相続成年後見人の役割と遺産分割協議の注意点

相続成年後見人の役割と遺産分割協議の注意点

相続成年後見人の基本知識

相続成年後見人制度の概要
⚖️
法的役割と権限

判断能力を失った相続人の代理として遺産分割協議に参加し、法定相続分以上を確保する義務を負います

👨‍⚖️
選任プロセス

家庭裁判所が本人の状況を総合的に判断し、親族または専門職から適任者を選任します

💰
費用と継続性

専門職後見人の場合は月額2-6万円の報酬が発生し、一度選任されると原則として解任できません

相続における成年後見人の必要性

相続手続きにおいて、相続人の中に認知症や判断能力が低下した方がいる場合、成年後見人の選任は法的に必須となります。遺産分割協議は法律行為であり、判断能力を欠く相続人は単独では有効な意思表示ができないためです。

 

成年後見人が必要となる具体的なケース:

  • 認知症により判断能力が著しく低下した相続人がいる場合
  • 知的障害や精神障害により意思能力を欠く相続人がいる場合
  • 相続人が植物状態など意識不明の状態にある場合
  • 高次脳機能障害により判断能力が低下した相続人がいる場合

2024年4月から相続登記が義務化されたことにより、これまで相続手続きを断念していた家族も、成年後見制度の利用を検討せざるを得ない状況となっています。遺言書がない限り、判断能力を失った相続人がいる場合の相続手続きは実質的に不可能となるためです。

 

成年後見制度には「後見」「保佐」「補助」の3つの類型があり、本人の判断能力の程度に応じて適用される制度が決まります。相続においては、成年後見人が最も包括的な代理権を持つため、遺産分割協議への参加が可能となります。

 

相続成年後見人の選任プロセス

成年後見人の選任は家庭裁判所が行い、申立人が希望する候補者が必ずしも選任されるとは限りません。近年の家庭裁判所の運用では、親族よりも司法書士や弁護士などの専門職を後見人に選任する傾向が強くなっています。

 

選任の判断基準:

  • 本人の財産状況(流動性資産1200万円以上の場合は専門職後見人が選任される傾向)
  • 親族間の関係性や利害対立の有無
  • 候補者の年齢や健康状態
  • 後見業務を適切に行える能力と経験

家庭裁判所への申立てに必要な書類には、本人の戸籍謄本住民票、診断書、財産目録などがあります。診断書は専門医でなくても、かかりつけ医による作成で問題ありません。申立てから選任まで通常2~3か月程度の期間を要します。

 

選任後、成年後見人は速やかに本人の財産調査を行い、財産目録と収支予定表を作成して家庭裁判所に提出する義務があります。金融機関への後見届の提出や、登記事項証明書の取得なども必要な手続きとなります。

 

後見制度支援信託の導入:
財産が一定額以上ある場合、後見制度支援信託の利用が検討されます。これは後見人による財産の不正使用を防止するため、日常的に使用しない金銭を信託銀行に預ける制度です。信託財産の払戻しには家庭裁判所の指示書が必要となるため、後見人の独断では引き出せません。

 

相続成年後見人による遺産分割協議の進め方

成年後見人が遺産分割協議に参加する場合、最も重要なポイントは被後見人の法定相続分以上を確保する義務があることです。これは成年後見人に課せられた善管注意義務の一環として、被後見人の不利益となる協議内容に同意することは原則として認められません。

 

遺産分割協議における成年後見人の役割:

  • 被後見人の代理として協議に参加(裁判所の許可は不要)
  • 法定相続分以上の財産取得を目指した交渉
  • 被後見人の生活状況に応じた適切な財産の選択
  • 必要に応じた相続放棄や遺留分侵害額請求の判断

利益相反が生じる場合の特別な対応も重要です。成年後見人自身が他の相続人である場合や、一人の専門職が複数の相続人の後見人を務める場合は、家庭裁判所に特別代理人の選任を申し立てる必要があります。

 

債務超過の相続における判断:
被相続人の財産より債務が多い場合、成年後見人は通常、相続放棄の申述を行います。これは被後見人の財産を保護するための重要な判断となります。相続放棄は相続開始を知った時から3か月以内に行う必要があるため、迅速な財産調査と判断が求められます。

 

遺言書がある場合でも、被後見人の遺留分が侵害されている場合は、成年後見人が遺留分侵害額請求権を行使することが一般的です。これも被後見人の利益を守るための必要な措置となります。

 

相続成年後見人の報酬と費用負担

成年後見人の報酬は、親族が後見人の場合と専門職が後見人の場合で大きく異なります。親族後見人の場合は無報酬が一般的ですが、専門職後見人の場合は月額2万円から6万円程度の報酬が本人の財産から支払われます。

 

報酬決定の仕組み:

  • 家庭裁判所が後見人の業務内容と本人の財産状況を考慮して決定
  • 基本報酬:月額2万円程度
  • 付加報酬:特別な業務(不動産売却、遺産分割等)を行った場合に加算
  • 財産額が高額な場合は報酬も高くなる傾向

成年後見制度の利用には、報酬以外にも様々な費用が発生します。申立費用として印紙代や郵券代で約1万円、鑑定費用が必要な場合は5~10万円程度の追加費用がかかります。

 

継続的な費用負担の問題:
成年後見制度の最大の問題は、一度開始すると本人の判断能力が回復するか死亡するまで継続し、その間ずっと報酬を支払い続ける必要があることです。相続手続きのためだけに成年後見制度を利用した場合でも、手続き完了後に制度を終了することはできません。

 

年間24万円から72万円程度の報酬を長期間支払うことになるため、相続財産の額によっては経済的な負担が大きくなります。特に相続財産が少額の場合、報酬によって本人の財産が大幅に減少してしまう可能性があります。

 

任意後見監督人についても、家庭裁判所が決定する報酬が発生するため、任意後見契約を利用する場合も費用面での検討が必要です。

 

相続成年後見人制度の今後の展望と対策

現在、法務省では成年後見制度の見直しが検討されており、「中間試案」が公表されています。この見直しの背景には、相続手続きのためだけに成年後見制度を利用することの負担の大きさがあります。

 

制度見直しの主なポイント:

  • 特定目的に限定した後見制度の創設検討
  • 相続手続き完了後の制度終了を可能にする仕組み
  • より柔軟な財産管理制度の導入
  • 家族信託等の代替手段の活用促進

現行制度下での対策として、以下のような方法が考えられます。
事前対策:

  • 家族信託の活用による財産管理の事前準備
  • 任意後見契約の締結(判断能力があるうちに)
  • 遺言書の作成による遺産分割協議の回避
  • 生前贈与による相続財産の減額

やむを得ず成年後見制度を利用する場合:

  • 親族後見人の選任を目指すための準備
  • 後見制度支援信託の回避に向けた財産整理
  • 専門職後見人とのコミュニケーション重視
  • 定期的な報告書作成への協力

家族信託制度は、認知症対策として注目を集めている新しい財産管理手段です。信託契約により、財産の所有者(委託者)が信頼できる家族(受託者)に財産管理を委託することで、成年後見制度を利用せずに財産管理が可能になります。

 

今後の相続対策における重要な視点:
認知症の高齢者が増加する中、相続における成年後見制度の利用は今後も増え続けると予想されます。しかし、制度の硬直性や費用負担の問題から、事前の対策がますます重要になっています。

 

特に相続登記義務化により、これまで放置されていた相続案件も対応が必要となるため、早期の制度理解と適切な対策が求められています。専門家との相談を通じて、各家庭の状況に応じた最適な解決策を見つけることが重要です。

 

成年後見制度は被後見人の権利を守る重要な制度である一方、相続手続きにおいては慎重な判断が必要な制度でもあります。制度の見直し動向を注視しながら、適切な相続対策を進めていくことが大切です。