
2024年の春闘は、33年ぶりの高水準となる賃上げを実現しました。日本労働組合総連合会(連合)の最終集計によると、2024年の賃上げ率は5.17%に達し、1991年以来の5%超えを記録しました。これは2023年の3.67%から大幅に増加した数字です。
特に注目すべきは、ベースアップ(ベア)の水準です。定期昇給分を除いた実質的な賃金改善分は3.56%となり、これも30年以上ぶりの高水準でした。この背景には、継続的な物価上昇に対応する必要性や、深刻化する人手不足への対応があります。
2025年の春闘に向けては、すでに労働組合側から高い賃上げ要求が相次いで発表されています。経済予測によれば、2025年の春闘での賃上げ率は4.6%~5.3%程度と、引き続き高水準を維持する見込みです。ベア(定期昇給を除く賃上げ分)については3.0%程度と予想されており、2024年の3.56%からはやや減速するものの、依然として高い水準を維持すると見られています。
賃金上昇率には企業規模による格差が存在しています。2024年の春闘では、大企業と中小企業の間で賃上げ率に差が見られました。連合の集計によると、中小企業の賃上げ率は大企業を上回る傾向が見られ、特に300人未満の企業では賃上げ要求率が5.97%と、300人以上の企業の5.84%を上回りました。
この傾向は「賃上げ分」(ベアや賃金改善分)に限ってみても同様で、300人未満の企業では4.38%、300人以上の企業では4.30%と、中小企業のほうがわずかに高い水準となりました。これは中小企業における人手不足の深刻化や、格差改善への意識の高まりを反映しています。
しかし2025年の春闘では、みずほリサーチ&テクノロジーズの予測によれば、大企業の賃上げ率が4.6%に対し、中小企業は3.9%と、企業規模間の賃上げ格差が継続する可能性が指摘されています。この格差は、中小企業の賃上げ余力の限界や、大企業と比較した収益力の差を反映したものと考えられます。
賃金上昇率を考える上で重要なのは、物価上昇との関係性です。実質賃金(物価の影響を考慮した購買力ベースの賃金)の動向が、家計の実感に直結するためです。
2024年初頭までは、名目賃金の上昇率が物価上昇率を下回る状態が続き、実質賃金はマイナスとなっていました。2025年1月の毎月勤労統計によれば、現金給与総額は前年比+2.8%と、前月の+4.4%から上昇率が鈍化しました。この結果、実質賃金は再び減少に転じています。
しかし、2025年の見通しとしては、物価上昇率が2%前後と緩やかになっていく一方、名目賃金上昇率は3%台前半程度まで上昇する可能性があります。これにより、2025年夏頃には実質賃金のプラスが定着すると予想されています。
ただし、実質賃金の改善幅はわずかであり、個人消費の本格回復を後押しするには力不足との見方もあります。また、物価の上振れリスクも存在し、実質賃金がプラスに転じるタイミングが遅れる可能性も指摘されています。
近年の賃金上昇率の持続的な上昇には、労働市場の流動化が大きく影響しています。かつては人手不足であっても、労働市場の硬直性から賃金に反映されにくい状況が続いていましたが、最近では変化が見られます。
2022年以降、転職を目的とした自発的離職率は増加傾向にあり、労働者がより良い条件を求めて動き始めています。2024年上半期の一般労働者の自発的離職率は4.6%と、2023年上半期の4.3%からさらに上昇しました。この労働市場の流動化により、企業間の人材獲得競争が活発化し、賃金上昇圧力となっています。
また、企業の価格転嫁が進んだことも賃金上昇を支える要因となっています。従来は価格競争の激しさから価格転嫁が難しく、賃上げの原資を確保できない企業が多かったのですが、近年は価格転嫁の進展により賃上げ余力が生まれています。
さらに、求人において賃金インセンティブを透明化する動きも進んでおり、これも賃金上昇を後押ししています。求人広告に給与水準を明示する企業が増え、労働市場における賃金の透明性が高まることで、賃金競争が促進されています。
賃金上昇率の動向は、個人消費ひいては日本経済全体に大きな影響を与えます。2024年に入り、名目の総雇用者所得や家計可処分所得は増加に転じていますが、個人消費の伸びは所得の伸びよりも緩やかにとどまっています。その結果、貯蓄率が上昇(平均消費性向が低下)傾向にあります。
2025年度は実質賃金が小幅ながら前年比プラスになると予想されており、これが消費の緩やかな回復を後押しする要因になると期待されています。三井住友DSアセットマネジメントの予測によれば、2025年の賃上げ率は5.1%となり、実質賃金の前年比プラスの定着が国内経済と株価の下支えになるとしています。
しかし、実質賃金の改善幅はわずかであり、個人消費の本格回復につながるかどうかについては不透明感が大きいとの見方もあります。また、米国の関税引上げによる影響や為替市場の変動など、外部環境の変化にも注意が必要です。
さらに、日本経済の中長期的な課題として、潜在GDPの伸び悩みが指摘されています。実質GDPとのギャップが解消し、GDPのこれ以上の増加が困難となるため、今後は労働投入量や設備投資などの供給力の向上が課題となります。特にAI等の成長産業への投資と、それに伴う雇用創出が重要ですが、関連する求人が現状十分に増えていないことは課題となっています。
賃金上昇率の持続的な上昇は、個人消費の活性化を通じて日本経済の成長を支える重要な要素です。しかし、その効果を最大化するためには、生産性向上や成長分野への投資など、供給側の改革も同時に進める必要があるでしょう。
春闘での賃上げ率の詳細データと分析(労働政策研究・研修機構)
2025年日本の労働市場の展望と賃金上昇の持続性に関する分析
2025年の賃上げ見通しと経済への影響(みずほリサーチ&テクノロジーズ)