

間接法で出したSMRは、他の集団のSMRと数値を直接比べても意味がありません。
疫学における直接法とは、観察集団の年齢階級別死亡率を、あらかじめ定めた基準人口(標準人口)の年齢構成に当てはめて計算する手法です。「もし観察集団の年齢構成が基準集団と同じだったら、全体の死亡率はいくつになるか?」という仮想の計算を行います。
これが必要な理由は、死亡率が年齢によって大きく変わるからです。たとえば2020年の日本のデータでは、65歳以上の年齢階級別死亡率(人口10万対)は数千台になる一方、20代では100を大きく下回ります。高齢者が多い地域ほど死亡率が高く見えるのは当たり前であり、それを同一条件で比べるための仕組みが年齢調整です。
直接法の計算は次の3ステップで行います。
- ステップ1:観察集団の各年齢階級の死亡率を計算する(死亡数÷人口)
- ステップ2:その死亡率に、基準集団の対応する年齢階級の人口を掛けて「期待死亡数」を求める
- ステップ3:全年齢の期待死亡数を合計し、基準集団の総人口で割る
直接法が使えるのが基本です。ただし、観察集団の各年齢階級の死亡数が十分に大きいことが前提で、小さな市町村単位では年齢階級別の死亡数が0になる年齢帯が出てしまい、計算が成立しないことがあります。
日本では長年、1985年(昭和60年)の国勢調査を基にした「昭和60年モデル人口」が直接法の基準人口として使われてきました。厚生労働省は2022年2月の人口動態統計から、この基準を「平成27年(2015年)モデル人口」に約30年ぶりに更新しています。国立がん研究センターの研究(Journal of Epidemiology 2023年掲載)では、新旧モデルを適用すると年齢調整死亡率の数値が2.22〜3.00倍高くなると報告されています。つまり、古いレポートと新しいレポートの数値を単純に比較すると、見た目の数字が大きく変わります。これは直接法を扱う上で見落とされがちな重要な落とし穴です。
参考:国立がん研究センター「平成27年モデル人口による年齢調整死亡率データアーカイブ」
https://www.ncc.go.jp/jp/icc/surveill-policy-eval/project/030/index.html
間接法は、「観察集団が基準集団と同じ年齢別死亡率で死亡したら、期待死亡数はいくつか」を逆算する手法です。直接法が「観察集団の死亡率を基準人口に当てはめる」のに対し、間接法は「基準集団の死亡率を観察集団の人口に当てはめる」という点が正反対です。つまり、主役となる死亡率が入れ替わるということです。
間接法では、観察集団の年齢階級別死亡率が分からなくても計算できます。必要なのは「観察集団の年齢階級別人口」と「総死亡数」だけです。これが間接法の最大の利点で、サンプルサイズが小さい市区町村や小集団の比較に向いています。
計算結果として得られるのが標準化死亡比(SMR)です。
$$\text{SMR} = \frac{\text{実際の死亡数}}{\text{期待死亡数}} \times 100$$
SMRが100より大きければ「基準集団より死亡率が高い」、100より小さければ「死亡率が低い」と判断します。全国平均を100として都道府県ごとに比較するといった場面でよく使われます。
ここで注意が必要です。間接法によるSMRは、あくまで「基準集団との比較」を示す指標にすぎません。A市のSMRとB市のSMRを並べて「A市の方が死亡率が高い」と結論づけることは、統計的に誤った使い方になります。大阪国際がんセンターも「間接法で得られた標準化死亡比同士を比較することはできない」と明記しています。これは多くの人が見落とすポイントです。
参考:大阪国際がんセンター「年齢調整とは?」用語解説ページ(間接法と標準化死亡比の解説あり)
https://oici.jp/ocr/data/glossary_002.html
直接法と間接法は、それぞれの前提条件と出力結果が異なります。どちらが優れているという話ではなく、データの状況と目的によって使い分けるのが正しい姿勢です。
以下に2つの手法の主要な違いをまとめます。
| 比較項目 | 直接法 | 間接法 |
|---|---|---|
| 必要なデータ | 観察集団の年齢別死亡率 | 観察集団の年齢別人口+総死亡数 |
| 基準にするもの | 基準集団の年齢構成(人口) | 基準集団の年齢別死亡率 |
| 向いている場面 | 大きな集団・都道府県レベル | 小さな集団・市区町村レベル |
| 出力される指標 | 年齢調整死亡率(実際の率) | SMR(標準化死亡比)※100基準 |
| 集団間の相互比較 | ✅ 可能 | ❌ 原則として不可 |
| 集団と基準との比較 | ✅ 可能 | ✅ 可能 |
直接法は集団同士を比べるのに使えます。間接法は基準集団との比較に使います。この違いを理解しておくことは、がん統計や健康データを読み解く上での基本中の基本です。
疫学の教科書でもしばしば「間接法の方が簡単に計算できるため、実務でよく使われる」と説明されています。しかし「計算が簡単」と「比較に使える」は別の話です。
厚生労働省による国民衛生の動向でも、都道府県別データには直接法(年齢調整死亡率)を使い、市区町村の小地域比較にはSMR(間接法)を使うという使い分けが標準的に採用されています。
参考:東京都保健医療局「年齢調整死亡率の直接法・間接法の解説」
https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/hokeniryo/jinkoudoutai2
年齢調整死亡率の直接法・間接法は、医療・公衆衛生の世界だけの話ではありません。金融や保険の分野でも、こうした疫学データを読み解く力が直接的な判断に影響します。
生命保険の保険料は、死亡率のデータを基に設定されています。保険数理士(アクチュアリー)は年齢別死亡率のデータを参照し、加入者が何歳でどのくらいの確率で死亡するかを計算した上で、将来の保険金支払いに備えるための保険料率を設計します。この基礎データとなるのが、年齢調整された死亡率の統計です。
これは使えそうです。たとえば、投資対象として病院経営会社や医薬品メーカーの業績を分析する際、その企業が対象とする疾患の「年齢調整死亡率がどう推移しているか」を把握することで、将来の市場規模を推定する材料になります。粗死亡率だけを見ていると、高齢化の影響で数字が増えているように見えても、年齢調整後は実は減少傾向という逆転現象が起きることがあります。
大阪府のがんデータを例にとると、1975年から2005年の間で粗罹患率は約3倍に増加しましたが、年齢調整後の罹患率は近年むしろ減少傾向を示しています。この違いを知らずに粗数値だけを信じると、市場の成長性を過大評価する誤りにつながります。
また、SMR(標準化死亡比)は特定の職業集団や地域の健康リスクを評価するためにも使われます。たとえば、ある地域や産業のSMRが110であれば、全国平均の1.1倍の死亡リスクがあると読み取れます。この種のデータは、企業の健康経営指標や、ESG投資における社会面(S)の評価にも活用されつつあります。
参考:日本アクチュアリー会「参照母集団データを用いた保険契約ポートフォリオの将来死亡率予測に関する研究」
https://www.actuaries.jp/lib/y_ronbun/pdf/2018-1.pdf
疫学の直接法・間接法に関して、実際に現場や学習の場でよく見られる誤解があります。正確なデータ解釈を妨げるため、ここで整理します。
誤解①「間接法の方が直接法より精度が低い」
これは間違いです。間接法は小集団に適した手法であり、サンプルサイズが小さい場合にはむしろ安定した推定ができます。直接法は年齢別死亡数が十分確保できないと推定値のばらつき(サンプリング変動)が大きくなるため、むしろ不安定になることがあります。精度の優劣ではなく、適用できる場面が違うということです。
誤解②「標準人口が変わっても大した影響はない」
これも誤りです。2022年に昭和60年モデルから平成27年モデルへ変更された結果、年齢調整死亡率の数値は最大3倍程度異なることが確認されています。数字の見た目が変わるため、旧基準のデータと新基準のデータをそのまま並べて「最近は死亡率が急に上がった」などと判断するのは危険です。
誤解③「SMR100は『安全』を意味する」
SMRが100であることは、全国平均と同じ死亡リスクであることを示すにすぎません。全国平均自体が高水準であれば、SMR100でも決して安全とは言えません。SMRはあくまで相対的な比較指標です。
誤解④「直接法は必ず2015年モデル人口を使う」
直接法は「どの標準人口を使うか」を明示する必要があります。国際比較では世界標準人口(Doll標準人口)、国内比較では平成27年モデル人口というように、目的に応じた選択が求められます。これを混同したまま異なるレポートのデータを比べると、全く異なる数値が出て比較が無意味になります。
こうした誤解は、金融レポートや投資判断資料の中に疫学データが引用されるとき、誤った解釈につながることがあります。原典のデータを見るときは「直接法か間接法か」「何年モデルの標準人口か」「SMRの比較先はどこか」という3点を確認する習慣をつけましょう。
参考:疫学のためのRハンドブック(直接法・間接法の実際の計算と解説)
https://epirhandbook.com/jp/new_pages/standardization.jp.html