棚卸資産取引移転価格の適正算定方法と独立企業間価格比較

棚卸資産取引移転価格の適正算定方法と独立企業間価格比較

棚卸資産取引における移転価格税制の適正算定

棚卸資産取引の移転価格税制対応ポイント
📊
基本三法による価格算定

独立価格比準法、再販売価格基準法、原価基準法による適正価格算定

⚖️
独立企業間価格の比較

第三者との取引価格との比較による適正性の検証

🛡️
税務リスクの回避

ローカルファイル作成と文書化による税務調査対策

棚卸資産取引の移転価格税制基本概念と課税リスク

棚卸資産取引における移転価格税制は、国外関連者との間で行われる商品・製品の売買において、第三者との取引価格(独立企業間価格)との乖離を防ぎ、税務当局から課税指摘を受けるリスクを回避することを目的としています。
棚卸資産とは、企業会計原則上、以下のような財貨を指します。

  • 通常の営業過程において販売する財貨又は用益
  • 販売を目的として現に製造中の財貨又は用益
  • 販売目的の財貨又は用益を生産するために短期間に消費されるべき財貨
  • 販売活動及び一般管理活動において短期間に消費されるべき財貨

具体例として、商品(販売の目的をもって所有する土地・建物等の不動産を含む)、製品・副産物・作業くず、半製品(自製部分品を含む)、原料及び材料(購入部分品を含む)、仕掛品及び半成工事などが含まれます。
在庫の物理的なボリュームによって、国内法人と国外関連者間の取引規模も大きくなるケースが珍しくなく、移転価格の指摘を受けた場合、高額の追徴税額になることが考えられるため、十分な注意が必要です。
製造業や商社といった業種では、棚卸資産取引の課税に関するトラブル回避対策の一環として、ローカルファイル作成が大きな意味を持つといえるでしょう。

棚卸資産取引における独立企業間価格算定の基本三法

移転価格税制では、棚卸資産の売買取引における独立企業間価格の算定について、租税特別措置法第66条の4第2項第1号に規定されています。独立企業間価格の算定方法には、優先順位が付けられておらず、国外関連取引の内容及び国外関連取引の当事者が果たす機能その他の事情を勘案して、最も適切な方法を採用することが求められています。
独立価格比準法(CUP法)
独立価格比準法は、基本三法のひとつで、Comparable Uncontrolled Price methodの英語表記からCUP法とも呼ばれます。同種の棚卸資産の取引額をもとに独立企業間価格を算定する方法です。
すでに第三者との間で取引がある商品または製品について、国外関連者向けにも同じ契約条件で販売する場合に有効な方法となります。第三者との間で行われている取引価格を基準としているため、比較可能性の厳密さが高いとされる方法です。
再販売価格基準法(RP法)
再販売価格基準法は、英語表記のResale Price methodから、RP法とも呼ばれる算定方法で、基本三法のひとつに位置付けられています。第三者に販売する場合の売上高から、適正な利益額を検証して独立企業間価格を算定する方法です。
国外関連取引に係る棚卸資産の買手が非関連者に対して当該棚卸資産を販売した対価の額(再販売価格)から、その再販売価格に比較対象取引の売上高営業利益率を乗じて計算した金額と買手が販売に要した販売費及び一般管理費を控除した金額を独立企業間価格とする方法です。
原価基準法(CP法)
原価基準法は、Cost Plus Methodの英語表記からCP法と呼ばれ、基本三法のひとつです。国外関連取引に係る棚卸資産の売手の購入・製造その他の行為による取得原価の額と売手が販売に要した販売費及び一般管理費との合計額(法人の総費用の額)に、比較対象取引に係る棚卸資産の販売に係る営業利益の額を加算して独立企業間価格を算定する方法です。

棚卸資産取引における利益法と取引単位営業利益法の活用

基本三法以外にも、利益法として利益分割法と取引単位営業利益法(TNMM)があります。

 

利益分割法(PS法)
利益分割法は、英語表記のProfit Split MethodからPS法と呼ばれ、国外関連取引により法人及び国外関連者に生じる所得の合算額を、一定の基準により法人及び国外関連者に配分することにより独立企業間価格を算定する方法です。
利益分割法には以下の3つの方法が規定されています。

  • 比較利益分割法:国外関連取引に係る棚卸資産と同種又は類似の棚卸資産の非関連者による販売等に係る所得の配分に関する割合に応じて計算する方法
  • 寄与度利益分割法:所得の発生に寄与した程度を推測するに足りる費用の額、使用した固定資産の価額その他の要因に応じて計算する方法
  • 残余利益分割法:基本的な機能に対する対価を控除した残余利益を分割する方法

取引単位営業利益法(TNMM)
取引単位営業利益法は、英語表記のTransactional Net Margin MethodからTNMMと呼ばれ、主に比較対象企業の営業利益率(売上高営業利益率、総費用営業利益率等)と比較する方法です。
実務では最も利用されている算定方法で、国外関連取引にかかる棚卸資産等の買手(購入者側)が果たした機能の価値が、売上との間に関係があると認められる場合に適用されます。例えば、再販売会社を検証する場合などに有効です。

棚卸資産取引における実務上の注意点とローカルファイル対応

移転価格税制への対応において、棚卸資産取引では特に以下の点に注意が必要です。

 

比較対象企業の選定
再販売価格基準法やTNMMを適用する際は、比較対象となる取引(会社)を選定する必要があります。比較対象が有価証券報告書などの豊富な資料があり、かつ類似性の高い取引である場合に有効な算定方法です。
誤った利益率を使用してしまうと利益移転が認定され、多額の追徴課税リスクにつながるおそれがあります。適正な利益率を設定するには、地域ごとの市場状況や競争環境を踏まえたうえで、詳細な市場データの収集と綿密な分析作業が求められます。
国外関連取引とみなされるケース
国内法人と海外子会社との直接取引ではなく、間に第三者を介した取引であっても、租税特別措置法第66条の4第5項において一定の場合に「国外関連取引とみなす」と規定されています。これは販売だけでなく譲渡や貸付などの方法も含めて移転や提供が行われる場合も同様とされます。
ローカルファイルの作成義務
国税庁は、独立企業間価格を算定するために必要と認められる書類(ローカルファイル)の作成を義務付けています。取引の内容とは、取引の対象(棚卸資産の種類、役務の内容等)や国外関連取引と密接に関連する他の取引の有無及び当該取引の内容などが含まれます。

棚卸資産取引における独自視点:デジタル化時代の価値評価手法

従来の棚卸資産取引の価格算定では、物理的な商品や製品の市場価格を基準とした比較が中心でしたが、デジタル化の進展により新たな課題が生じています。

 

データ付加価値の考慮
現代の棚卸資産取引では、単純な商品売買だけでなく、商品に付随するデータや顧客情報の価値も重要になっています。例えば、IoT機器を内蔵した製品の場合、製品自体の価格に加えて、収集されるデータの価値をどう評価するかが新たな論点となっています。

 

サプライチェーン全体での価値配分
グローバルなサプライチェーンにおいて、各段階での付加価値をどう評価し、適正な利益配分を行うかも重要な視点です。従来の製造・販売という単純な構造から、研究開発、製造、物流、マーケティング、アフターサービスまでを含む複雑な価値創造プロセスにおける適正な価格設定が求められています。

 

ESG要素の価格への反映
環境・社会・ガバナンス(ESG)要素が企業価値評価において重要性を増す中、棚卸資産取引においてもこれらの要素を考慮した価格設定が必要となる可能性があります。例えば、環境負荷の低い製品や、社会的責任を果たした製造プロセスによる商品には、プレミアムが付く場合があり、これらを独立企業間価格の算定において適切に反映することが求められるでしょう。

 

リアルタイム価格調整メカニズム
デジタル技術の発達により、市場価格の変動に応じたリアルタイムでの価格調整が可能になっています。従来の年次ベースでの価格設定から、より頻繁な価格見直しを行う企業が増えており、移転価格税制の観点からも、このような動的な価格設定メカニズムをどう評価するかが重要な課題となっています。

 

移転価格の算定においては、こうした新しい価値創造の仕組みを適切に理解し、独立企業間価格の算定に反映させることが、今後ますます重要になってくると考えられます。企業は、従来の基本三法や利益法に加えて、これらの新しい要素を考慮した包括的な移転価格戦略を構築していく必要があるでしょう。