
相場操縦規制の認定基準において、客観要件は「相場を変動させるべき一連の有価証券売買等」として定義されています。最高裁決定平成6年7月20日は、この客観要件について重要な判断を示しており、相場を変動させるべき売買全部がこれに該当するとした一方で、客観要件だけでは限定機能が十分に果たせないことを指摘しています。
実際の認定では、以下の要素が考慮されます。
SMBC日興証券の事件では、ブロックオファー取引において値崩れを防ぐために組織的に大量の買い注文を繰り返していた行為が相場操縦と認定されました。検察側は約11億円の利益を得ていたとして、同社に罰金10億円と追徴金約44億4000万円を求刑しています。
主観要件である「誘引目的」は、相場操縦規制の認定において極めて重要な判断基準となります。最高裁決定平成6年7月20日では、誘引目的について「人為的な操作を加えて相場を変動させるにもかかわらず、投資者にその相場が自然の需給関係により形成されるものであると誤認させ、その相場の変動を利用して取引させる目的」と定義しています。
誘引目的の認定における重要なポイントは以下の通りです。
野村證券の見せ玉事件では、取消前提の大量注文によって投資家に価格が自然に形成されたと誤認させ、取引が活発に行われていると見せかけることで投資家を誘引する目的があったと認定されています。このような取消前提の売買申し込みを大量に行う行為は、人為的な操作で相場を変動させる典型的な例として扱われています。
金融商品取引法159条では、相場操縦の具体的類型として以下の行為を禁止しています:
仮装・馴合売買(第1項) 🎭
変動操作取引(第2項1号) 📈
安定操作取引(第3項) ⚖️
日本取引所グループの事例では、大引け直前に現在値より5円高い505円で10単位の買注文を発注して約定させ、終値をより高い値段とすることで翌日の基準値段を引き上げる行為が相場操縦として挙げられています。このような終値関与型の相場操縦は、市場の公正な価格形成を阻害する典型例として厳しく取り締まられています。
相場操縦違反に対する制裁措置は、刑事罰と課徴金の二つの体系で構成されています。刑事罰については、相場操縦取引を行った場合に10年以下の懲役もしくは1000万円以下の罰金またはこれらの併科が科されます。さらに、財産上の利益を得る目的で相場を変動・固定させた場合は、10年以下の懲役および3000万円以下の罰金に処せられます。
課徴金制度の運用実態では、以下の特徴が見られます。
証券取引等監視委員会は、不公正取引の発見・摘発において重要な役割を担っており、近年はアルゴリズム取引を誘引した事例や「他人の計算」が問題となった事例など、多様な手口に対応しています。北越紀州製紙株に係る事件では、アルゴリズム取引を意図的に誘引する新たな手口が問題視されました。
現在の相場操縦規制には、実務上の課題が存在しています。主要な問題点として、相場操縦の立証基準が必ずしも明確でないことと、証券取引の構造的特性により相場操縦が起こりやすい環境にありながら、規制が十分に機能していない現状が指摘されています。
立法論的な改善提案として、以下の点が検討されています。
相場操縦者に対する制裁強化 💪
損害賠償責任の明確化 📝
規制の実効性向上 🔧
EU市場濫用指令との比較研究では、日本法とEU指令の相場操縦に対するアプローチには大きな違いがあることが明らかになっています。EU指令では、金融商品の供給、需要若しくは価格について虚偽若しくは誤解を招くシグナルを与える取引を幅広く規制対象としており、「行動理由が正当であること」の立証責任を行為者側に課す構造となっています。
証券業界における自主規制の強化も進んでおり、証券業協会は不公正取引の防止のための売買管理体制の整備に関する自主規制ルールを策定しています。このルールでは、売買管理に関する社内規則の制定義務付けや、最低限実施すべき審査項目(売買関与率、注文取消し等)の明示、不公正な取引に繋がるおそれのある顧客への対応策が規定されています。
相場操縦規制の認定基準は、金融市場の健全性と投資者保護を両立させるため、客観的な取引行為と主観的な目的要件を総合的に判断する枠組みとして設計されています。今後も市場環境の変化や新たな取引手法の登場に応じて、規制の実効性向上に向けた継続的な見直しが必要となるでしょう。