーとは、この「分類」という概念を経済活動に適用したもので、「どの経済活動が環境的に持続可能か」を明確に定義したEUの法規制の総称です。
2018年、欧州委員会は「サステナブルファイナンス・アクションプラン」を発表しました。このプランのなかで最も重要な基盤として設計されたのがEUタクソノミーです。それまでは各国・各企業が独自の基準で「グリーン」を名乗ることができたため、環境に対する貢献度が本当に高くないにもかかわらず環境配慮企業を装う「グリーンウォッシング」が横行していました。つまり、投資家がESG投資をしようにも「本当にグリーンな会社」を見分ける統一ものさしが存在しなかったのです。
この問題を解決するために作られたのがEUタクソノミーです。2020年7月に規則が発効し、2022年1月から段階的な適用が始まりました。
定義を一言で言うなら、「環境面において持続可能な経済活動を分類した公式リスト」ということになります。このリストに載る経済活動は「グリーン」として認められ、資金を集めやすくなります。逆に載らない活動は、資金調達面で次第に不利になっていきます。金融市場全体のお金の流れを「グリーンな活動」へと誘導するための設計思想が根底にあります。
EUタクソノミーの目的は主に2つです。1点目は「グリーン・サステナビリティの定義の一貫性」を確保すること、2点目は「グリーンウォッシングの防止」です。
参考情報:環境省が公開しているEUのサステナブルファイナンス政策に関する整理資料。EUタクソノミーの成立背景と6つの環境目的を図解で確認できます。
環境省グリーンファイナンスポータル「EUにおけるサステナビリティ開示関連規則の策定の動き」
EUタクソノミーが「持続可能」かどうかを判定するうえで、2つの軸があります。「6つの環境目標」と「4つの判定基準」です。これが分かれば制度の骨格を理解したも同然です。
📌 6つの環境目標
| # | 環境目標 | 具体的な内容 |
|---|---|---|
| 1 | 気候変動の緩和 | 温室効果ガスの排出削減・吸収 |
| 2 | 気候変動への適応 | 気候変動による悪影響への対処 |
| 3 | 水・海洋資源の持続可能な利用 | 水質・海洋生態系の保全 |
| 4 | 循環経済への移行 | リサイクル・資源効率化の促進 |
| 5 | 汚染防止・管理 | 大気・土壌・水の汚染防止 |
| 6 | 生物多様性と生態系の保護 | 生態系サービスと自然環境の保全 |
このうち「1.気候変動の緩和」と「2.気候変動への適応」は2022年1月から適用開始となっています。残り4項目は2023年以降に順次基準が公表され、適用が拡大されています。これが基本です。
📌 4つの判定基準
EUタクソノミーに適合するには、以下の4つの条件をすべて満たす必要があります。
- ① 上記6つの環境目標のうち、少なくとも1つ以上に実質的に貢献すること
- ② 残り5つの環境目標のいずれにも重大な害(DNSH:Do No Significant Harm)を与えないこと
- ③ 労働者の人権保護など、最低限の社会的保護基準を遵守していること
- ④ 技術的審査基準(Technical Screening Criteria)を満たす科学的根拠があること
ここで特に重要なのが②の「DNSH基準」です。例えば、CO2排出削減には貢献するが、海洋汚染を引き起こすような活動はEUタクソノミーに適合できません。一つの環境目標を達成するためだけに他の環境目標を犠牲にすることは認められないわけです。DNSH基準が原則です。
さらに経済活動は「適合(Aligned)」「適格(Eligible)」「不適合(Non-Aligned)」の3つに分類されます。適格とは「対象範囲内だが基準未達」、適合とは「基準をすべてクリア」という意味合いです。金融機関はこの割合を投融資ポートフォリオ全体で開示しなければなりません。
参考情報:みずほリサーチ&テクノロジーズによるEUタクソノミーの仕組みと日本企業への影響の解説記事。活動分類と具体的な数値基準例を確認できます。
実は、この制度の中でもっとも驚かれる事実があります。原子力発電と天然ガス発電が2022年にEUタクソノミーの「持続可能な経済活動」として認定されたことです。意外ですね。
2022年2月、欧州委員会はこれらを一定条件のもとで「移行活動(Transition Activities)」に分類する委任規則案を発表し、同年7月に欧州議会でも承認されました。「環境に配慮した投資」と聞いて多くの人がイメージする風力・太陽光とは異なるエネルギー源が、グリーン投資の対象に含まれているわけです。
この背景には3つの理由があります。第1に、原子力は発電時にCO2を排出しないため、気候変動緩和に一定の貢献があると評価されたこと。第2に、天然ガスは石炭より温室効果ガスの排出量が少なく、再生可能エネルギーへの「橋渡しエネルギー」として機能するとEUが判断したこと。第3に、エネルギー安全保障の観点から、加盟国間で意見が割れたことです。
ただし条件は厳しく定められています。原子力については「高水準の核廃棄物処理技術の使用」「国際的な安全基準の遵守」「2050年までの移行期間内の計画」が必要です。天然ガスについては「1kWhあたりCO2排出を100g以下に抑える計画」「2030年までに低排出技術の利用推進」などが条件として課されています。
この認定に対して、世界最大の機関投資家の連合体であるPRI(責任投資原則)が強く反発しました。PRIは「EUタクソノミーが不完全なものになった」として、機関投資家が別途独自の分類基準を用意する必要が生じたと批判しています。オーストリアやルクセンブルクも加盟国として異議を申し立てました。
つまり「EUタクソノミー適合=100%クリーンなグリーン」とは言い切れない状況があるということです。金融に関心のある人がESG投資を検討する際は、運用する金融機関がどの分類基準で「グリーン」を判定しているかを確認することが重要な一歩になります。
参考情報:PRI(責任投資原則)の反発の内容と、EUタクソノミーへの原子力・天然ガス組み込みの詳細経緯が記載されています。
サステナブルジャパン「PRI、EUタクソノミーの天然ガス・原発許容に反発」
「これはEUの話だから日本には関係ない」と考えるのは危険です。EUタクソノミーの影響は、すでに日本の金融市場と企業経営の現場にじわじわと及んでいます。
まず金融市場への影響です。EUのSFDR(サステナブルファイナンス開示規則)は2021年3月に施行されており、EU域内の資産運用会社・銀行・保険会社・年金基金などに対して、投資ポートフォリオのサステナビリティ情報開示を義務付けています。つまり日本株や日本企業の社債に投資しているEUの機関投資家は、その投資先がEUタクソノミーに適合しているかを報告しなければなりません。日本企業の環境への取り組みが不十分と判断されれば、EU機関投資家から投資を引き揚げられるリスクが生まれます。
次に企業への影響です。EUのCSRD(企業サステナビリティ報告指令)は段階的に適用が拡大しており、EU域内で事業展開する日本企業の現地法人や子会社も対象になる可能性があります。2028年にかけて対象企業は最大5万社まで拡大するとされており、日本企業もEU域内でビジネスをするなら情報開示の準備が必要な段階に入っています。開示が求められる内容は、グリーンな経済活動による売上高・設備投資・営業支出のEUタクソノミー適合割合です。これが条件です。
さらに見落とされがちなのがサプライチェーン経由の影響です。直接EUと取引していない中堅・中小企業でも、大手取引先がEUタクソノミー基準への対応を仕入先に求めてくるケースが増えています。サプライチェーンのどこか一箇所でも基準を満たさなければ、大手企業全体の評価に影響を与えるためです。これは痛いですね。
また、日本国内では2022年6月から東証プライム市場の上場企業を対象にTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に沿った情報開示が開始されており、EUタクソノミーが示す方向性と連動しています。2021年の国内グリーンボンド発行額が1.8兆円を突破したことも、こうした流れを象徴しています。
EUタクソノミーへの準拠状況を把握・管理するためのツールとしては、ESG情報管理ソフトウェアや、GHG排出量の計算・開示支援サービスが国内外で普及し始めています。自社のサプライチェーン全体のCO2排出量(スコープ3)を把握するところから始めると、対応のロードマップが見えやすくなります。
参考情報:PwCによるEUタクソノミーの最新動向と報告義務対象企業の拡大について詳しく解説されています。
PwC Japan「報告義務の対象が拡大――EUタクソノミー最新動向」
2026年以降のEUタクソノミーは、大きな変革期を迎えています。これまで「煩雑すぎる」「負担が重い」として企業から不満の声が上がっていた報告制度が、2025年7月に欧州委員会が採択した「オムニバスI」パッケージによって大幅に簡素化されることになりました。
具体的には、報告テンプレートのデータポイントが約70%削減され、金融機関については銀行のグリーン資産比率(GAR)の報告方法も見直されます。また、年間純売上高が4億5000万ユーロ未満の中堅企業については、EUタクソノミー適合率の報告が任意扱いになるという大きな変更も盛り込まれています。つまり、これまで義務的に求められていた膨大な開示項目が、財務的に重要な活動に絞り込まれる方向に転換しています。
新ルールは2026年1月1日から適用され、2025会計年度の財務報告に反映されます。この改正によって企業の年間負担コストは約44億ユーロ削減されると試算されており、うちタクソノミー報告範囲の縮小だけで約8億ユーロの削減効果があるとされています。これは使えそうです。
ただし、気候・環境目標の「核心」部分は維持される方針です。開示量を絞り込む一方で、本当にサステナブルかどうかの基準自体は引き下げない、というのがEUの立場です。また、EUタクソノミーの基準は少なくとも3年ごとに見直されることが規則で定められており、トランジション活動の基準値はカーボンニュートラルに向けて段階的に厳格化されていきます。
並行して注目されているのが「ソーシャルタクソノミー」の動きです。現在のEUタクソノミーは環境面の分類が中心ですが、社会面(雇用・格差・人権など)にも同様の分類基準を設けようという議論が欧州委員会の諮問機関PSFを中心に進んでいます。実現すれば、投資の「社会的持続可能性」も数値で評価される時代が来ます。
また、EUタクソノミーの影響を受けて、カナダ・英国・日本でも独自のタクソノミー(持続可能な経済活動の分類基準)を整備する動きが活発化しています。グローバルに共通の「グリーンの定義」が標準化される方向は、今後10年をかけて進んでいく大きな流れです。
金融に関心のある人にとって、この動向を定期的にウォッチすることは、投資判断の精度を高めるうえで実践的な価値があります。EUの公式情報を定期的に発信しているJETRO(日本貿易振興機構)やPwC Japanのレポートを活用するのが効率的な方法の一つです。
参考情報:EUタクソノミーの2025〜2026年の簡素化動向について整理されたJETROによる資料です。
JETRO「EU炭素国境調整メカニズム(CBAM)の簡素化規則の解説(2026年)」
参考情報:EUタクソノミーとCSRD・SFDRの関係性と、金融機関への開示義務の詳細が確認できます。
BlueDot Green「EUタクソノミーとは?日本企業への影響や、CSRD・SFDRとの関係」