

握力計がない場面でも、患者の握力評価は十分に可能です。
握力計を使わずにケアしているナースは、実は転倒リスクを3倍見落としている可能性があります。
看護の現場では、握力計(ハンドダイナモメーター)が常に手元にあるとは限りません。ICUや病棟の急変対応中、訪問看護の移動先など、器具なしで素早く評価が必要な場面は多いものです。
代替評価法の代表が「徒手筋力テスト(MMT:Manual Muscle Testing)」です。MMTは0〜5の6段階で筋力を評価するもので、握力に限らず全身の筋群に応用できます。手指・手関節の屈曲力をMMTで評価する場合、検者が患者の手を握り返し、その抵抗力を体感で点数化します。スコア3以上(重力に抗して動かせる)かどうかが現場での目安です。
もう一つ広く使われるのが「把持試験(グリップ試験)」の簡易版です。患者に「私の指を握ってください」と促し、検者の2本の指(人差し指・中指)を患者に握ってもらいます。その強さを弱・中・強の3段階で主観評価する方法で、時間がかからず設備も不要です。ベッドサイドで1分以内に完了できます。
さらに近年注目されているのが「ペットボトル開栓テスト」です。500mlのペットボトルのキャップを自力で開けられるかどうかで、日常生活動作に必要な握力の閾値(おおよそ15〜20kg相当)を確認します。これはシンプルでありながら、退院前の生活機能評価として実用性が高い方法です。
つまり握力計がなくても、状況に応じた代替評価法を選択できるということです。
代替評価で得た握力情報を、実際の看護計画にどう組み込むかが重要です。評価が目的化してしまうと、ケアの改善につながりません。
まずアセスメントの流れとして「評価→記録→計画への反映」という3ステップを意識してください。把持試験やMMTで得たスコアは、看護記録に定量的に残します。「弱め」という主観記録ではなく、「MMTスコア3/5、把持試験:弱(検者の2指を軽く触れる程度)」のように具体的に書くことが原則です。
次に、握力評価の結果をADL評価ツール(バーセルインデックスやFIMなど)の「食事」「整容」項目と連動させます。握力スコアが低い患者は、食器を持つ・歯ブラシを握るといった動作に介助が必要な可能性が高いためです。これは使えそうです。
転倒リスクアセスメントにも握力情報は直結します。厚生労働省の介護予防マニュアルでは、握力が男性28kg未満・女性18kg未満でサルコペニアの疑いとされています。代替評価でこの水準を下回ると推定される患者には、転倒防止策(ベッド柵の設置・ナースコール位置の確認・履物の見直し)を優先的に検討します。
| 評価結果 | 推定握力水準 | 看護介入の優先度 |
|---|---|---|
| MMT 5 / 把持:強 | 正常域(男性≥28kg) | 経過観察・定期再評価 |
| MMT 4 / 把持:中 | 軽度低下疑い | 栄養指導・軽度リハビリ提案 |
| MMT 3以下 / 把持:弱 | サルコペニア疑い | 転倒防止・ADL介助・医師報告 |
記録→連携→介入の流れを止めないことが基本です。
握力は「第2の体重計」とも呼ばれます。全身の骨格筋量と高い相関があり、握力1kgの低下が転倒リスクを約1.4倍高めるという研究データ(Springer et al., 2010)もあります。数字にすると、握力が5kg低下するだけで転倒リスクが実質7倍近くまで積み上がる計算になります。これは見逃せませんね。
サルコペニアの診断基準を定めたAWGS 2019(アジアワーキンググループ)によると、握力のカットオフ値は男性28kg未満・女性18kg未満とされています。ちなみに18kgというのは、2Lのペットボトル9本分の重さに相当します。その程度の力が出ないということは、日常生活の多くの場面で支障が出ているレベルです。
看護師がこの基準を念頭に置くと、代替評価のスクリーニング精度が上がります。ペットボトル開栓テストで開けられない場合、概ね15〜20kg以下と推定されるため、AWGSのカットオフに近い水準で疑いを持てます。
転倒だけでなく、握力低下は誤嚥リスクや低栄養とも関連します。口腔周囲筋の筋力も全身筋量と連動することが多く、握力評価の低下は栄養士や言語聴覚士との連携を検討するサインにもなります。
つまり握力評価は、転倒・栄養・嚥下を一度にスクリーニングできる効率的な指標です。
参考:AWGS 2019 サルコペニア診断基準(アジア骨格筋研究グループ)についての解説
国立長寿医療研究センター:サルコペニアについて
代替評価法には明確な限界もあります。把握しておかないと、評価の過信がケアミスにつながります。
最大の限界は「数値の再現性」です。MMTや把持試験は検者の主観が入るため、担当看護師が変わると評価がぶれる可能性があります。同一患者を2名が評価した場合、把持試験の判定が一致する割合は70〜80%程度とされており、正確な握力計(検者間信頼性係数r=0.95前後)には及びません。
もう一点は「疼痛・浮腫・麻痺の影響」です。手指に関節炎や浮腫がある患者では、実際の筋力より低く評価されやすい傾向があります。この場合は評価結果に「疼痛あり・評価値は過小評価の可能性」と必ず注記します。それが条件です。
また、片麻痺患者の健側のみ評価する場合は、健側優位であることを念頭に置きます。健側の握力が正常でも、患側の廃用が進んでいる場合があるためです。必ず両側の評価、または「片側のみ評価・理由:片麻痺」と記録します。
握力計が入手できる場面では積極的に活用することも大切です。代替評価は「器具がない場面での補完手段」という位置づけが原則です。
これはあまり教科書に載っていない視点ですが、看護師には「ケアしながら評価する」という特有の強みがあります。医師やリハビリ職が行う評価は、決まった時間・場所での「点」の評価です。一方、看護師は毎日の清拭・更衣・食事介助・移乗介助の中で、患者の握力変化を「継続的な線」として観察できます。
たとえば更衣介助の際にボタンを留められるか、食事中にスプーンをどのくらいの力で持てるか、IV(点滴)ルートを誤って引っ張ってしまうほど力が入らないかなど、日常動作の観察そのものが握力評価の補完データになります。これは使えそうです。
この「日常ケア統合評価」を実践するには、観察のポイントを明文化することが有効です。たとえばチームで共有する申し送りに「更衣時の把持力:普通→弱に変化、昨日より低下」と記録するだけで、リハビリ職へのコンサルテーションタイミングの目安になります。
実際に、このような看護師主導の継続的握力観察が早期リハビリ介入のトリガーになったケースが臨床では報告されています。入院3日目に把持力低下を看護師が申し送り記録で指摘→5日目にPT介入→退院時ADLスコアが当初予測比15%改善、といった流れです。いいことですね。
日常ケアを評価の場に変えることで、看護師の観察力がチーム医療の起点になります。
参考:看護師によるフィジカルアセスメントの実践と筋力評価の組み込み方について
日本看護協会:看護師のフィジカルアセスメント教育に関するページ