
ウルフパック(Wolf pack)という用語の語源は、狼の群れが獲物を狩る際の戦術にあります。野生の狼は通常「パック」と呼ばれる結束の固い群れを作り、仲間で協力しながら狩りを行います。
狼の狩りでは、先頭の1匹が獲物を追い詰めて加速し、残りの狼が左右から追い込むことで、獲物の方向転換を封じ込める戦術を使います。この巧妙な連携プレーこそが、金融市場におけるウルフパック戦略の名前の由来となっています。
第二次世界大戦時には、ドイツ海軍やアメリカ海軍が複数の潜水艦で敵船を攻撃する「群狼作戦(ウルフパック)」を展開していました。暗闇から突然現れ、同じ獲物に向かって不意打ちで襲いかかる狼の群れの戦術が、軍事作戦にも応用されていたのです。
ウルフパック戦術とは、複数の株主がひそかに協調して株式の買い集めを行い、時期を見て一斉に対象企業に攻勢をかける投資戦術のことを指します。この戦術の核心は、日本の大量保有報告制度の隙間を突いたところにあります。
日本では、上場企業の発行済み株式数の5%超の株式を保有した場合、大量保有報告書を5日以内に提出する義務があります。しかし、個々の株主が対象企業の株券等保有割合を5%未満にとどめた場合、ウルフパック戦術を用いても大量保有報告制度の適用は受けません。
金融商品取引法第27条の23の5項では、共同して株券を取得、譲渡、そして議決権行使をする場合は共同保有者とすると定めています。共同保有分が5%超となれば報告書の提出義務が生じるため、意図的に共同保有関係を隠蔽することは違法行為にあたります。
近年、日本の株式市場でもウルフパック戦術の事例が報告されています。2022年には任天堂創業家の資産運用会社が東洋建設の株式を大量取得した際、当初素性が分からず株式市場が騒然となりました。
また、仕手筋とも外国資本とも言われるリ・ジェネレーションがナガホリに対し市場内で株式を買い集め、買収防衛策の導入を決議する事態も発生しています。2024年には、クシムへの株主提案でウルフパック戦略が問題視され、経済安全保障の議論が再燃しました。
クシムの事例では、複数の関係者が直接・間接的にクシム株式を保有し、その合計が5%を上回っている可能性が指摘されました。このような手法は非合法なウルフパック戦略として、中国資本グループによく使用される手段であり、日本の金融商品取引法における量刑の軽さを利用して意図的に違法行為を行っているとの指摘もあります。
ウルフパック戦術では、「トータル・リターン・スワップ」というデリバティブ契約が活用されることがあります。この仕組みでは、ヘッジファンドが投資銀行と特殊な契約を結びます。
具体的には、投資銀行がヘッジファンドに代わって標的企業の株式を購入し、株価上昇時の利益は投資銀行からヘッジファンドに支払われ、株価下落時の損失はヘッジファンドが負担します。この契約により、ヘッジファンドは実質的に株式を保有しているのと同じ経済的効果を得ながら、表面上は株式を直接保有していないように見せかけることができます。
この手法を使うことで、大量保有報告義務をかいくぐり、狙い時を定めて突如として大株主として登場し、対象企業を恐怖に陥れることが可能になります。まさに暗闇から突然現れる狼の群れのような戦術といえるでしょう。
ウルフパック戦術に対する規制は、現在のところ十分とは言えない状況です。協調関係の有無を立証するのは困難で、関係者も頭を悩ませています。大量保有報告制度には違反すれば5年以下の懲役か500万円以下の罰金、その両方という罰則規定がありますが、実効性には疑問が残ります。
2008年からは、対象銘柄の時価総額の10万分の1の額の課徴金制度も創設されていますが、「ルールを逸脱しても、得られるリターンがペナルティを上回るなら躊躇しない」という価値観を持つ勢力には十分な抑止力となっていません。
地経学的なリスクが高まる中で、外国からの投資に対する審査・規制を行うアメリカのCFIUS(米国外国投資委員会)のような仕組みが日本でも求められています。日本版CFIUSの確立が議論される中、ウルフパック戦術は経済安全保障の観点からも重要な問題として注目されています。
企業側の対策としては、買収防衛策の導入が考えられますが、最高裁では経営陣による過度な防衛策は認められないとの判断が示されており、バランスの取れた対応が求められています。
このように、ウルフパック戦術は狼の群れのような協調戦術として、金融市場において複雑な問題を提起し続けています。投資家にとっては、この戦術の存在とリスクを理解した上で、適切な投資判断を行うことが重要となります。