
中国人民銀行によるデジタル人民元の実証実験は、2019年末から本格的に開始され、現在第三ラウンドまで進んでいます。第一ラウンドでは深圳、蘇州、雄安、成都と北京冬季オリンピック会場が対象となり、第二ラウンドで上海など10都市に拡大、第三ラウンドではさらに天津等の都市と浙江省のアジア大会開催予定地まで範囲を広げています。
初期のテスト運用では、深圳市政府が1000万人民元(約1.5億円)相当のDCEPを抽選で5万人に配布する大規模な実験を実施しました。このような政府主導の配布キャンペーンは、デジタル人民元の認知度向上と実用性検証を目的としており、市民の実際の利用体験を通じて課題や改善点を洗い出す重要な役割を果たしています。
2020年4月から8月の期間には、深セン、蘇州、雄安の3都市で11万3300の個人向けデジタルウォレットと8859の企業向けデジタルウォレットが開設されました。この間に実行された310万件、11億人民元(約170億円)の取引により、商業利用で最も広く使われた中央銀行デジタル通貨となったことが報告されています。
デジタル人民元は「Digital Currency Electronic Payment(DCEP)」の略称で、従来の電子マネーとは根本的に異なる特徴を持っています。最も注目すべき点は、オフライン決済機能です。一般的な電子マネーがオンラインで銀行口座と連動することで決済を実現するのに対し、DCEPはインターネット接続がない環境でも取引が可能です。
技術的な基盤として、ブロックチェーン技術を活用した分散型トランザクション処理システムを採用しています。この仕組みにより、以下の特徴を実現しています:
また、デジタル人民元のユースケースは既に6700種類以上に及んでおり、小売業、サービス業、交通機関、公共料金の支払い、公的サービスなど多岐にわたって実用性が検証されています。顔認証、バーコードスキャン、非接触決済といった多様な決済方法に対応している点も、利便性向上に大きく貢献しています。
最新の実証実験データによると、浙江省での2022年4月から12月までの期間中、デジタル人民元のウォレット数は2421万個が開設され、うち個人ウォレットが2341万個、公的機関ウォレットが約80万個となっています。取引件数は約5534万件で、取引金額は約1104億元(日本円で約2.2兆円)という巨額に達しました。
この規模は実証実験初期の数十万件から大幅に増加しており、デジタル人民元の普及が着実に進んでいることを示しています。特に買い物、外食、観光、教育、医療、公共サービスなどの分野で活用が広がっており、消費や生活サービス分野、行政サービスでの利用については一定の成果が得られています。
蘇州市では特に興味深い取り組みが行われ、市内の工商銀行、農業銀行、建設銀行、中国銀行を通じて給料を受け取る職員向けに、4月中にDCEPデジタル財布を整備し、5月から給料中の50%の交通手当をDCEPの形で支給するという実験が実施されました。
2023年2月には、深センにおいて初めて香港住民もデジタル人民元のキャンペーン対象に含まれるという画期的な試みが実施されました。これは深セン住民の香港在住の家族や親戚、または深センに来る香港住民を対象に、1000万元のデジタル人民元を配布するキャンペーンでした。
この取り組みは、従来中国国内の居住者のみを対象としていた実証実験から大きく踏み出したものです。将来的な海外からの観光客によるデジタル人民元利用の実現可能性を検証する重要な一歩と位置づけられており、デジタル人民元の本格的な普及に向けてさらに前進したことを示しています。
中国の計画では、2022年後半の冬季オリンピック開催までにデジタル人民元を使用可能にすることを目指していました。2022年冬季北京オリンピックを取り巻くすべてのシナリオでデジタル人民元のオフラインおよびオンライン消費をサポートすることを目標としており、世界に向けて決済技術の世界的リーダーとしての地位をアピールする意図がありました。
デジタル人民元の本格普及は、従来のFX市場構造に根本的な変革をもたらす可能性があります。特に注目すべきは、国際決済における中間銀行の役割が変化することです。現在の国際送金では複数の中間銀行を経由するため時間とコストがかかりますが、デジタル人民元を使用した直接決済が可能になれば、人民元の国際的な流動性が大幅に向上する可能性があります。
また、デジタル人民元はプログラマブル・マネーとしての特性も持っているため、スマートコントラクト機能を活用した自動決済や条件付き取引が可能になります。これにより、従来のFX取引における決済リスクの軽減や、新たなデリバティブ商品の開発が期待されます。
中国人民銀行が取引データをリアルタイムで把握できる仕組みは、金融政策の効果測定や為替介入のタイミング判断において従来にない精度を提供します。この透明性の向上は、FXトレーダーにとって新たな分析指標となる一方で、中央銀行の政策意図をより正確に読み取ることができるようになるかもしれません。
さらに、デジタル人民元の普及により、従来ドル建てで行われていた貿易決済の一部が人民元建てに移行する可能性があり、これは長期的に見て米ドルの基軸通貨としての地位に影響を与える可能性があります。FXトレーダーは、このような構造変化を見据えた戦略の見直しが必要になると考えられます。
中国のデジタル人民元テスト運用は世界で最も先進的な取り組みであり、その成功は他国のCBDC開発にも大きな影響を与えるでしょう。2014年から始まった長期的な研究開発の成果が、今後のグローバル金融システムの変革を牽引していく可能性が高いと言えます。