相場操縦規制認定基準の実務的判断要素と違反事例分析

相場操縦規制認定基準の実務的判断要素と違反事例分析

相場操縦規制認定基準の判断要素

相場操縦規制認定基準の判断要素
⚖️
客観要件と主観要件

相場を変動させる取引行為と誘引目的の両方が必要

📊
現実取引による操縦

人為的な操作で自然な需給関係を装う取引の判定

🚨
仮装・馴合売買の特定

権利移転を伴わない取引や連携した売買の認定

相場操縦規制における客観要件の認定基準

相場操縦規制の認定基準において、客観要件は「相場を変動させるべき一連の有価証券売買等」として定義されています。最高裁決定平成6年7月20日は、この客観要件について重要な判断を示しており、相場を変動させるべき売買全部がこれに該当するとした一方で、客観要件だけでは限定機能が十分に果たせないことを指摘しています。
実際の認定では、以下の要素が考慮されます。

  • 取引の規模と頻度 - 通常の投資行動を超える大量の売買注文
  • 取引パターン - 市場の自然な需給とは異なる人為的な取引パターン
  • 価格への影響度 - 当該取引が相場価格に与える具体的な影響の程度
  • 取引タイミング - 市場の特定の時点(大引け直前等)を狙った戦略的な取引

SMBC日興証券の事件では、ブロックオファー取引において値崩れを防ぐために組織的に大量の買い注文を繰り返していた行為が相場操縦と認定されました。検察側は約11億円の利益を得ていたとして、同社に罰金10億円と追徴金約44億4000万円を求刑しています。

相場操縦規制における主観要件「誘引目的」の判定

主観要件である「誘引目的」は、相場操縦規制の認定において極めて重要な判断基準となります。最高裁決定平成6年7月20日では、誘引目的について「人為的な操作を加えて相場を変動させるにもかかわらず、投資者にその相場が自然の需給関係により形成されるものであると誤認させ、その相場の変動を利用して取引させる目的」と定義しています。
誘引目的の認定における重要なポイントは以下の通りです。

  • 投資者の誤認誘発 - 相場が自然形成されたと他人に誤解させる意図
  • 取引誘引の意図 - 誤認に基づいて他人の取引を促す目的
  • 利益追求の背景 - 相場変動を利用した自己の利益追求

野村證券の見せ玉事件では、取消前提の大量注文によって投資家に価格が自然に形成されたと誤認させ、取引が活発に行われていると見せかけることで投資家を誘引する目的があったと認定されています。このような取消前提の売買申し込みを大量に行う行為は、人為的な操作で相場を変動させる典型的な例として扱われています。

相場操縦規制の具体的違反類型と判断基準

金融商品取引法159条では、相場操縦の具体的類型として以下の行為を禁止しています:
仮装・馴合売買(第1項) 🎭

  • 仮装売買:自らの売注文と買注文を同時に発注し約定させる権利移転を目的としない取引
  • 馴合売買:売主と買主が連携して行う上記と同様の取引
  • 要件:取引が繁盛に行われていると他人に誤解を生じさせる目的

変動操作取引(第2項1号) 📈

  • 有価証券の売買等を誘引する目的をもって、相場を変動させるべき一連の売買取引
  • 見せ玉:約定させる意思のない注文で第三者の注文を誘発する行為

安定操作取引(第3項) ⚖️

  • 政令の定めるところに違反する相場の安定操作

日本取引所グループの事例では、大引け直前に現在値より5円高い505円で10単位の買注文を発注して約定させ、終値をより高い値段とすることで翌日の基準値段を引き上げる行為が相場操縦として挙げられています。このような終値関与型の相場操縦は、市場の公正な価格形成を阻害する典型例として厳しく取り締まられています。

相場操縦規制の執行実態と課徴金制度の運用

相場操縦違反に対する制裁措置は、刑事罰と課徴金の二つの体系で構成されています。刑事罰については、相場操縦取引を行った場合に10年以下の懲役もしくは1000万円以下の罰金またはこれらの併科が科されます。さらに、財産上の利益を得る目的で相場を変動・固定させた場合は、10年以下の懲役および3000万円以下の罰金に処せられます。
課徴金制度の運用実態では、以下の特徴が見られます。

  • 違反行為期間の認定 - クロス・マーケティンググループ株式事件では、課徴金計算の基礎となる違反行為期間の認定方法が争点となりました
  • 法人処罰 - 法人が相場操縦に関与した場合、個人だけでなく法人に対しても7億円以下の罰金が科されます
  • 財産没収 - 相場操縦によって得た財産は没収される仕組みとなっています

証券取引等監視委員会は、不公正取引の発見・摘発において重要な役割を担っており、近年はアルゴリズム取引を誘引した事例や「他人の計算」が問題となった事例など、多様な手口に対応しています。北越紀州製紙株に係る事件では、アルゴリズム取引を意図的に誘引する新たな手口が問題視されました。

相場操縦規制における今後の課題と立法論的検討

現在の相場操縦規制には、実務上の課題が存在しています。主要な問題点として、相場操縦の立証基準が必ずしも明確でないことと、証券取引の構造的特性により相場操縦が起こりやすい環境にありながら、規制が十分に機能していない現状が指摘されています。
立法論的な改善提案として、以下の点が検討されています。
相場操縦者に対する制裁強化 💪

  • 課徴金額水準の引き上げ
  • 刑事規制の強化による抑制効果の向上

損害賠償責任の明確化 📝

  • 損害賠償責任に対する立証責任転換の明文化
  • クラス・アクション制度の導入による被害者救済の拡充

規制の実効性向上 🔧

  • 金融商品取引法157条1号の積極的活用
  • 159条の適用困難な事案への対応策整備

EU市場濫用指令との比較研究では、日本法とEU指令の相場操縦に対するアプローチには大きな違いがあることが明らかになっています。EU指令では、金融商品の供給、需要若しくは価格について虚偽若しくは誤解を招くシグナルを与える取引を幅広く規制対象としており、「行動理由が正当であること」の立証責任を行為者側に課す構造となっています。
証券業界における自主規制の強化も進んでおり、証券業協会は不公正取引の防止のための売買管理体制の整備に関する自主規制ルールを策定しています。このルールでは、売買管理に関する社内規則の制定義務付けや、最低限実施すべき審査項目(売買関与率、注文取消し等)の明示、不公正な取引に繋がるおそれのある顧客への対応策が規定されています。
相場操縦規制の認定基準は、金融市場の健全性と投資者保護を両立させるため、客観的な取引行為と主観的な目的要件を総合的に判断する枠組みとして設計されています。今後も市場環境の変化や新たな取引手法の登場に応じて、規制の実効性向上に向けた継続的な見直しが必要となるでしょう。