

腰髄症と診断された患者の約40%は、初診時に「単なる腰痛」として見過ごされています。
腰髄症(lumbar myelopathy)とは、脊髄の腰部(腰髄:L1〜L5レベル)が何らかの原因によって圧迫または障害を受け、神経症状を呈する病態です。
一般的に「腰の病気=腰椎疾患」というイメージが強いですが、腰髄症は脊髄そのものの障害であるため、障害レベルによっては下肢の痙性麻痺・膀胱直腸障害・感覚解離など、腰椎疾患では説明しにくい症状が出現します。
脊髄は椎体レベルよりも頭側で終わる点が重要です。成人の場合、脊髄円錐はおおむねL1〜L2椎体レベルに位置します。つまり、L2以下の椎管内には馬尾神経が走行しており、L1〜L2以上のレベルで圧迫があれば腰髄(脊髄)が障害されます。
この解剖学的事実を踏まえないと、「L3/4のヘルニアで腰髄症」という表現が生じ、臨床上の混乱につながります。腰髄症と馬尾症候群は明確に区別が必要です。
| 項目 | 腰髄症 | 馬尾症候群 |
|---|---|---|
| 障害部位 | 脊髄(L1〜L2以上) | 馬尾神経(L2以下) |
| 麻痺の性状 | 痙性麻痺(上位ニューロン障害) | 弛緩性麻痺(下位ニューロン障害) |
| 反射 | 亢進 | 低下〜消失 |
| 膀胱直腸障害 | あり(痙性膀胱) | あり(弛緩性膀胱) |
上位・下位ニューロンの区別が基本です。
腰髄症の原因は多岐にわたります。頻度が高い原因としては以下のものが挙げられます。
注目すべきは脊髄動静脈瘻(SDAVF)です。この疾患は50〜60代の男性に多く、進行性の下肢脱力・歩行障害・膀胱直腸障害を呈しますが、MRI T2強調像で脊髄の高信号と周囲の血管流空像を見逃すと診断が数年単位で遅れることがあります。
意外ですね。しかし実際に診断まで平均3〜4年かかるという報告もあります。
胸椎椎間板ヘルニアによる腰髄症も見落としが多い病態です。腰部の症状を訴える患者に対して腰椎のみのMRIを撮影した場合、T11/12・T12/L1レベルの病変が画像視野に入らず、診断が遅延するケースが存在します。「腰痛の患者には腰椎MRI」という思い込みがリスクになり得ます。
日本脊椎脊髄病学会誌(J-STAGE)- 脊髄疾患の診断・治療に関する最新の学術論文を参照できます
腰髄症の症状は障害レベルと障害の程度によって異なりますが、代表的な症状は以下の通りです。
特に重要なのは「反射の亢進」です。腰椎椎間板ヘルニアや腰部脊柱管狭窄症では下肢反射は低下または消失することが多いのに対し、腰髄症では反射が亢進します。
反射の亢進は脊髄障害のサインです。
この違いを意識して診察することで、腰椎疾患と腰髄症の鑑別精度が上がります。膀胱直腸障害が先行することもあり、泌尿器科を初診する患者が実は腰髄症だったというケースも報告されています。
感覚障害のパターンも診断の手がかりになります。腰髄の障害では障害レベル以下の感覚障害が生じ、脊髄の腹側(前脊髄動脈領域)の障害では温痛覚が障害される一方、深部感覚(位置覚・振動覚)が比較的保たれる「前脊髄症候群」が出現することがあります。
腰髄症の確定診断において、MRIは最も重要な検査です。ただし、撮影範囲の選択が誤っていると病変を見逃すことがあります。これが原則です。
MRIで確認すべき所見は以下のポイントに整理できます。
脊髄動静脈瘻(SDAVF)が疑われる場合、MRIだけでなく脊髄血管造影(DSA)が確定診断に必要です。DSAはリスクを伴う侵襲的検査ですが、この疾患の確定には不可欠です。これは必須です。
鑑別診断として忘れてはならないのが傍腫瘍性脊髄症(paraneoplastic myelopathy)です。悪性腫瘍に伴う自己免疫性脊髄炎であり、画像上の圧迫がなくても脊髄障害が進行します。抗体検査(抗Hu抗体・抗CV2抗体など)を並行して行う必要があります。
日本神経学会ガイドライン - 脊髄疾患の診断・治療に関するガイドライン(参考文献として有用)
電気生理学的検査(体性感覚誘発電位:SEP、運動誘発電位:MEP)も障害レベルの同定に役立ちます。画像との乖離がある場合、電気生理検査が障害部位を明確にする場合があります。
腰髄症の治療方針は原因疾患によって大きく異なります。これだけ覚えておけばOKです。
脊髄腫瘍・胸椎椎間板ヘルニア・脊髄動静脈瘻(SDAVF)による腰髄症は、基本的に外科的治療が第一選択です。特にSDVAFは塞栓術または外科的遮断術により、症状の改善・進行停止が期待できますが、診断が遅れるほど神経機能の回復率が低下します。
脊髄炎(MS・NMOSDなど)による腰髄症は、ステロイドパルス療法・血漿交換療法・免疫修飾薬による保存的治療が主体です。NMOSDの場合、急性期には早期のステロイドパルス(メチルプレドニゾロン1g/日×5日)が標準的治療として推奨されています。
予後については「障害発症から治療開始までの時間」が最も重要な因子です。
リハビリテーションの役割も重要です。痙性麻痺に対する筋弛緩薬(バクロフェン・チザニジンなど)、膀胱直腸障害に対する間欠自己導尿の指導、歩行補助具の導入など、多職種連携での支援が患者のQOL維持に不可欠です。
医療従事者として見逃してはならないのは、「腰痛+下肢症状=腰椎疾患」という固定観念です。反射亢進・膀胱直腸障害・両側性の下肢症状が揃った場合は、速やかに脊髄レベルの疾患を疑うことが早期診断・早期治療につながります。
日本脊髄障害医学会 - 脊髄疾患の診療指針・学術情報の参照に有用