回復・破綻処理計画策定義務における金融規制動向と実務ポイント

回復・破綻処理計画策定義務における金融規制動向と実務ポイント

回復・破綻処理計画策定義務の詳細解説

回復・破綻処理計画策定義務の概要
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国際基準による規制強化

2008年金融危機を受けて、大手金融機関への計画策定が義務化

再建と破綻処理の二段構え

自力回復のための再建計画と秩序立った破綻処理の両面対応

🎯
システム安定化の実現

Too big to failの解消と金融システム全体の安定性確保

回復・破綻処理計画策定義務の基本概念

回復・破綻処理計画(Recovery and Resolution Plan:RRP)の策定義務は、2008年の金融危機を受けて導入された国際的な金融規制の中核を成すものです。この制度は、システム上重要な金融機関(SIFIs)が破綻した場合に、金融システム全体への影響を最小限に抑えることを目的としています。
RRPは再建計画(Recovery Plan)と破綻処理計画(Resolution Plan)の2つの構成要素から成り立っています。再建計画は、金融機関自身が厳しいストレス状況下で財務健全性や存続可能性を回復するための措置を定めたものです。一方、破綻処理計画は、金融機関の回復が困難な場合に、当局が主導して秩序だった破綻処理を実施するための指針を示すものです。
興味深いことに、この計画策定義務は単なる書類作成に留まらず、金融機関の経営体制そのものの見直しを迫るものとなっています。計画の実効性を確保するため、定期的な見直しや「訓練(テスティング)」の実施が重要視されており、近年では複数の米国地銀の破綻や欧州G-SIBs間の救済合併などの事例を受けて、より実践的なアプローチが求められています。

回復・破綻処理計画策定における国際規制フレームワーク

国際的な規制フレームワークは、金融安定理事会(FSB)が公表した「主要な特性(Key Attributes)」によって基本的な枠組みが定められています。この文書では、システム上重要な金融機関に対して、事前に再建・破綻処理計画を備えさせることを義務付けており、各国当局にはその計画の実行可能性を評価し、必要に応じて金融機関の業務慣行や組織構造の変更を求める権限を与えています。
FSBの規制では、破綻処理当局に対して経営陣の交代、経営権の取得、資産・負債の移転など破綻処理に関する幅広い権限を認めています。また、一定の範囲で債権者の権利(早期解約権)を制限することも可能としています。破綻処理のために資金が必要な場合には、当局がその資金を提供した際の損失について株主、無担保債権者、金融システム全体から補償を受けるよう規定されています。
アメリカでは、ドッド・フランク法により大規模金融機関に対する破綻処理計画の策定が義務付けられました。FDICは2011年9月に大規模金融機関の破綻処理計画策定に関する規則を承認し、対象会社や具体的な記載項目の詳細を明らかにしています。欧州では、銀行再建・破綻処理指令(BRRD)により、銀行ごとの再建・破綻処理計画の策定、各国当局による早期介入、各国当局による破綻処理権限が規定されています。

回復・破綻処理計画策定の具体的内容と対象機関

策定対象となるのは、主として国際的なシステム上重要な銀行(G-SIBs)や各国の国内システム上重要な銀行(D-SIBs)です。日本では、G-SIBsである3メガバンクとその他の主要行等にRRPの策定が求められています。
計画の具体的内容について、再建計画では以下の要素が重要とされています。

  • リスク・プロファイルの削減策
  • 資本保全措置
  • ビジネス・ラインの整理
  • 負債のリストラクチャリング

破綻処理計画では以下の項目が含まれます。

  • システム上重要な機能の特定
  • 継続性が極めて重要な金融機能及び経済機能の明確化
  • 機能保持または段階的縮小のための破綻処理対策オプション
  • 金融機関の業務オペレーション・構造・システム上重要な機能に関するデータ要件
  • 実効的な破綻処理に対する潜在的障害とその軽減策

計画策定には膨大なリソースが必要とされ、金融機関にとって相当なコストとなることが指摘されています。しかし、実際に意味のある破綻処理計画を策定することは非常に難しい作業である一方で、金融システムの安定性確保という観点から必要不可欠なものとして位置づけられています。

回復・破綻処理計画策定における日本の制度と実務対応

日本における回復・破綻処理計画の制度は、国際的な基準に準拠しながらも独自の特徴を持っています。金融庁は、我が国の4つのシステム上重要な銀行(4SIBs)に対してTLAC(Total Loss-Absorbing Capacity)規制を導入し、破綻処理スキームを整備しています。
2024年5月に公表された国際通貨基金(IMF)の金融セクター評価プログラム(FSAP)では、すべてのSIBsに破綻処理計画の策定を勧告したほか、主要行等に再建計画の策定を求めています。これにより、日本における計画策定の対象範囲が拡大する可能性が示唆されています。
日本の実務対応において特筆すべきは、「訓練(テスティング)」の重視です。態勢整備に目途が付いた2020年頃からは、当局や金融機関の間で訓練の実施が重視されるようになりました。これは計画の机上での策定だけでなく、実際の危機時に計画が機能するかどうかを検証することを目的としています。
訓練の実施パターンには、以下のようなものがあります。

  • 全社的な危機対応訓練
  • 特定の業務分野に焦点を当てた部分的訓練
  • シナリオベースの机上演習
  • システムやプロセスの実機テスト

また、日本独自の取り組みとして、中央清算機関(CCP)の破綻処理制度の構築も進められています。CCPの破綻処理は、CCP自身による再建が困難な場合に破綻処理当局を中心に手続きが進められるものであり、原則的に破綻処理は再建の延長線上に位置づけられています。

回復・破綻処理計画策定義務の実務上の課題と将来展望

回復・破綻処理計画の策定義務には、いくつかの実務上の課題が存在します。まず、計画の実効性の確保が挙げられます。理論的には完璧な計画であっても、実際の危機時に機能しなければ意味がありません。そのため、定期的な見直しと訓練の実施が不可欠となっています。
国際的な調整も重要な課題です。グローバルに展開する金融機関の場合、複数の法域にまたがる破綻処理を効果的に実施するためには、各国当局間の密接な連携が必要です。FSBの「主要な特性」では、母国当局と主要な関係海外当局で「危機管理グループ」をG-SIBごとに組成することが求められています。
コンプライアンス負担も看過できない問題です。計画策定に要するコストは相当大きなものとなることが予想され、特に中規模の金融機関にとっては重い負担となる可能性があります。しかし、金融システムの安定性確保という観点から、この負担は必要なコストとして受け入れられています。
将来的な展望として、計画策定の対象範囲の拡大が見込まれています。現在はG-SIBsや主要な金融機関が中心ですが、地域金融機関への適用拡大や、銀行以外の金融機関(保険会社、証券会社など)への適用も検討されています。
また、デジタル化の進展により、計画策定や訓練の実施においてもテクノロジーの活用が進んでいます。AIやビッグデータ分析を活用したリスク評価、クラウドベースの危機管理システムの構築など、新しい技術を取り入れた取り組みが注目されています。

 

さらに、持続可能性(サステナビリティ)の観点から、ESG(環境・社会・ガバナンス)要因を考慮した計画策定も求められるようになっています。気候変動リスクや社会的責任を踏まえた破綻処理のあり方についても、今後の重要な検討課題となると予想されます。