

驚きの一文:口腔ケアで歯のない患者の肺炎発生率が2年で40%も下がります。
サブスタンスP(Substance P)は1931年に発見され、1971年にアミノ酸11個からなるペプチドであることが同定された神経伝達物質です 。通常は咽頭や気管の知覚神経末端に蓄えられており、食物嚥下時などの刺激によって粘膜中に放出されます 。放出されたサブスタンスPが嚥下反射の閾値を左右し、その濃度が一定以上に達することで初めて飲み込みの動作が正常に誘発されます 。 teikyo-jc.ac(https://www.teikyo-jc.ac.jp/app/wp-content/uploads/2019/06/report2019_3-5.pdf)
このサブスタンスPは単独で機能しているわけではありません。大脳基底核のドパミンが減少すると、迷走神経知覚枝を介して咽頭へのサブスタンスP分泌も低下するという連鎖があります 。つまり脳血管障害やパーキンソン病のように大脳基底核が障害されると、ドパミン産生が落ち、それに伴いサブスタンスPも減少するという二段構えの問題が生じます 。結論は「ドパミンとサブスタンスPはセットで管理が必要」です。 houmonshika(https://www.houmonshika.org/oralcare/c90/)
| 刺激の種類 | サブスタンスPへの影響 | 嚥下反射への影響 |
|---|---|---|
| 口腔ケア(歯ブラシ刺激) | 放出促進 | 改善 |
| カプサイシン(唐辛子成分) | 放出促進 | 改善 |
| 黒コショウオイルの香り | 放出促進 | 改善 |
| 大脳基底核の脳梗塞 | 産生・分泌低下 | 低下(不顕性誤嚥へ) |
| 加齢 | 徐々に低下 | 嚥下機能全般の低下 |
咽頭のサブスタンスP濃度が低下すると、嚥下反射と咳反射の両方が鈍化します 。怖いのは、この状態では患者自身がむせない点です。むせないからといって誤嚥していないとは限らない、という認識が臨床現場では最重要になります 。気づかないうちに口腔内の細菌を含んだ唾液が気管内に流れ込む「不顕性誤嚥」が日常的に繰り返されます 。 fpa.or(https://www.fpa.or.jp/library/kusuriQA/07.pdf)
不顕性誤嚥が問題なのは、口腔内の細菌数とその後の誤嚥性肺炎の重症度が相関するからです。口腔衛生状態が悪ければ悪いほど、誤嚥した際のリスクは跳ね上がります。サブスタンスP低下=反射低下=不顕性誤嚥という流れを、チーム全体で共有しておくことが予防の第一歩です。
アンジオテンシン変換酵素(ACE)はサブスタンスPを分解する酵素でもあります 。そのため、ACE阻害薬を投与するとサブスタンスPの分解が抑制され、咽喉頭粘膜の感覚が鋭敏化して嚥下反射が促進されます 。本来は降圧薬として使われる薬が、誤嚥性肺炎予防の文脈でも注目されているというわけです 。 jsdnnm(https://www.jsdnnm.com/column/%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E5%A4%89%E6%80%A7%E7%96%BE%E6%82%A3%E3%81%AE%E5%9A%A5%E4%B8%8B%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8Bace%E9%98%BB%E5%AE%B3%E8%96%AC202208/)
注目すべきエビデンスがあります。脳血管障害の既往がある高血圧患者にACE阻害薬を3年間投与した結果、肺炎発症率が1/3に低下したという報告があります 。ACE阻害薬の副作用である「空咳」も、実はサブスタンスP増加による咳反射亢進の結果であり、誤嚥予防の面では一種のメリットとも解釈されています 。 shounan-zaitaku(https://www.shounan-zaitaku.com/post/%E8%AA%A4%E5%9A%A5%E6%80%A7%E8%82%BA%E7%82%8E%E4%BA%88%E9%98%B2%E3%81%AE%E3%83%9D%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%88-%E3%82%B5%E3%83%96%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%82%B9p%E3%81%AE%E9%87%8D%E8%A6%81%E6%80%A7)
ただし重要な注意点があります。ARB(アンジオテンシン受容体拮抗薬)にはこの作用がなく、誤嚥性肺炎予防の効果はACE阻害薬にのみ認められます 。降圧薬を処方する際または見直す際には、このエビデンスを念頭に置いた薬剤選択が患者の転帰を変える可能性があります。ARBとACE阻害薬の違いが、肺炎リスクの違いになる点は見落とせません。 shounan-zaitaku(https://www.shounan-zaitaku.com/post/%E8%AA%A4%E5%9A%A5%E6%80%A7%E8%82%BA%E7%82%8E%E4%BA%88%E9%98%B2%E3%81%AE%E3%83%9D%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%88-%E3%82%B5%E3%83%96%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%82%B9p%E3%81%AE%E9%87%8D%E8%A6%81%E6%80%A7)
参考:ACE阻害薬による誤嚥性肺炎予防の詳しいエビデンス解説
ACE阻害薬による誤嚥性肺炎予防のエビデンス|しもやま内科
さらに、黒コショウオイルの「香りを嗅ぐだけ」でもサブスタンスP分泌が促進され、嚥下反射改善につながることが報告されています 。食前に黒コショウオイルを鼻の近くに置くだけで嚥下の準備状態を整えられる可能性があり、服薬困難な患者にも応用しやすい介入です。 rishou(https://www.rishou.org/wp-content/uploads/2019/09/1_40mouthcare_pdfslide.pdf)
一方、抗血小板薬のシロスタゾール(プレタール®)は脳梗塞予防に加えて、脳内ドパミンを増加させることでサブスタンスPを間接的に増やします 。脳血管障害の既往がある患者へのシロスタゾール投与で、肺炎発症率が40%低下したという報告があります 。つまりシロスタゾールは一石二鳥の薬剤です。 teikyo-jc.ac(https://www.teikyo-jc.ac.jp/app/wp-content/uploads/2019/06/report2019_3-5.pdf)
参考:誤嚥性肺炎予防に期待される薬剤(ACE阻害薬・シロスタゾール・カプサイシンなど)の概要
誤嚥性肺炎予防のポイント:サブスタンスPの重要性|湘南在宅クリニック
口腔ケアの目的を「口腔内の細菌を減らすこと」と認識している医療従事者は少なくありません。しかし現在のエビデンスが示す主要な効果は、口腔内への機械的刺激によるサブスタンスP放出の促進にあります 。これが嚥下反射・咳反射を改善し、不顕性誤嚥の頻度を下げる本当のメカニズムです。細菌を減らすことも当然重要ですが、それだけが目的ではありません。 shounan-zaitaku(https://www.shounan-zaitaku.com/post/%E8%AA%A4%E5%9A%A5%E6%80%A7%E8%82%BA%E7%82%8E%E4%BA%88%E9%98%B2%E3%81%AE%E3%83%9D%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%88-%E3%82%B5%E3%83%96%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%82%B9p%E3%81%AE%E9%87%8D%E8%A6%81%E6%80%A7)
施設入所中の高齢者において、口腔ケアの実施によって2年間の肺炎発生率を40%減少させた報告があります 。注目すべきは、この効果が歯のない患者(義歯使用者や無歯顎)でも認められた点です 。歯がなくても口腔粘膜・舌・歯肉への刺激がサブスタンスPを放出させるため、義歯の有無に関わらず口腔ケアを継続することが推奨されます。 shounan-zaitaku(https://www.shounan-zaitaku.com/post/%E8%AA%A4%E5%9A%A5%E6%80%A7%E8%82%BA%E7%82%8E%E4%BA%88%E9%98%B2%E3%81%AE%E3%83%9D%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%88-%E3%82%B5%E3%83%96%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%82%B9p%E3%81%AE%E9%87%8D%E8%A6%81%E6%80%A7)
口腔ケアの介入頻度や方法によってサブスタンスP放出の程度が異なる可能性もあります。ブラッシングなど機械的刺激が強いほど咽頭への神経シグナルが増し、反射の閾値を下げる効果が期待されます。嚥下機能低下患者の口腔ケアは「清潔にする作業」ではなく「嚥下反射を鍛えるリハビリ」と位置づけると、ケアの質が変わります。これが基本です。
参考:口腔ケアとサブスタンスPの関係、誤嚥性肺炎予防へのアプローチ
サブスタンスPとは|日本訪問歯科協会
参考:嚥下に関わる誤嚥性肺炎のメカニズムと予防戦略(スライド資料)
嚥下にまつわるよくある誤嚥性肺炎のウソ・ホント|理翔会