ユージン・ファーマと効率的市場仮説の理論と実証分析

ユージン・ファーマと効率的市場仮説の理論と実証分析

ユージン・ファーマと効率的市場仮説

効率的市場仮説の基本
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仮説の定義

市場は常に利用可能なすべての情報を価格に反映するため、超過リターンを得ることは困難

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3つの効率性

ウィーク型、セミストロング型、ストロング型の3段階で市場効率性を分類

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ノーベル賞受賞

ファーマ教授は2013年にこの理論でノーベル経済学賞を受賞

ユージン・ファーマの経歴と効率的市場仮説の誕生

ユージン・ファーマは、シカゴ大学ブース・スクール・オブ・ビジネスの教授として知られる金融経済学者です。彼は1960年代初頭、大学院生時代に株価予測の困難さに直面していました。学費を稼ぐために銘柄推奨のレポート作成のアルバイトをしていたファーマは、どんなに優れた分析手法を考案しても市場では通用しないという挫折を経験しました。

 

この経験から、「市場は本当に予測可能なのか?」という根本的な疑問を抱いたファーマは、1960年代から70年代にかけて効率的市場仮説(Efficient Market Hypothesis、EMH)を提唱しました。この仮説は、現時点での株式市場における株価には、利用可能なすべての情報が直ちに織り込まれるため、超過リターン(投資家が取っているリスクに見合うリターンを超えるリターン)を得ることはできず、株価の予測も不可能であるというものです。

 

ファーマの研究は単なる理論に留まらず、実際のデータを分析して効率的市場仮説を裏付ける実証研究を1970年に発表しました。この業績により、彼は2013年にノーベル経済学賞を受賞しています。

 

ユージン・ファーマによる効率的市場仮説の3つの類型

効率的市場仮説において、ファーマは市場の効率性を3つの段階に分類しました。

  1. ウィーク型効率性(弱い効率性)
    • 現在の株価には過去に公開された取引価格がすべて反映されている
    • この場合、過去の価格パターンを分析するテクニカル分析は有効性を持たない
    • 比較的感覚に沿った仮説であり、市場で日々刻々と取引される株式の価格が反映されるのは当然と考えられる
  2. セミストロング型効率性(半強形の効率性)
    • 過去の価格情報に加えて、過去に公開された財務情報もすべて価格に反映されている
    • この場合、企業の財務諸表などの公開情報を分析するファンダメンタルズ分析も意味をなさない
    • 注目度の低い銘柄では財務情報が価格に反映されずに放置されることもあるため、やや現実との乖離がある
  3. ストロング型効率性(強い効率性)
    • 過去の価格情報、公開情報に加えて、内部者しか知らないインサイダー情報までもが価格に反映されている
    • 最も強い仮定であり、現実的には成立しにくい
    • もしこれが証明されると、インサイダー情報が漏れていることになり、株式市場の信頼性が損なわれる

ファーマ自身の実証研究によれば、ウィーク型とセミストロング型については反論の余地がなく、ストロング型でもわずかな例外しか見つからなかったとされています。

 

ユージン・ファーマの効率的市場仮説とランダムウォーク理論の関係

効率的市場仮説は、ランダムウォーク理論と密接に関連しています。ランダムウォーク理論とは、株価の動きが予測不可能でランダムに変動するという考え方です。

 

効率的市場仮説によれば、市場が効率的であれば、株価は常に利用可能なすべての情報を反映しているため、次に株価が変動するのは誰も知りえなかった新しい情報が生まれたときだけとなります。その新しい情報が株価を上昇させるものか下落させるものかは前もって分からないため、上がるか下がるかは五分五分です。

 

ポール・サミュエルソンは「適切に予測された価格はランダムに振舞うことの証明」という論文で、効率的な市場では価格がランダムに変動することを証明しました。これは、水分子の熱運動が花粉微粒子にランダムな動きを与えると説明したアインシュタインの理論と同様に、金融市場における価格変動のメカニズムを説明しようとしたものです。

 

しかし、市場が効率的であることと、相場変動がランダムで予測不能であることは完全にイコールではありません。例えば、すべての投資家がテクニカル分析もファンダメンタルズ分析も一切行わずにサイコロを振って投資していると仮定すると、市場価格には何の情報も織り込まれませんが、ランダムに変動するので誰にも予測はできません。

 

ユージン・ファーマの効率的市場仮説に対する批判と限界

効率的市場仮説は金融理論の基盤となる重要な概念ですが、完全に受け入れられているわけではありません。いくつかの批判や限界が指摘されています。

  1. 実証的な反証
    • 実証的分析は効率的市場仮説の問題点を継続的に発見している
    • 例えば、バリュー株効果(業績に対して価格の低い株式は他の株式より利益が高くなる)などの市場の異常性が観測されている
  2. 行動経済学からの批判
    • 認知バイアスが市場の非効率性を引き起こすという新しい学説が提唱されている
    • 投資家が割安株よりも割高な成長株を購入するなど、非合理的な行動をとることがある
  3. 「仮説」であることの意味
    • 効率的市場仮説は日本語でも英語でも「仮説」(hypothesis)となっており、まだ完全に証明されていない
    • 賢い人たちが何百人と集まっても、50年以上完全に証明できていない理論である
  4. 感情による市場変動
    • 「株価は感情で動く」という対立仮説も存在する
    • この考え方は行動経済学として研究されており、プロの投資家の多くは市場の感情的な歪みを利用して利益を得ている
  5. AI取引の影響
    • 今後AIによる取引が発展していくと、感情が入る余地がなくなり、効率的市場仮説に近づく可能性がある

効率的市場仮説は「市場は常に完全に効率的である」と主張しているわけではなく、「市場には効率的に情報を織り込む機能が備わっている」ことを示しているに過ぎません。

 

ユージン・ファーマの効率的市場仮説が投資戦略に与える影響

効率的市場仮説が正しいとすれば、投資家にとって重要な意味を持ちます。特に投資戦略に与える影響は大きいと言えるでしょう。

  1. アクティブ運用の限界
    • 市場が効率的であれば、アクティブ運用(積極的に銘柄を選別して市場平均を上回るリターンを目指す運用)は長期的には市場平均を上回ることが難しい
    • 特にウィーク型とセミストロング型の効率性が成り立つ場合、テクニカル分析やファンダメンタルズ分析による超過リターンの獲得は困難になる
  2. パッシブ運用の合理性
    • 効率的市場仮説はインデックス投資(市場全体に連動する投資)の理論的根拠となる
    • 市場を上回ることが難しいなら、低コストで市場全体に投資するパッシブ運用が合理的な選択となる
  3. 投資教育への影響
    • 「確実に儲かる有利な投資法など存在しない」という考え方が広まり、投資家教育の方向性に影響を与えている
    • リスク分散や長期投資の重要性が強調されるようになった
  4. 市場の効率性を高める循環
    • 皮肉なことに、効率的市場仮説を信じる投資家が増えると、市場分析に力を入れる人が減り、市場の効率性が低下する可能性がある
    • 逆に、市場の非効率性を探る投資家が増えると、その活動によって市場はより効率的になる
  5. 新たな投資アプローチの発展
    • 効率的市場仮説への批判から、行動ファイナンスやクオンツ投資など新たな投資アプローチが発展した
    • これらのアプローチは、市場の非効率性や異常性を特定し、利益を得ることを目指している

効率的市場仮説は完全に証明されたわけではありませんが、投資家が市場と向き合う際の重要な視点を提供しています。市場の効率性を過信せず、かといって完全に否定もせず、バランスの取れた投資判断をすることが重要でしょう。

 

実際の投資においては、市場の効率性の程度は時期や市場セグメントによって異なる可能性があります。例えば、大型株市場は小型株市場よりも効率的かもしれませんし、危機時には市場の効率性が低下することもあります。投資家はこうした市場の特性を理解した上で、自分に合った投資戦略を選択することが大切です。