下行性抑制系とセロトニンの痛み制御と臨床応用

下行性抑制系とセロトニンの痛み制御と臨床応用

下行性抑制系とセロトニンの機序・臨床への活かし方

セロトニンは「抑制系の主役」と思われがちですが、脊髄後角では受容体サブタイプ次第で痛みを増強することもあります。


📋 この記事の3ポイント要約
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下行性抑制系の解剖学的経路

中脳水道周囲灰白質(PAG)→延髄縫線核(RVM)→脊髄後角という経路でセロトニン作動性ニューロンが下行し、痛覚伝達を調節します。

⚠️
セロトニンの「二面性」に注意

5-HT1A受容体は痛みを抑制しますが、5-HT2・5-HT3受容体は逆に痛みを促進します。受容体サブタイプを把握しないと治療効果が予測できません。

💊
SNRIによる下行性抑制系の賦活化

デュロキセチン(サインバルタ)などのSNRIは、下行性抑制系を賦活化することで慢性疼痛・神経障害性疼痛に鎮痛効果を発揮します。


下行性抑制系とセロトニンの解剖学的経路:PAGからRVM・脊髄後角まで

下行性疼痛抑制系は、大脳皮質から中脳・延髄を経由して脊髄後角へと下行する神経回路です。 具体的には「中脳水道周囲灰白質(PAG)→延髄吻側腹内側部(RVM)→脊髄後角」という順に信号が伝達されます。 つまり「脳が痛みにブレーキをかける仕組み」がこの経路です。 note(https://note.com/tomosan_bbptnote/n/n08fc4e309019)


セロトニン作動性ニューロンはRVM(大縫線核を含む延髄構造)に細胞体を持ち、脊髄後角のⅠ層・Ⅱ層(膠様質)へと投射します。 脊髄後角に到達したセロトニンは、そこに存在する複数の受容体サブタイプと結合し、痛覚の抑制と促進の両方に関与することが知られています。 この「抑制だけではない」という点が、臨床で見落とされやすいポイントです。 webview.isho(https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.18916/masui.2025130024)


ノルアドレナリン系は青斑核(LC)を起点として同じ脊髄後角に投射しており、セロトニン系と並行して下行性抑制系を構成します。 両者は独立した経路ではなく、PAGによって統合的に制御されています。 この二系統の協調が、鎮痛効果の安定性を生む基盤です。 jsrm.gr(https://jsrm.gr.jp/cms/wp-content/uploads/2022/04/2022.4.syoroku_ito.pdf)


起始核 神経伝達物質 投射先 主な受容体
延髄縫線核(RVM) セロトニン(5-HT) 脊髄後角Ⅰ・Ⅱ層 5-HT1A, 5-HT2, 5-HT3
青斑核(LC) ノルアドレナリン(NA) 脊髄後角 α2受容体


参考:下行性抑制系の解剖学的経路と受容体分類(日本ペインクリニック学会)
https://www.jspc.gr.jp/igakusei/igakusei_keyopioid.html


下行性抑制系でのセロトニン受容体サブタイプ:5-HT1Aと5-HT3の真逆の働き

セロトニン受容体は7種類以上のサブタイプが存在し、痛覚への影響がまったく異なります。これは要注意です。 5-HT1A受容体は痛みを抑制する方向に働きますが、5-HT2・5-HT3受容体は痛みを促進する方向に作用します。 受容体サブタイプが条件です。 kachi-memorial-hospital(https://kachi-memorial-hospital.jp/blog/3813/)


神経障害性疼痛のモデル動物では、脊髄後角の5-HT3受容体を介して慢性痛の持続と増強(「下行性促進」)が生じることが実験的に確認されています。 つまり、セロトニンが増えても5-HT3受容体が活性化すれば、かえって痛みが悪化します。意外ですね。 jsrm.gr(https://jsrm.gr.jp/cms/wp-content/uploads/2022/04/2022.4.syoroku_ito.pdf)


また、RVMニューロンには「ON細胞」と「OFF細胞」の2種類が存在し、ON細胞の活性化が下行性促進につながります。 慢性疼痛では、このON/OFFのバランスが崩れ、抑制より促進が優位になることが示唆されています。 痛みのコントロールが難しくなる根本原因の一つです。 webview.isho(https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.11477/mf.3101101526)


  • 🔵 5-HT1A受容体:脊髄後角で痛みを抑制
  • 🔴 5-HT2受容体:シナプス前部で痛みを促進(神経障害性疼痛で顕著)
  • 🔴 5-HT3受容体:慢性炎症・神経障害性疼痛で促進・増強に関与
  • 🔵 5-HT1B/1D受容体:神経終末での放出抑制(自己受容体的機能)


参考:脊髄後角の5-HT受容体サブタイプと痛覚調節の詳細(下行性疼痛抑制系は作動するか?日本リハビリテーション医学会)
https://jsrm.gr.jp/cms/wp-content/uploads/2022/04/2022.4.syoroku_ito.pdf


下行性抑制系とセロトニン:慢性疼痛で抑制系が「壊れる」メカニズム

慢性疼痛の状態では、下行性抑制系そのものの機能が低下することが報告されています。 末梢神経の炎症や損傷が持続すると、脊髄後角の5-HT3受容体を介した下行性促進が優位になります。 これが「痛みが痛みを呼ぶ」負のサイクルの実体です。 webview.isho(https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.11477/mf.3101101526)


さらに、うつ状態が先行している場合はドパミン・セロトニン・ノルアドレナリンの働きが先に低下しているため、抑うつのない人と比べて下行性疼痛抑制系の働きをもともと受けにくい状態にある可能性が指摘されています。 抑うつ→疼痛という順序だけでなく、抑うつが疼痛の「素地」を作るという視点は臨床で重要です。 credentials(https://credentials.jp/2022-10/special/)


下行性抑制系とセロトニン:SNRIとオピオイドの作用機序の違い

SNRIはセロトニンとノルアドレナリンの再取り込みを阻害し、シナプス間隙の両物質を増加させます。 その結果、脳幹の縫線核・青斑核から出る下行性投射が強化され、脊髄後角での鎮痛シグナルが増強されます。 これは抗うつ作用とは独立した鎮痛メカニズムです。 nonaka-lc(https://nonaka-lc.com/tips/dissertation-2025-9-16/)


一方、オピオイドも下行性抑制系を活性化し、脊髄後角でのノルアドレナリン・セロトニンを増加させます。 しかし神経障害性疼痛の場合、5-HT3受容体を介してセロトニンが痛みを増強させるため、オピオイドの鎮痛作用が減弱することが動物実験で示されています。 これは痛みの増悪につながります。 kaken.nii.ac(https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-23390373/23390373seika.pdf)


日本では、SNRIのデュロキセチン(サインバルタ)が糖尿病性神経障害、線維筋痛症、慢性腰痛症、変形性関節症に伴う疼痛に対して適応を持っています。 ミルナシプラン(トレドミン)も同様の作用機序で用いられます。 治療薬の選択では、この下行性抑制系の賦活化という視点が欠かせません。 med.daiichisankyo-ep.co(https://med.daiichisankyo-ep.co.jp/products/files/1279/EPDUL1P01101-1.pdf)


  • 💊 デュロキセチン(サインバルタ):慢性腰痛症・線維筋痛症・変形性関節症・糖尿病性神経障害性疼痛に適応あり
  • 💊 ミルナシプラン(トレドミン):線維筋痛症などへのSNRI療法として使用
  • ⚠️ オピオイド+神経障害性疼痛:5-HT3受容体活性化で鎮痛減弱のリスクあり


参考:デュロキセチンの下行性疼痛抑制系への作用と適応疾患(第一三共エスファ)
https://med.daiichisankyo-ep.co.jp/products/files/1279/EPDUL1P01101-1.pdf


下行性抑制系とセロトニン:SSRIとSNRIで鎮痛効果が大きく異なる理由

SSRIはセロトニンのみの再取り込みを阻害しますが、鎮痛効果の点ではSNRIやTCA(三環系抗うつ薬)に比べてエビデンスが劣ります。 この差は「ノルアドレナリン系の関与」に起因します。ノルアドレナリンが鍵です。 yamamotoclinic(https://www.yamamotoclinic.jp/dir30/)


青斑核から脊髄後角のα2受容体へ働くノルアドレナリンは、痛覚抑制に極めて強い効果を持ちます。 セロトニン単独の賦活化と比べ、セロトニン+ノルアドレナリンの同時増強は相乗的な鎮痛効果をもたらします。 つまり「セロトニンだけ増やしても不十分」ということです。 zutsuu-daigaku.my.coocan(https://zutsuu-daigaku.my.coocan.jp/kiso/z_pain.htm)


さらに、セロトニンが5-HT3受容体を経由すると痛みを促進させるリスクがあるため、SSRIで純粋にセロトニンを増やすだけでは逆効果になる可能性もゼロではありません。 慢性疼痛治療でSSRIの有効性が限定的とされる背景には、こうした受容体サブタイプの問題が絡んでいます。 薬剤選択には受容体プロファイルの理解が必須です。 kachi-memorial-hospital(https://kachi-memorial-hospital.jp/blog/3813/)


参考:慢性疼痛における下行性抑制系の役割と薬物療法(慢性疼痛 薬理学的知識・日本緩和医療学会)
https://www.jspm.ne.jp/files/guideline/pain_2014/02_04.pdf


下行性抑制系とセロトニン:臨床で使える独自視点「運動療法と内因性抑制系の賦活」

薬物療法以外でも、下行性抑制系は活性化できます。これは見落とされがちです。有酸素運動は内因性オピオイドを放出させ、PAG→RVM経路を賦活化してセロトニン・ノルアドレナリンの下行性放出を促進することが動物実験・臨床研究の両方から示されています。 credentials(https://credentials.jp/2022-10/special/)


慢性腰痛に対する運動療法が「単なる筋力強化」以上の効果を持つのは、この神経化学的基盤があるためです。 1回30分程度の中等度有酸素運動で内因性オピオイドが有意に増加し、下行性抑制系が活性化するとの報告があります。 これは使えそうです。 nonaka-lc(https://nonaka-lc.com/tips/dissertation-2025-9-16/)


また、不動・廃用による筋力低下や活動低下は、下行性抑制系の慢性的な機能低下を招くとも考えられています。つまり「安静にしすぎると痛みの抑制システムが弱まる」という逆説的な現象が生じ得ます。 慢性疼痛患者へのリハビリテーション介入を薬物療法と組み合わせる根拠は、この神経生理学的メカニズムにあります。 webview.isho(https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.11477/mf.3101101526)


  • 🏃 有酸素運動:内因性オピオイド放出→PAG賦活→セロトニン・ノルアドレナリンの下行性放出増強
  • 🛏️ 過度な安静:下行性抑制系の機能低下を招くリスクあり
  • 🤝 SNRI+運動療法の組み合わせ:多方向からの賦活化で相乗効果の可能性


参考:慢性疼痛のメカニズムと下行性抑制系・運動療法の関係(ファーマスタイルWEB)
https://credentials.jp/2022-10/special/