
流動性補完制度とは、金融機関が一時的な資金不足に直面した際に、中央銀行や他の金融機関から資金調達を行える仕組みです。この制度は金融市場の安定性を維持する上で極めて重要な役割を担っており、その利用には厳格な条件が設定されています。
日本銀行の補完貸付制度において、金融機関等の借入申込みに対して、差入れられた担保の範囲内で、原則として基準貸付利率により翌営業日を返済期限として受動的に貸付けが実行されます。これは金融機関にとって重要なセーフティネットとしての機能を果たしています。
流動性補完制度の利用には、複数の基本的な条件が設定されています。まず、借入を行う金融機関は適切な担保を差し入れる必要があります。この担保要件は制度の安全性を確保する上で不可欠な要素となっています。
利率面では、1積み期間あたりの上限日数(原則5営業日)までの利用には基準貸付利率が適用され、これを上回る利用には基準貸付利率に2.0%を加えた利率が適用されることが原則とされています。ただし、2003年3月からは全営業日にわたって基準貸付利率で借入れができるとの措置が講じられ、現在もこれが継続されています。
バーゼル規制における流動性補完の適格要件は、金融システムの安定性を確保するため、以下の4つの主要な条件が設定されています。
(a)明確かつ限定的な信用供与条件:信用供与が実効される状況が、契約の中で明確にされかつ限定されなければなりません。これにより、制度の濫用を防ぎ、真に必要な場合にのみ利用されることを担保しています。
(b)資産の質のテスト:流動性補完は、デフォルト状態にある信用リスク・エクスポージャーを補填するために利用されることのないよう、資産の質のテスト(asset quality test)を行う必要があります。
(c)信用補完の後順位:流動性補完は、関係する信用補完が全て利用された後に提供されなければならないという制約があります。
(d)権利の劣後禁止:流動性補完は、他の投資家の権利に劣後したり、債務の繰延べ又は放棄の対象とされてはなりません。
金融危機を通じて、適格流動性補完のリスクが想定外に高いことが判明したため、規制の強化が図られました。標準的手法におけるリスクアセットの算出において、以下のような改正が行われています。
オフバランス掛目(CCF)の統一:適格流動性補完のCCFが「50%」に一本化されました。これまでは原契約期間によって異なる掛目が適用されていましたが、リスクの適切な評価のために統一されることになりました。
市場破綻時専用補完の廃止:「市場破綻時にのみ引き出し得る適格流動性補完」の特別な取扱いが廃止されました。これは、市場破綻時においても他の流動性補完と同様のリスクを有することが明らかになったためです。
流動性補完制度を実際に運用する際には、複数の重要な注意点があります。まず、流動性ストレス・シナリオへの対応が挙げられます。無担保の資金調達や、通常利用可能な有担保の資金調達が不可能又は困難になるシナリオに備える必要があります。
証券化・流動化における流動性補完では、対象アセットからのキャッシュフローが遅延するなどといった「一時的な」資金不足への手当てが主な目的となります。この場合、流動性補完は永続的な損失を補填するものではなく、あくまで一時的な資金繰りの調整に限定されています。
実務上の留意点。
さらに、金融機関は流動性補完制度の利用状況を継続的にモニタリングし、必要に応じて内部統制の見直しを行うことが重要です。特に、制度の利用頻度が高くなっている場合は、根本的な流動性管理の見直しが必要となる可能性があります。
流動性補完制度は、金融環境の変化に応じて継続的な見直しが行われています。特に、デジタル通貨の普及や新たな金融商品の登場により、従来の流動性管理の枠組みが変化している中で、制度の柔軟性と安定性のバランスが重要となっています。
規制環境の変化に対応するため、金融機関は以下のような取り組みが求められています。
また、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の検討が各国で進む中、将来的には流動性補完制度の在り方も大きく変わる可能性があります。金融機関は、技術革新と規制変更の両面から制度の変化を予測し、適切な準備を行う必要があります。
国際的な視点では、各国の流動性補完制度の調和が進む一方で、地域特性を考慮した制度設計の重要性も増しています。日本の金融機関は、国内制度への対応だけでなく、海外展開に伴う各国の制度理解も深める必要があります。
このように、流動性補完制度は単なる緊急時の資金調達手段を超えて、金融機関の総合的なリスク管理戦略の中核を担う制度として位置づけられています。制度の適切な理解と活用により、金融機関は安定的な事業運営を実現し、ひいては金融システム全体の健全性向上に寄与することができるのです。