

薬との因果関係が「ない」有害事象も、インシデントレポートに必ず書かなければ法的問題になることがあります。
有害事象(Adverse Event:AE)は、ICH E2Aガイドラインにおいて「医薬品を投与された患者または臨床試験被験者に生じたあらゆる好ましくない医療上の出来事であり、当該医薬品との因果関係の有無は問わない」と定義されています。 つまり、薬を飲んだ後に骨折しても、地震で転倒してケガをしても、「薬を使っている間に起きた悪い出来事」であれば、すべて有害事象として記録の対象になります。 minpapi(https://minpapi.jp/side-effect-adverse-event-side-reaction/)
因果関係は問わない、が原則です。
一方、副作用(Adverse Drug Reaction:ADR)は「有害事象のうち、当該医薬品との因果関係が否定できないもの」を指します。 副作用は有害事象の部分集合であり、「因果関係が否定できない」という絞り込みが加わった概念です。この絞り込みを担うのが医師による因果関係の評価です。 jga.gr(https://www.jga.gr.jp/jgapedia/column/_19351.html)
図で表すと、有害事象という大きな円の中に副作用という小さな円が含まれるイメージです。大きい概念が有害事象、小さい概念が副作用という位置づけです。 best-biostatistics(https://best-biostatistics.com/summary/ae-adr.html)
| 用語 | 因果関係 | 対象範囲 | 主な使用場面 |
|---|---|---|---|
| 有害事象(AE) | 問わない | 薬使用後のあらゆる好ましくない出来事 | 治験・臨床研究の記録・報告全般 |
| 副作用(ADR) | 否定できないもの | 有害事象のうち因果関係があるもの | 市販後安全性報告・添付文書記載 |
| 副反応 | 否定できないもの | ワクチン接種後に生じた有害事象 | 予防接種の安全性評価 |
参考:有害事象・副作用・副反応の定義の詳細については、東京大学のわかりやすい解説をご覧ください。
東京大学 未来ビジョン研究センター:有害事象、副作用、合併症、重篤の解説
副作用かどうかの判断は、「因果関係が否定できるか、否定できないか」という二択で行われます。 医師が「この症状は薬と無関係だ」と明確に断言できなければ、その事象は副作用として扱われます。これは患者保護の観点から「疑わしきは副作用とみなす」という原則に基づいています。 czeek(https://czeek.com/jissen/definition/)
判断は医師が行うのが基本です。
ICH E2Aガイドラインでは、因果関係評価の際に「合理的な因果関係の可能性(reasonable causal relationship)」があるかどうかを確認するよう求めています。 「可能性がゼロとは言えない」という水準でも副作用として記録・報告する必要があるため、実務上は広めに捉えることが安全です。 pmda.go(https://www.pmda.go.jp/files/000156940.pdf)
具体的な場面で考えてみましょう。降圧薬を服用中の患者が転倒した場合、「薬による低血圧が原因で転倒した可能性がある」と否定できなければ副作用です。一方、「自宅の段差につまずいた」と明確にわかる場合でも、それは有害事象として記録します。 つまり、因果関係がないことが確実な場合でも、有害事象としての記録義務は残ります。 jshp.or(https://www.jshp.or.jp/information/preavoid/50-9.pdf)
治験中に発生した有害事象は、すべて記録・報告する義務があります。 これが「副作用に見えないから書かなくていい」という判断を誤りにする理由です。治験実施計画書や倫理指針では、因果関係の有無にかかわらず、有害事象の全件記録を求めているケースがほとんどです。 jcog(https://jcog.jp/assets/A_020_0010_16_old.pdf)
記録の漏れが試験の信頼性を損なう可能性があります。重大な問題ですね。
特に重要なのが「重篤な有害事象(Serious Adverse Event:SAE)」の概念です。重篤な有害事象とは、死亡・生命を脅かす状態・入院または入院期間の延長・永続的な障害・先天異常などを引き起こした事象を指し、副作用との因果関係の有無を問わず、緊急に規制当局へ報告しなければなりません。 報告期限は事象発生を知った日から原則7日または15日と規定されており、これを怠ると治験の中断や許認可への影響が生じることがあります。 pmda.go(https://www.pmda.go.jp/files/000156940.pdf)
📋 重篤な有害事象(SAE)に該当する主な基準。
参考:JCOGの安全性情報取扱いガイドラインは、臨床研究における有害事象の定義と報告基準を詳細に解説しています。
「有害事象」という言葉の正確な認知率は一般市民の調査で10.7%にとどまり、多くの人が「薬との因果関係がはっきりした害」と誤解していることが東京大学の調査で明らかになっています。 これは一般市民の話ですが、医療の現場でもこの混同は珍しくありません。意外ですね。 ez2understand.ifi.u-tokyo.ac(https://ez2understand.ifi.u-tokyo.ac.jp/terms/terms_12/)
臨床現場で起きやすい具体的な誤りとして、次のようなケースがあります。 ez2understand.ifi.u-tokyo.ac(https://ez2understand.ifi.u-tokyo.ac.jp/terms/terms_12/)
報告漏れは後から大きな問題に発展します。
製薬企業が作成する報告用紙の表題も、かつては「副作用報告用紙」でしたが、現在では「有害事象報告用紙」に変更されているケースがほとんどです。 この変化自体が、「副作用だけでなくすべての有害事象を報告せよ」という国際的な安全性基準の変遷を反映しています。現場での言葉の使い方も、時代とともに更新されています。 cont.o.oo7(https://cont.o.oo7.jp/39_3/p613-36.pdf)
医療従事者の中には「有害事象が少ないほど良い治療」と考えている方もいるかもしれません。これは部分的には正しいですが、治験・臨床研究の文脈では注意が必要です。
有害事象の件数が少なすぎる試験データは、むしろ信頼性を疑われます。これが盲点です。
有害事象は「因果関係を問わないすべての好ましくない出来事」を指すため、どんなに安全な薬を試験しても、被験者の日常生活で発生する偶発的な体調不良(風邪・外傷など)が一定数記録されるはずです。 それが極端に少ない場合、記録の網羅性や試験の適切な実施自体に疑問が生じます。規制当局の審査でもこの観点は重視されています。 minpapi(https://minpapi.jp/side-effect-adverse-event-side-reaction/)
例数と件数の使い分けも重要な実務知識です。 「例数」は有害事象が発現した被験者の人数を、「件数」は同一被験者で繰り返し起きた発現の回数を指します。たとえば被験者Aに頭痛が3回起きた場合、例数は1、件数は3となります。この違いを混同したまま論文や報告書に記載すると、試験結果の解釈を誤らせる可能性があります。 best-biostatistics(https://best-biostatistics.com/summary/number_of.html)
参考:例数と件数の使い分けについては、以下の解説が詳しいです。
有害事象・副作用報告で使われる例数と件数の違い(Best-biostatistics)
患者へのインフォームドコンセント(IC)において、有害事象と副作用の違いを正確に伝えることは、患者の自律的な意思決定を支援するうえで不可欠です。 ただし、専門用語をそのまま使うと理解の妨げになるため、言い換えの工夫が求められます。 ez2understand.ifi.u-tokyo.ac(https://ez2understand.ifi.u-tokyo.ac.jp/terms/terms_12/)
説明のわかりやすさが同意の質を左右します。
たとえば「有害事象」を患者に説明する際は、「この薬を使っている間に起こった、体の不具合はすべてお知らせください。薬が原因かどうかわからないものも含めて教えていただく必要があります」という表現が実用的です。 「副作用」については「薬が原因と考えられる体への影響」と言い換えるとスムーズです。 ez2understand.ifi.u-tokyo.ac(https://ez2understand.ifi.u-tokyo.ac.jp/terms/terms_12/)
また、「有害事象がある=薬として失敗作」という誤解が一般市民の21.8%に存在するというデータもあります。 ICの場では、この誤解を丁寧に解消することが患者の不必要な不安を取り除くことにもつながります。「有害事象の報告は安全のためのルールであり、薬の欠陥を意味するわけではありません」という一言を添えるだけで、患者の受け取り方が大きく変わります。 ez2understand.ifi.u-tokyo.ac(https://ez2understand.ifi.u-tokyo.ac.jp/terms/terms_12/)
参考:PMDAが公開している副作用報告の定義・実務ガイドは、市販後安全性情報の取り扱いの基準です。
PMDA:承認後の安全性情報の取扱いに関する用語の定義(PDF)